イラツク原因(1)  

人には、それぞれ落ち着く場所や、何か自分だけのリラックス法や趣味などを、持っていると思う。
自分に合った様々な、リラックス方法を…。

例えば、スポーツをする、散歩するとか、音楽を聴いたり、本を読んだりしている人もいるだろう。
大抵そんな事をするときは、苛つく原因が分かっているときに解消しようとする。
言い換えれば、原因が、分からなければどうすることも出来ないのだ。
そんな時は、何をしても駄目なものである。

苛つく原因、ストレスの原因を解決させる事が何より心の平穏に必要なことだろう。
それが分かればストレス社会と言われる今日も乗り切ることが出来るのだろうが…。


ともあれ、ココにストレスを抱えた若者が居るのである。


此処は、東京選抜の練習場。
時間とすれば、練習をする前の、UPの時間の時である。

心のにストレスを抱えた若者こと、椎名翼が居る。
最近椎名翼は、微弱ながら苛ついていた。
大好きなサッカーをしても、頭がスッキリしないのだ。お陰で、苛つきが増すばかり。

思春期でもあり多感なお年頃な訳で、ストレスの一つや二つ、三つや四つあっても可笑しく無い。
しかし彼のストレスは周りを巻き込む形のタイプであり、迷惑を被るのはたいたいその近辺と言ってよいと思われる。

その所為だろうか、翼のストレスや苛つきは、飛葉中サッカーメンバー+α西園寺監督は敏感に感じ取るのだ。

今回も例にも洩れず、彼のストレスやいらつく様子に気がついたのは、彼らだった。

まぁほとんどの場合は周囲は、まったく気付かない。
いや…、気付かせないように、翼がしているというのが正しいのかもしれない。

だから、知りうる人間以外には、分からない。
ただ、“マシンガントークの威力”が普段の倍であるぐらいだ。

無自覚のストレスなら悩む事は無いけれど、何となく気づくストレスは原因が分からないだけに質が悪い。喉に刺さる魚の小骨の様にシクシクとじんわりと広がるストレスは更に新たなストレスを生む。

そんな自分の状態に、翼も次第に、苛つく自分を考え始める。

(何、苛ついてんだろう?)

自分に疑問を投げかけるが、答が出てくるはずもなく、苛つきを増してゆく。出口の無い迷宮に入ったような錯覚を起こさせる。それでも、気になってしまうのが人の宿命。

出ることの出来ないながらに、原因を探す。

(何て言ったら良いんだろう…何か、もの足りない気がするんだよな〜)

少し出てきた、苛つきの糸口を翼は、慎重に手繰り寄せていく。

(この頃していない事は…“映画を見に行ってない”て…コレは違うな…。じゃー、ジェラートを食べて…否昨日食ったか…)

思いつく事を、振り返ってはみるが、結局理由は分からない。
溜息ばかりでる翼。

「ったく…何なわけ?」

眉間にしわを寄せて、翼はボソリと呟く。
完全に口調は、不機嫌の色を含んでいた。

「…」

“ビク”

翼に声をかけようとしていた、将が一瞬固まる。

「あ…あの〜、僕何かしました?」

先程の言葉を、自分に向けられたものだと思ったのか、将は恐る恐る尋ねた。
翼の機嫌が、すこぶる悪そうだったからだ。

「あ?将何か、言った?」

将の不安とは、裏腹に翼は今気がついたように将に言葉を返した。

(…何時もの翼さんだ…)

“ホッ”と胸を、なで下ろす将。

「僕は、特に無いですけど、監督が“翼さんを呼んできて”と言われたんで…」

「玲が?」

将の言葉に、一瞬顔をしかめる翼。

(苛つているの原因のコトか…)

大体の予想がついた翼は、溜息をつく。

(玲なら、気づくよな〜)

選抜の監督にして、飛葉中のやりての監督“西園寺玲”なら…。
少し、苛つきが増えた感覚に陥る翼。

「翼さん、何かありました?調子が、良くないみたいですよ…」

申し訳なさそうに、将は翼に尋ねる。

「ちょっとね…」

苦笑を浮かべて、将に返す翼。

(将に心配されちゃ〜、かなり重傷みたいだな…)

「何か、あったんですか?僕なんかじゃ、力になれないかもしれませんけど…出来そうな事が、有ったら言って下さいね!翼さんには、何時もお世話になってますから」

ペコリ。
一礼して、立ち去ろうとする将の姿に、翼の頭の中で何かが引っかかった。

(何だ…?今将と何かのイメージが重なった気が…)

引っかかったモノを、慎重に紐解いていく。

(あんな、変わった奴と重なる人間なんて、滅多にいないはずだけど…)

記憶の隅々まで、くまなく探す。

(もしかしたら…)

翼の頭の中で、何かが浮かび上がる。

(彼奴か…)

思い浮かんだのは、1人の人物。
最近会っていない、人物。
“思い当たる者は、その人物しか居ない”
直感で、翼はそう思った。
今までに、こんな事はなかったのだから。
考えが、まとまり少し安堵する翼。

(ほんの、数秒でこんなに考えられるなんてね〜)

苦笑しながら、走っている将を見る。
翼は、不敵な笑みを浮かべると、将に大きな声で声をかける。

「悪い、将!玲に、“行けない、悪いね”て言っといて」

「え?つ…翼さん〜!?」

驚きと、戸惑いの混じる将の声。

「悪い、早退するわ(思い立ったら、すぐに行動しないといけないからさ)」

その声は、先程とは比べモノにならないぐらい晴れやかだった。
翼は、将の返事を待たずに走り出す。
残された将は、呆気にとられた顔をしていた。

(翼さん元気になったんだ…でも…監督に何て言おう…)

少し困った顔で、居なくなった翼の後をしばし見ているのであった。



何時もの自分に足りないモノ…。
落ち着かない理由、その答えのある、飛葉中に向かって。


夢中で走る翼。
交通手段を巧みに使い、飛葉中の校門まであとわずか。

(もしかしたら、もう帰ってるかもな…)

近くなるにつれて、翼の中の不安が広がる。
それでも、全力で走った。

(でも…今行かないと、後悔しそうだから)

自分でも、弱気な自分に少し変な気分になる翼。
息を切らして、飛葉の校舎にひっそりと建っている、目当ての建物の前で足を止めた。
なんの変哲もない、ただの温室。

翼自体も、滅多に足を運ぶことがない場所。
温室のドアを力任せに、開ける。

今の翼には、ドアが壊れる等という気遣いは、頭から抜け落ちてるに違いない。
ドアを開けると、様々な花や植物の香りが立ちこめた。
ジャングルや亜熱帯に紛れ込んだのでは?と言う錯覚を起こしそうな、温室。

!」

入るなり翼は、ココに居るであろう人物の名を大きな声で呼ぶ。
そう、その人物こそ翼の探していた答え。
人物の名は、
飛葉中2年で、翼の後輩にあたる。
大きな物音と、自分を呼ぶ声に と呼ばれた少女は、ゆっくりと振り返る。

「あら、椎名先輩じゃないですか」

翼を見つけると、 は少し驚いたような表情をした。
にとっては、ココに居るはずのない人物だから。

(たしか、今日は選抜の方の練習のはず…)

小首を傾げる
そんな を、ただ“ぼんやり”見つめる翼。
(やっぱり、 の声聞いたら落ち着いてきた…)と、翼はしみじみと思う。

「それにしても、珍しいですね。椎名先輩が息を切らしてるのって」

クスクスと、鈴を転がしたように は笑う。
本当に、珍しくて仕方がないのだろう。
一拍置いて、言葉を繋げる

「後、ココに来るのも珍しいですね〜、珍しい続きの日でしょうか?今日は?」

は翼に、戯けてみせながら、鞄からタオルを出して、翼に渡す。

「…ありがとう」

翼は、短く礼を言うと有り難く、タオルで汗を拭いた。

「本当に、今日は珍しい日ですね〜」

のんびりとした口調で、翼に笑いかける

「そんなに、珍しい?」

翼は、あんまりにも が“珍しい”を連発するので、聞き返す。

「ええ、温室に足を向けられたのは、片手で数えるほどです」

は、自分の指を、折って翼に見せる。
その表情は、穏やかに微笑みながら。

その様子に、翼の表情も自然と柔らかいものになる。
と話していると、翼は何時も優しい気持ちになっている。

それは、彼女の持っている独特の雰囲気なのか、詳しい事は翼にも分からない。
ただ言えることは、この不思議な後輩の前では、“マシンガントーク”が発動しないことだけだ。

その為、よくサッカー部面々は、 をサッカーの練習に引っ張ってくる。
監督の西園寺ですら、 を上手く活用しているほどだ。
は、人当たりが良い性もあるのだけど。
思いだしたように、 がまた口を開く。

「今度からは、ちょくちょく足運ぶよ」

「光栄です」

満面の笑顔を、翼に向ける。
他愛のない会話が続いた。
翼は、との会話で苛々が取れていくのに気がついた。

(やっぱり、“ ”が原因だったんだな〜)

だから、しみじみそう思う。
彼女というポジションでは、無い只の後輩の影響に少し不思議に思う。

(たった、数日話してなかっただけなのにな…)

自嘲気味に笑う翼。

「椎名先輩、今日は“百面相”ですね」

すかさず、 はニッコリ笑う。
嫌味を含むわけではなく、純粋に楽しそうに笑う
温室の空気も和む。
翼は、沈黙する。
別に、不快に感じたわけではない。
と話すと、心が和むな〜)と身をもって感じただけだ。

「“百面相”てほどじゃ無いと思うけど…」

しばらくの沈黙の後、翼が答える。

「そうですか〜」

「そうだよ」

少し膨れ面で、翼は を見る。

「じゃ、そう言う事にしますね」

悪戯ぽく、答える
そんな、会話の御陰か翼の心の靄は晴れていた。


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2009.4.14(改定) FROM:Koumi Sunohara
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