イラツク原因(2)
他愛のない会話をしながら、彼ら2人の間にはゆるやかな時間が流れていた。
そんな会話の間にも翼は何となく、ぼんやりとした気持ちでいた。
(初めて に、会った時もこんな調子の時だったな…)
翼は、思いだしていた。
“”に会った時の事を。
つい最近の事のようで、大分たったような時間の経過を。
- 回想 -
飛葉に転校してきた翼は、目まぐるしく動き回った。
自分とそれに同意する人間で構成するサッカー部を設立させ、学校生活を送ること。
それのために、彼は動き続けていた。
その一つの目標ともいえるサッカー部も出来て、監督も付いて、ハッキリ言って順風満帆に事が進んだ。
だから、翼自身も、順風満帆だとそう思っていた。
でも、何故か苛々することが多くなってきていた。
やるべき事が、沢山有るのに終わらない。
自分の事、、サッカーの事、部員の事…。
終わらない事への苛つき、焦り。
それは、自然と悪循環になっていく。
“好きな事をして、フラストレーションを解消しよう!”
何て言葉に従って翼は、試せるモノは全て試していた。
全く、効果が無い。
出しつくしたストレス軽減の策を使い切って尚、彼のストレスはドンドン膨れ上がっていた。
負のスパイラルとは正にこの事と言っても良いかもしれない。
けれども、ストレスが溜まろうが、彼の作ったサッカー部はことの他上手くいっている。
それが唯一の救いではあるけれど、翼のストレスは一向に減らないから困ったものである。
「何んだよ、まったく〜」
自然と漏れる、苛つきの言葉。
黙ってストレスを悶々と貯めてくれていれば、触らぬ神に祟りなしと言えるのだが、残念ながら、発された言葉に無視できる程、ここにいる飛葉サッカー部の人間は非道はいない。
「翼どうか、したのか?機嫌悪いな」
黒川柾輝が声をかける。
「別に」
憮然と、柾輝に答える翼。
“一目で不機嫌”と分かる。
柾輝は、苦笑を堪える。
(何をそんなに不機嫌なんだかね。ウチの大将わ)
心の中でそう思う柾輝。
「糖分でも、足りないんじゃないか?」
そう言うと、柾木はクッキーの入った袋を翼に差し出した。
「柾輝が、作ったの?」
訝しげに、翼は尋ねる。
あまりにも、この風貌とファンシーなラッピングが似合わない。
無論冗談で聞いているのである。
柾輝も知っているから、気にしない。
「貰いモン」
少し眉を、寄せる翼。
“僕に要らない貰い物を、押しつけるわけ?”と顔に浮かべる翼。
今度は、苦笑を浮かべる柾木。
「と言っても、別に要らないからやるわけじゃない無いぞ」
「じゃ何さ?」
不機嫌が増す、翼。
「そのクッキーな、ハーブが入っているんだと」
「で?それと、貰い物に何の関係があるのさ?」
「リラックスするんだろ?確か」
「何が言いたいわけ?」
苛々と翼は、柾輝に尋ねる。
「翼用に、頼んで、作って貰ったモンだ」
「誰にさ?余計なお世話だよ」
心底不愉快そうに、翼は答えた。
「まぁまぁ、そう言わず1個ぐらい食ってみろよ、美味いだぜ」
柾輝は、苦笑を浮かべる。
「ふ〜ん、まっそこまで言うんだったら、食べても良いけどさ」
柾輝があんまりにも、言うモノだからだろうか?
翼は、ヤレヤレとクッキーを見つめる。
「で、誰に作らせたんだよ」
訝しげに、柾輝を見やる。
「“それ”作ったのか?園芸部のだぜ」
翼にそう言い残すと、柾輝は足早に立ち去った。
「…」
クッキーの入った袋を、見つめ呟く翼。
(…聞いた事のある名前だな…)
翼が頭を巡らせる。
(たしか…柾輝達の話にも、よく出てきてたっけ…)
そう言いながら、袋に入ったクッキーの1つを口に入れる。
サクリ。
歯触りの良い音が、する。
固すぎず、程良いクッキー。
(へ〜結構美味いじゃん♪)
味の方も上々の様子。
(ハーブって言っても、そんなに癖無いし…その辺のクッキーより美味しいなコレ…。柾輝に感謝かな…)
と翼は、かなりご満悦だった。
気が付けば、袋に入っていたクッキーは残り数枚。
(ちぇ〜、もう無くなたのかよ…)
ちょっとばかり、不機嫌そうに袋を覗き込む。
(園芸部か…)
柾輝の言っていた言葉を、ふと思い出す翼。
(て…何考えてるんだかな…)
そしてすぐに、苦笑を浮かべる。
(でも…美味かったな…柾輝にでも、また頼むか…)
翼はそんな、はた迷惑なことを考えていた。
それから数日。
「柾輝〜、クッキーは?」
柾輝に会った開口一番、翼はそう言った。
これが、クッキーを貰って以来の翼と柾輝の初めの会話だった。
「翼…いい加減…自分で頼めば」
柾輝は、完全に呆れていた。
毎日、毎日そんな事を言われ続ければ、もう聞きたく無いだろう。
「何で?だって僕、其奴知らないんだぜ」
悪びれもせずに、翼が返す。
何時もの翼の我が侭に慣れている、柾輝だが…今回ばかりは、頭が痛かった。
「知らない奴にだって、平気に話すだろ…翼」
「だって、面倒くさい」
プイ。
そっぽを向く、翼。
「いくら翼の頼みでも、今回ばかりは…自分で行けよ」
内心ドキドキしながら柾輝は、そっけなく言う。
「…ふ〜ん。僕に、指図するんだ…」
翼の一言に、場の空気が凍り付く。
さしずめ、“バナナで釘が打てる世界”と言ったところである。
「ま〜ぁ、ま〜ぁ翼も落ち着けや」
直己が、ブリザードの中に仲裁に入る。
「うっせーんだよ、猿!お呼びじゃね〜んだよ」
翼の一喝に、直己は固まる。
「…」
たっぷり30秒ぐらい、凍り付いていた直己が再起動する。
「何や!そんな言いぐさは、ないやろ!!それにな、のクッキーは目茶!人気あるねん!!毎日毎日、頼む方がお門違いや!!!しかも、翼は、礼の一つも言わへんやろ!!」
翼に言葉を遮らせないように、一息で言う。
翼の空気が、益々冷たいモノに変わる。
「猿のくせに、デカイ口叩くようになったんじゃない?言い度胸だよね」
「本当のことやろ!」
少しビクビクと、怯えながら直己が答える。
「お前らは、どっちが正しいと思うんだよ?」
他のメンバーに、翼が尋ねる。
「「悪いけど、今回ばかりは…翼の味方出来ね〜わ俺ら…」」
他のメンバーも、そう言う。
益々、不機嫌になる翼。
「まっ…別に良いけど」
憮然として翼は、鞄を持つ。
「何処行くんだ?サッカーしないのか?」
柾輝は、翼に尋ねる。
「あ?今日は、やる気しないから帰る」
そう言い残すと、翼はフットサル場を後にした。
翼は憮然としながら、歩いていた。
別に、何処かへ行きたい訳じゃなくただ…何となく歩いていた。
何気なく足を止める翼。
その場所を見て、翼は唖然とした。
(何で…“ココ”に来てる訳?)
その場所というのは…。
飛葉中の敷地内にある、温室の真ん前だった。
どうやら、無意識に足が向いたようである。
普段、全然全然興味の無い温室。
(確かに…クッキーは、美味かったけど…つーか、食べたい気持ちが強いけど…何でココに居るんだ?)
呆然と、温室を眺めながら翼は思った。
「あの…」
そんな翼に、声わかけるものが1人。
「あの…園芸部に、何かご用ですか?」
ボケーっとした声音で、翼に声をかける。
「はぁ?用なんてあるわけないじゃん」
翼は声の主に、不機嫌そうに答えた。
「そうなんですか。そうでしたら、申し訳ないんですけど…戸の所避けてもらえませんか?」
ニッコリと、気分を害する様子も微塵もみせず、微笑む。
翼は慌てて、温室の戸を開けてやる。
「有り難う御座います」
礼を言いながら、中に入る。
「…」
そんな人物にを、翼はマジマジと凝視する。
(もしかして…此奴が…)
「あの…私の顔に何か付いてますか?」
植物の苗木を温室に置いて、翼に尋ねる。
「別に…お前…もしかして“”?」
「はい。えーっと、貴方は?」
は不思議そうに、翼を見つめる。
そりゃーそうだ、初対面に関わらず、凝視したあげく、名前を突然言い当てられて、ビックリしない人間は居ない。
ちなみに、 も例外に漏れずに、驚いている。
「3年の椎名翼」
翼が短く答える。
がその名前を聞いて、手をポンと叩いた。
「サッカー部をお作りになった、黒川君の先輩ですね」
楽しそうに、 が翼に言う。
「そんなに、感心しなんくても良いんじゃない?」
そんなに、翼は呆れていた。
「でも、ビックリです。椎名先輩が、私の事知ってるなんて思いませんでしたから」
感心したように、は翼を覗き込む。
「柾輝達が、よく話してるからね」
「そうなんですか〜」
“ふむふむ”と腕を組みながら、は納得する。
何かを思いついたのか、唐突に が翼に言う。
「そうだ!先程助けて頂きましたし、お茶でも飲んでいきませんか?」
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2009.4.19. From:Koumi Sunohara