蒼の囚われ人 |
−3−
彼女の決断は固く、言うなれば私の思惑通りに事が進んだ。
それは…すさまじいほどに順調に…。
私の罪深い思いは…幾日という月日を要した。
彼女の望みと、自分の望みが実を結んだのは…十月十日経ってからだった。
生まれた子供は女の子。
今まで青の一族に関わってきたが…私が知る中で女史の産んだ子が…初めての女の子だと思う。
まぁ長い年月の中で居たのかも知れないが…。
その子供は…髪の毛がまだ生えそろっていない赤ん坊だが、うっすら浮かぶ髪の色は…彼女の持つ色素黒髪を持って生まれた。
青の一族に黒髪は生まれないと言われていたが…例外であるシンタロー様のような…日本人的な顔立ち。
彼の人の遺伝子を持ち得ながら、彼女の色素が色濃く受け継いだ事に…少しの落胆と…何故か安堵している自分が居た。
ハッキリ言って矛盾する二つの意志に、戸惑いながらも…自分はこの子供が普通に生きていける事に嬉しいのだと言うことに気が付いた。
あからさまな金髪碧眼であれば…何処かの情報網に引っかかってしまうかもしれない。
何故なら自分がガンマ団のバイオ科学の権威…あの方の面影を残す子供なら怪しまれる場合がある。
だが赤ん坊は…とりあえず彼女の色を持って生まれてくれた。
もしも怪しまれたとしても、自分の子供だという苦し紛れの言い訳でかたがつく。
マットサイエンティストと言う枕詞のつく自分だからこそ、気まぐれで出来た子供だという言い訳で通る。
それに女史という人物も科学者であるとい事も今後の鍵になってくれるだろう。
しかも…。
くしくもマジック様の第2子が奥様に懐妊の兆しがでた時期だった。
まるで…罪を犯したあの日の再来では無いかと思う。
(運命の悪戯だとしても趣味が悪いですよね…まったく…)
心の中で毒づいてみても結論は覆ることは無い。
流れ落ちた水が元に戻らない様に…。
女史は安定期に入り、出産間近と言う時まで自分の仕事をこなしていた。
流石に、体に障るのではと言う私の助言に彼女は渋々ながら入院をした。
何せ欲して堪らなかった我が子に何かあってはと言う思い故だったのかもしれないが…。
彼女は産婦人科の先生の助言にも従った。
その甲斐もあったのかさんは自然分娩で、元気な女の子を出産した。
まぁ体重は普通よりも小さい未熟児と言うものだったが、その割に元気な様子だった。
女史とお子様が入院なさっている病院に私はよく足を向けていた。勿論ガンマ団とは無関係な病院だ。
子供と同室の部屋に落ち着いた彼女と、私は初めて遭遇した。
傍らには、子供…柔らかい風が揺れる病室は穏やかな雰囲気を醸し出す。
彼女によく似合う部屋だと思う。
他愛のない会話を進める彼女の表情は穏やかで、私も釣られて表情がゆるむ。
何時までも続くと良いのにと感じるほどの緩やかな時間。
「知ってる高松君」
不意にそんな言葉を紡ぐ彼女に私は意図も分からなかったが、普通に言葉を返した。
「何です?」
「あのね…親が子供に最初にあげる愛情って何だか分かる?」
「抱きしめる事ですかね」
「それも確かに愛情ね。でも…私は名前をその子の為に考える事だと思うのよ」
「名前ですか?何でまた?」
私は分からずに彼女に問いかけた。
すると彼女は…。
「名付け親って昔から大事なの知ってる?」
「まぁ…ブラックジャックの話が有名ですしね…。ですが…何でまた」
私は首を傾げながらそう言う。
「悩んだりした分だけ…その子の事ばかり考えるでしょ。その子一色の世界って事はとっても凄い事じゃない?だからね…私がこの子に名前を付けるのが…“”にしてあげれる最初の愛情なのよ」
「成る程…貴女の愛情が注がれた証って事ですか」
ポンと手を打って私は答えると、女史はヒラヒラ舞うカーテンの先の景色に視線を向けながら言葉を紡ぐ。
「人は普遍では無いわ。機械も…植物も…何もかもだけど…。そう…この星ですら変わらない永遠なんてモノは無いと思う。同じように見えても何処か違う…そんな世界だわ」
一旦言葉を切った彼女は、風に舞うカーテンに興味を持った愛娘に優しい表情を見せながら…切った言葉を続けた。
「だったら…生まれた時から最後まで変わらない名前って素敵な繋がりだと思うの…親のエゴに過ぎないかもしれないけどね」
最後の言葉は苦笑を滲ませて、さんはそう言う。
「エゴ結構じゃないですか。親なんて子供を束縛している生き物でしょ…それが知らず知らずであっても」
私はガンマ団総帥であるマジック様とシンタロー様を思い浮かべながらそう言う。
まぁそうでなくとも、一般的に親と子供の関係は…知らず知らずにズレがでる関係だ。受験戦争などでもよく言えることなのだが。
「だけどさんは、ソレに気がついてる…それはそうそう出来る事じゃ無い。気が付かない人の方が多いんですから…。」
「気がついても何も出来ないって言うのもキツイ気がするわね」
苦笑を浮かべて彼女は「精進はするわ」と私に言う。
だが、私は思う…さんなら…子供を思い上手い親子関係を築くであろうと。
色々と思い描いてる最中…不意に彼女が意外な言葉を発した。
「抱いてみる高松君?」
「へ?」
思わず出たのはそんな間の抜けた声。
彼女は楽しそうに微笑んでいる。
「もう…そんな顔しないの。ただを抱いてみる?って聞いただけなんだから」
「そうですが…。でも私は抱けませんよ…汚れた手ですから」
「だとしてもこの子はまだ真っさらよ。だからね…どんな手でも受け入れてくれるでしょ」
「それでも…私なんかの手で…ちゃんが汚れたら申し訳が立たない」
「私の娘はそんなやわじゃ無いわ…安心してちょうだい」
生まれて…出会ったばかりの子供に対して言い切るさんに私は押し切られるように…様を腕に抱いた。
その体はまだ小さく…少しの力を加えただけでももろく壊れてしまいそうに感じる。
(グンマ様やシンタロー様もこのように小さかった時代がありましたね…)
不意に思い出したのは心苦しい過去にあった、ささやかなひととき。
薄汚れた自分に優しい光が差し込んだような…そんな優しい時間を不意に思い出す。
浸る思いの中彼女が絶妙なタイミングで言葉を紡ぐ。
「ありがとう高松君」
「いやですよさん、私はお礼を言われるような言い人間じゃ無い」
様を女史に返しながら私はそう言葉を紡ぐ。
すると彼女は、様を優しく抱きながら…ゆっくりと明確に言葉を紡ぐ。
「そうかもしれない…でも…。でも私にという大切な宝物をくれたんですもの…だから本当に感謝してるのよ」
「そうですかね…そうは思えませんけどね」
自嘲気味に言う私に彼女は、迷いのない言葉を紡ぐ。
「そうよ。そうだわ、にも聞いてみたら?」
そう言いながら彼女は「ねぇ」と幼子に声をかけ私の方に向ける。
「まだ赤ん坊ですよ」
「そうかしら?もう一人の人間だものきっと答えは返ってくるわ…それが言葉では無くてもね」
さんは言い、様にお声をかけると様はキュッと彼女の手を握り返す。
「ほらね」
本当に彼女の言葉が分かったように握り返す小さな手に私は困ったような表情を彼女に見せる。
「大丈夫。噛みついたりしないし…はきっと振り払ったりしないわよ」
聞き分けの無い子供を見るように女史は小さな溜め息を吐いて、そう口にした。
「だって私の娘ですもん。だから君から信じることを始めてくれれば…答えてくれるわ…私の娘わ」
私は恐る恐る様に手を差し出す。
汚れきった自分の手を小さな指で一生懸命に握ってくれる様に…私は思わず瞳から涙が零れた。
彼女はそんな私に何を言うわけでは無く、ただ黙って優しい眼差しで愛娘と私を眺めていた。
私はこの女史と様の優しさで、清める事が出来ない思いだが…少し清らかさに触れた思いが胸に溢れたのだった。
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2005.3.7. From:Koumi Sunohara
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