蒼の囚われ人



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瑠姫様と神楽女史の元から、血なまぐさい現実に戻ったのはすぐの事。
まるで異世界を渡り歩くように、この場所と…彼女たちのいた場所が遠い存在に感じずにはいられない。
同じ時間に…同じ都市なのに…本当にささいな違いがこうも…世界の違いになるなどと…今の今まで気づかなかった自分が滑稽に感じる。

それでも…あの暖かな光に満ちた場所は存在してるし…このガンマ団は存在するのは紛れもない現実。

研究所の窓から優しく差し込む陽の光が、あの日の光景を思い起こさせる。
瑠姫様の暖かな温もりに、女史の穏やかな微笑み。
ありふれた日常の一コマ…癒される時間。

(血に塗られた運命を受け入れた筈なんですがね…まだ光指す場所を私は焦がれてる何て…皮肉ですね)

不意に浮かぶ思いに、何となく私は溜め息を吐いた。



私はその後もぼんやりと陽の当たる世界に思いを馳せていた。それが悪かったのかも知れないと…後悔するのは後になるのだが…。

「日向ぼっことは年寄りになったのかねドクター?」

不意にかかる背後からの突然の来訪者からの声に、私は盛大に顔を顰めた。

「サービス…ノックぐらいしてくださいよ。相変わらず常識に欠けてますね貴方」

不機嫌を装い不法侵入者にそう言えば…サービスは人の悪い笑みを浮かべて答えを返してきた。

「したよノック。ただドクターが気がつかなっかただけだよ」

サラリと紡がれる言葉に、私は眉を寄せた。

(感傷的になって注意力散漫とは…我ながら情けないですね)

苦笑が滲みながら「色々考え事をしてたんでね」と吐き出せば、サービスは意味ありげに口の端を持ち上げる。

「それにしてもだ。マットサイエンティストDr高松ともあろう人間が…ささいな考え事程度で不法侵入を許すこと自体珍しいと言いたいんだけどね」

「あんたね…狂科学者だって人の子でしょに…注意力だって散漫の時も有るってもんですよ」

「まぁ…そうだろうが。てっきり私は意中の女性のことを思っていたのかと」

不敵に笑って言うサービスに私は「グンマ様の成長だけが私の楽しみですよ」と切り返す。

「そうだろうが…別の何かを思っていたように見えたがね」

「根拠無いでしょソレ」

そう言ってもサービスは相変わらず読めない表情で「何を考えてるドクター?」としつこく言葉を紡ぐ。

「ただね…あの方の遺児がまだ居るとしたら…ガンマ団に気が付かない所で生活していたら…さぞ幸せになれるんでしょうね」

「まさか…居るのか高松」

普段の様に聞き流すと思ったサービスが不意に話に食いついたので、私は曖昧に笑ってはぐらかすような言葉を紡ぐ。

「もしもの話ですよ」

そう言って煙草に火を付け、「あの方が亡くなってから何年経ってると思ってるんです?」と緩やかな口調でそう言ってやる。
それにあの方が浮気をしないことなど…弟であるサービスが一番よく知る所だろうと内心思いながら私は煙を肺の奥に吸い込んだ。

だがサービスは…私の言葉など気にしないかのように言葉を紡ぎ出してきた。

「お前がそう言う時は…現実問題になっているのでは無いのかドクター?」

「さぁ…何の事やら私には分かりませんよサービス」

すっとぼけてみるがサービスは、表情は緩めることはせずに私を見る。
寧ろ鋭く冷たい瞳が突き刺さるように此方を見ている。

(思わず言い出しましたが…不味かったですかね。こんなに食いつくとは思いも寄らなかったんですが…)

心にある真意を隠しながら私は言葉を選ぶ。

「居ると…したら貴方はどうするつもりですかサービス」

「…それは仮説でか?…」

慎重に紡ぐサービスの言葉を私は反対に疑問で返す。

「ガンマ団に関わらせる気ですか?」

自分でも気が付かないぐらい冷たい声音で私は、サービスにそう言い返していた。

(これでは、居ると言ってるのと同じなんですけどね)

心の中でひとりごち…サービスの出方をただ黙ってまつ私は、(恐らく…関わらせる事は無いというのだろう)とぼんやりと思いながら青い瞳を眺めた。
するとサービスは…。

「いや…平凡な生活をしているなら壊すつもりは私は無い。幸せでいるのならそれでいいと思う」

半ば予想した言葉を紡ぎ、私の次の言葉を待っているようだった。

(お互いが相手の手の内を知り尽くしているというのは…厄介な事ですねまったく)

「では単刀直入に言いましょうサービス。あの方の遺児は、居ますよ…ごく普通に生活なさってます。そして…ガンマ団に関わらせるつもりが無いとでも言っておきましょうか」

「やはりIfの話では無かったのだな」

「サービス…私はね。罪を犯しすぎているのは従順知ってますよ…その所為でしょうかね。私は罪を重ねることに麻痺してしまったのかもしれないんですよ」

「その口ぶりはクローンでも生み出したのか?」

「作れない事も無いでしょう。でも…それはあの方が生き返る事では無い…生きかえると言うのならとっくにジャンの甦生を貴方は望んだでしょ」

私の紡ぐ言葉にサービスは黙り、ただ鋭い瞳のまま私の方を見返すばかり。

「なら…試験管ベイビーで生まれたのか?」

探るような言葉。返答次第では手段を選ばないと言いたげに、サービスは私を射るように見る。
でも私はそんな事ぐらい想像の範囲内だったので、気にせずに言葉を紡いだ。

「試験管ベイビーでは無いですよ…ただ所謂一つの…種を貰い子を宿すという手段です。とある女性の協力の下にね」

勿論神楽女史の事も…瑠姫様の事も伝える事無く私はサラリと言葉を紡ぐ。
言い濁す私の言葉にサービスは方眉を顰めて、ゆっくりと言葉を吐いた。

「それは…彼女の望みだったのか?」

「ええ」

短い私の返答にサービスは眉を顰めて、探るように言葉を紡ぎ出す。

「ルーザー兄さんの信奉者か誰かを利用したのかいドクター」

「そんな事をすれば…すぐにでも足が着きますよ。私に母親も始末させるつもりですか?」

「それもそうだが…それでは…」

言いかけるサービスの言葉を遮るように私は言葉を紡いだ。

「あの方信者ではない女性です。私の研究仲間の博士でしてね…。ああ…ちなみに彼女には言ってませんよルーザー様の子だとは。でもね…彼女は子供を望み…。その方法をとろうと、しかる機関に行こうとしていたんです…だから私は、自分の研究施設でやればどうかと提案したんです。そう…利害の一致というヤツだったんですよ」

そう言葉にした私は、自分で言ったはずの発言にしらないウチに苦笑を浮かべていた。
利害の一致と言うが…彼女…神楽女史には、父親となる男が誰であるかなど関係無い。
例え…異端者と呼ばれる力が愛娘に出たとしても…彼女は気にすることは無いと言い切った。寧ろ…勝手に生んだ事を恨まれる事だけを心配していた。
そんな彼女の気持ちに利害の一致と言う言葉はあまりにも失礼だと感じたが、私はそう口にすることしか出来なかった。

「成る程。確かにソレはガンマ団に漏れる心配は無いな。流石ドクター抜け無が無い」

「(どちらが抜け無が無いんだか…まったく嫌な性格してますよ)」

「何か言いたげだな高松」

そう切り返された私は曖昧に笑みを返す。
そして…。

「まぁその話題は良いとして。本当はなんの用で此処に来たんですサービス」

ジロリと見返し、話題を無理矢理変えた私に同期の桜は別段気分を害することなく一枚の封筒をちらつかせた。

ちらつかされたシンプルな封筒は、私がよく目にするものとよく酷似していた。

(あれは…神楽女史からの…)

ほぼ確信に近い思いに私は、困惑気味にサービスを見た。

「何であんたが私宛の手紙を持ってるんです?プライバシーの侵害以外のなにものでもないですよ」

「たまたまだよ高松」

「嘘くさい弁解ですね」

「お互い様だろ。嘘つき同士だからな」

曖昧な表情を浮かべて言うサービスに私も、「同感ですね」と小さく返す。

嘘の成立までにつく嘘の数は数え切れない、小さきものの集まり。だが嘘を真実にする為の膨大な時間に精神の疲労は計り知れない。
それでも何かの為に人は嘘を重ね続ける。
私やサービスがルーザー様に関する復讐の為に繰り広げる茶番劇も、そうだろう。

まるで蒼に魅せられるように。また…知らずに私は囚われているのかもしれない。
今も…そして見果てぬ明日も。
囚われ続ける私。
まだ囚われる事の知らない瑠姫様と言う白き存在に私は…まるで…牢獄の囚人が一筋の光を求めるかの如く神に縋る様に…希望を抱かずにはいられないのだ。

(今度こそあの方の子供が幸せになるのなら…どんな嘘でも突き通しましょう…)

心に誓い私は、シレット言葉を紡ぎ出す。

「さてね…。まぁ私の手紙を一々疑っていたキリは無いでしょう」

「だが…きっとそんな気がする」

手紙を差し出しながら言い切るサービスに、私は苦笑を漏らす。

「おやおや言い切りますか」

肩を竦めて言ってみれば、サービスも又小さく肩を竦めた。

「それはあくまで希望的願望だよ…お前と同じね」

フッと何処か優しげに笑ってサービスは言った。

「希望的願望ついでに…。その子が普通に幸せに生きることを願っているよ高松」


ヒラリと身を翻し、言いたいことだけ言ったサービスは…気が付くと風の様に去っていった。



案の定と言うか…サービスから受け取った手紙は間違いなく、遺児の産みの親である神楽女史からのものだった。
その手紙は定期的に彼女から送られてくるものだった。

定期的に届く彼女からの手紙の内容は、愛娘の事が多く綴られていた。
それを読む限り生まれたてだった子供だった瑠姫様の成長ぶりは早いモノだと言うこと。
子を本当に愛する神楽女史はささいな出来事も細かく私に教えてくれた。

だから数多く瑠姫様達に会わなくとも、その光景が目に浮かぶようで…微笑ましい気持になる。
御陰で私は、彼女…神楽女史にあの方の遺児を託して正解だったと切に思った。

(これで瑠姫様は…ごくごく普通の生活を送れるんですね。母に愛され…普通の学校に行き…普通に恋をして…仕事だったり…夢を追ったり…自由な選択の元に普通に暮らせる。
血に塗られる事も…一族の因縁に縛られることも…無い普通の生活が)

光り在る場所で微笑み会う母と娘。
公園で遊ぶ風景…ありふれた日常のビジョンが簡単に想像することが出来る。

だけれど…人だから苦しむかもしれないし…悲しい出来事に遭遇するかもしれない。
だが…あの娘は…それすらも糧に…生きていける。
何故なら瑠姫様は…まだ白いキャンンパス…色は無限に生み出すことの出来る…真っさらな状態。


どうか…私の様に青に囚われないで…

青の一族の悲しいく滑稽な宿命に

縛られることの無いように

神が居るなら切に願う

瑠姫様に平穏で…優しい時間が流れる様に


「もしも貴女の運命に…あの一族が関わる事がさけられないのならば…今度こそ私はどんな事をしてでも守ってみせましょう。例え…神が許さないとしても」

だから…瑠姫様だけでもこの呪縛から解放されますように

らしくもなく私は神々に祈るのだ。


END

2005.3.25. From:Koumi Sunohara



★後書き+言い訳★
取りあえず終わりました。
後口の悪いと言うか…明るさが薄いお話です。
と言いましても…あくまで新しいシリーズを始める為の序章ですのでね。
こんなもんだと思って下さい。
もはやドリームでは無く…名前変換オリキャラの気もしますが…。
楽しんで頂けたなら幸いです。
今後もこのシリーズを気長にお待ち頂けると嬉しいです。
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