およずれごと(後編)
−存在理由と言う迷宮へ誘う魔性の囁き−




部活をしている時。
あの日の部会の出来事はあまり思い出さない。
けれど、今のように…一人きりの部室にいる時は思い出してしまう。

本当に自分が部長で良かったのかと…変えることの出来ない過去と言い返せない不甲斐なさに陥る。

(強いから説得力があるんだろうな…別にウチだって弱くは無いんだけど…言われ放しってやっぱり俺が不甲斐ないんだろうな〜)

嫌な思いを振り返りつつ、誰もいない部室で伸びをしてみる。

「甘いだけでは人を指導できないか…甘いのかな俺って」

心の中で呟いたはずの独り言が、何故か音となって発してしまった。
何となくばつが悪くて苦笑いしてると、不意に頭に重みを感じて目線を上げた。

其処には、だれた千石が俺の頭に顎を乗せていた。

「何が甘いの?南」

ズシッと重みをかける千石に「重い」と言えば、彼奴は笑って「南の愛と同じ重さ」だと茶目っ気溢れる口調で言った。
俺は軽く千石をあしらい「中途半端な重さだな」と笑えば、彼奴も「そうかも」と笑った。

(これで違う話題に移るだろう。俺の謎の独り言なんて忘れてさ)

心の中でそう思う俺の思いなど、彼奴は知るよしもないのだろう…目の前の椅子に座り直した千石がもう一度「聞こえちゃったよ独り言。で…何が甘いの?」と巫山戯た顔をせずに聞いてきた。
俺は何となくその視線に耐えられなくて、軽く視線を外してボソリと言葉を零した。

「何となくな…俺って甘いなぁと思っただけだぞ」

そう言った俺に千石は少し驚いた顔した。

「何其れ南は俺に厳しいじゃん。まぁ甘えさせてくれる時は甘えさせてくれるけど」

「そりゃお前が俺に怒られるような事をするからだしな。良いことをすれば俺だって怒ったりもせず寛大な態度をだな〜」

「だ・か・ら。南は甘いだけの人間じゃ無いって言ってるんだって」

納得しない俺に呆れたようにそう言ってから、彼奴は更に言葉を続けた。

「駄目なモノは駄目って言うでしょ。本当に甘い人間なら言わないよ。よく言うでしょ“言われる内が花”だって。注意されなくなったらお仕舞い。腐ったリンゴは捨て置くのと一緒。教師の大半ってさ。俺のこと半分諦めてるから注意あんまりしないのよ分かる?亜久津だってそう」

そう言って一息吐いて、千石は言葉を紡いだ。

「でもさ…南は教師だって捨ててる亜久津にも注意するし、俺にも注意するでしょ。我が身可愛い甘ちゃんなら自分の危険を顧みずに注意はしないよ。勝負師として甘いかもしれないけど、人…南健太郎としては俺は良いと思う。それに正直、手塚君やら跡部君…真田君みたいな南だったら俺はイヤだな。本当に嫌だと思うんなら皆南を部長と認めてないでしょ」

巫山戯る様子もなく、真面目に言う千石に自分が相当落ち込んでいた事に少々気恥ずかしさを覚える。

(嗚呼…千石に此処まで心配されてちゃ本当に彼奴らの言葉通りだよな俺…しっかりしなくちゃだよ本当に)

意識を少し飛ばしていると、心配気な千石の声が耳に入る。

「あのさ南…部長会で何かあった?」

「ただしみじみ俺は平凡で地味と痛感させられたって感じかな何時もの事ながら」

こぼれ落ちる言葉に自嘲気味で、自分でも情けない気もしたけれど…ちゃんと何時通りの俺の言葉で言えたとは思う。
それなのに千石の表情は納得いってない顔で、「違うでしょ」と口にした。
俺は完全に真剣な顔をした千石に嘘も言えず、何とも言えない顔を向ける。

「南のやり方が甘いとか余計な言葉言われたんでしょ」

かなり真剣な顔で言う千石に、俺は思わず次の言葉が言えずに居た。
見事に当てれれた言葉に「まぁな。よく分かったな」と言えば千石は、少しだけいつもの脳天気な表情に戻して言葉を返した。

「あの面子だから言いそうだと思っただけだよ」

「まぁ…自分にも他人にも厳しい奴らだからな。仕方がない事なんだろうな…」

溜め息混じりにそう返せば、千石は静かな声でキッパリ言葉を紡いだ。

「南は南で良い。これだけは、断言できる」

自信に満ちた目で言う千石の言葉は、何だかよく分からないけれど心の中にストンと落ちた。

「そうか…有り難う千石」

「良いって俺だけじゃ無いし。山吹テニス部は南は南で良いって思ってるよ。良いじゃん分かる奴が分かってれば」

サラリと何でも無いと言いたげに紡ぐ千石の言葉に、俺は一息吐いて言葉を紡ぐ。

「そうだな。別に他校に認めれれなくても…俺達は俺達で良いんだよな」

そう顔を上げて言えば千石は「そ…南ちゃんはそれで良いんだよ」と笑う。

そして思いがけない言葉が、直後に漏れた。

「あのさ…今度から俺が南の代わりに部長会に出るよ」

「はぁ?千石お前突然何言って…」

ビックリした俺が、そう言うと千石は珍しく眉間に皺なんか寄せてた。

「だってさ、分かってないよ大切な事が」

眉間に皺を寄せたまま、難しい顔をした千石は言う。

「俺やっぱり至らないか?」

尋ねれば千石は首を大きく振って、違うと示す。

「南がじゃないよ。南は問題無いの…だから少しぐらい苦労すれば良いのだよ彼らがね」

鮮やかな笑顔をオプションに俺には理解不能な言葉を紡ぐ千石に、俺は疑問符を頭に浮かべるだけだ。

(何だ?何が誰が至らないって此奴はいってるんだろう?)

不意に浮かぶ思いなど気付かないであろう千石は、さらに言葉を紡ぐ。

「兎も角、南は俺が行くと大変と思うかもしれなくても…別に問題なし。俺がしばらく部長会に出るから南はしっかり休養を満喫して。テニスに熱い魂をぶつけてちょうだいな」

ポンポンと俺の肩を叩きながら言う千石に、俺は有り難いのか何なのかよく分からずポカンとした顔を思わずした。

すると…。

「なーに南部長を困らせてるんですか?千石さん」

冷静な口調で静かに先輩である千石に突っ込みを入れる室町に、俺は思わず間抜け面で見上げてしまった。
何というかこんな状況下に乱入者が現れる思ってもみなかったから…。

まぁ今更冷静に考えれば、ここは部室な訳なのだから他の奴らが入っても可笑しくは無いのだが…。
実にタイムリーである。

「今回は俺じゃ無いよ室町君」

そんな室町に力説して言う千石は、少し情けない様に見える。

「今回はって言うのが怪しまれる原因なんですよ千石さん。無駄に南部長の心労を煽らないでくださいよ」

サングラスをクイっと持ち上げてバサリと切り捨てる室町は、相変わらず千石に対する突っ込みは厳しい。
チラリと言われまくっている千石をみやれば、彼奴は別段気にした様子は見えない。

「嫌だな室町君。俺は南の心労を和らげるべく、しばらくは部長会に俺が出ようと言う提案をしたんだよ。何せ曲者ばかりの部長会だしね南が疲れちゃうでしょ」

手をパタパタさせながら千石は室町に説明をすれば、室町は肩を竦めてみせた。

「何だそれなら、千石さんの言うとおり千石さんに行かせれば良いじゃないですか。それにそんな真面目な事何時言うか分かりませんよ」

冗談なのか本気なのか分からない口調で室町がそう口にすると、いつの間にか居た東方・喜田・新渡戸・錦織までもの頷いていた。

(何故だろう今日に限って皆の気配を感じることが出来なかった…部長失格か?)

などと意味不明な現実逃避をしたくなるほど、俺の注意力は散漫と言っても良かった。

「でもさ室町。迷惑掛かるだろ」

「だから良いんじゃ無いですか。楽してた分のつけと思えば安いもんですよ」

「室町…それは…どちらに対してなんだ?」

「恐らくは南部長の想像通りと言えない答えなんで気にしなくて結構ですよ」

そう言われた俺は激しい不安を覚えたのは仕方がない事と思う。

(俺のためなんだろうけど、酷く心配が募るのは何故だ)

などと渦中の存在の自分なのだが、蚊帳の外に居る気がする俺に背後から声がかかった。

「何の騒ぎだ?」
 
その言葉に、俺は相手も見ずに簡単な説明をした。

ちなみに説明した相手を見ずに言ったことを俺は酷く後悔した。
何故なら其処には、亜久津が居たんだから。

「はん。良いんじゃねぇの。やらせれば良いじゃねぇか面白いぜ其奴は」

ニヤリと不敵に笑う亜久津に俺は眩暈を覚えつつ、「心労が更にかさむぞ」と言葉を漏らす。
すると、亜久津は少し溜め息を吐いてからゆっくりと言葉を紡いだ。

「んな事気にしたって仕方がねぇだよ。成るようになる。上手くいこうが失敗しようが時間は過ぎんだ。第一な人のことどうこう言う前に、お前は働きすぎなんだよ。ちったぁ休めば良いだろうが。ただで休めるのに変な奴だぜ」

口調がキツイが言われた内容が、実に人の良い言葉で俺は思わず間抜け顔で亜久津を見返す。
その俺の何とも言えない様子に千石は楽しげに笑った。

「優しいな亜久津。それで言葉がもっとあれば合格点なのに…あと素直に言えたら花丸あげちゃうのにねぇ照れ屋さんだなぁ〜」

「うるせ〜なぁ。上が休まなきゃ下は休むの気が引けるつーのは常識だ。言わなきゃ分からねぇのか?手間がかかる」

鼻を鳴らして、俺達に背を向ける亜久津に千石はもう一度「本当に照れ屋だなぁ〜」としみじみと漏らす。
そう言ったかと思うと、彼奴はまた少し真面目な顔をして言葉を紡いだ。

「亜久津のパクリじゃないけど、南は休んで良いんだよ。其処が南の良いところだけど…それじゃ〜典型的な日本人のサラリーマン的考えだよね」

「言えてるな。働かないと気が済まない。お前って全然休んでないもんな」

相方の東方までそんな風に千石に混じってそう言いやがる。
俺はむっとして…「そう言うお前だってそうだろう」と東方に言い返した。

(二人合わせて地味s何だからな。仕事人間は東方だって同じだろ)

勝手に思いこむ俺に相方は、しれっと「俺は休むときは休むぞとことん」と言い切った。

大きくこけた俺に、千石は「まぁまぁ南気にしないで」と慰めの言葉を投げて寄こす。

(何だろう俺凄く不憫か?)

半蚊帳の外扱いの俺に構わず話を進める面々。
しばらくぼんやり眺める俺に、千石達は急に話を振った。

「あのさ南が部会に行かない日は、1年生の子の指導に当てれば良いんだよ。仕事好きの南ちゃんにピッタリだよね」

ニッと笑って千石は仲間にそう声をかければ、其処に居た全員一致で「そうそうピッタリ」と口々に言う。

「結局俺は働くって事か?」

「休んでも勿論良いんだけどね。まぁだって南だしね」

そう言われて肩を叩かれた俺は、気が付けば部会で落ち込んでいたことなど頭から消えていた。
恐らくそれは、此処にいる皆の御陰なのだろう。
千石や仲間の言葉に俺は何だか心が軽く成った気がした。

少なくとも俺と言う部長でも良いといってくれる、仲間がいる限り俺は地味でも部長であろうとまた前向きに思えるようになったのだから。
それに…始めて部長を任されて、頑張ろうと誓った時の気持を思い出させてくれてから…今回の俺の落ち込みは不幸では無く幸せの為の出来事だったのかもしれない。


おわし


2006.5.11. From:Koumi Sunohara




★後書き+言い訳★
17777HIT藤槻様へ
・南メインのテニプリ小説/傾向はシリアス・部長らしいというか格好いい南
さてはて、如何なものでしょう…ご期待に添えているかかなり不安ですが…お届けいたしました。
実は…読んで分かるかも知れませんが…今回の前後編で完全完結ではありません。後日談が続く予定なのです。

完結作でお届けしたかったと言うのが本音なんですけどね。
何分管理人の文才が乏しいのと、視点が切り替わりすぎるという事でこうの様な形でシリーズ化をすることに致しました。

この様な作品がお気に召されるかは心配ではありますが、ひとまずお届けとさせて頂きます。
では…機会が御座いましたら書かせて下さると幸いです。

From:すのはら江美


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