予想外のお礼の手紙
今日も今日とて、福沢祐巳の一日は何時もと変わらない一日になる予定だった。
学友との他愛ない会話に、山百合会での活動。それを終えた、祐巳が待っているのは帰宅の二文字。
そう思って、校門に足を向けた時、祐巳の足がピタリと止まった。別に、落とし穴があった訳では無く、祐巳にとって予想外の人が其処にいた。
「やぁ、祐巳ちゃん」
片手を上げて、一昔前の青春スターの如くリリアンの校門に凭れかかるように佇む、好青年…もとい、花寺の光源氏の君こと…銀杏王子、柏木優その人がそこにいた。
見た目が申し分無い、彼の人は色々な意味で目立っていた。
(何で、柏木さんが此所に?)
ごもっともな、思いを心に持ながら祐巳は、はっと気がつく。
(凄く悪る目立ちしている)
リリアンでも人気のある柏木と、狸顔ではあるが紅薔薇の蕾である自分。
贔屓を差し引いても、視線を集める事実に祐巳は頭を抱えたくなった。
そんな、祐巳を柏木は心配そうに目線を投げる。
「祐巳ちゃん顔色悪いけど、大丈夫かい?立ち話も微妙だから、お茶をしに行こう」
スッと差し出される手と言葉は、実に淀みが無いものだった。
祐巳は、差し出され手をスルーすると、小さく息を吐いて、言葉を紡ぎだす。
「別に具合が悪い訳では無いです。ただ、柏木さん目立っから…どうしょう?って思っただけです」
「いや〜。それは、居心地悪い思いを祐巳ちゃんにさせちゃったね」
「いえ」
「うん。やっぱり、場所移動しょうか」
口元に手を充てて納得顔で、柏木はそう言葉を紡ぐ。
そして、スルーされた自身の手を祐巳の手を捉えて自然な動きで歩き始めた。
咄嗟の事に対応出来なかった祐巳は、されるままに柏木に手を引かれる形で歩を進める事とあいなった。
何となく流される形に歩く祐巳に、柏木は柔らかい口調で言葉紡ぐ。
「強引でゴメンね祐巳ちゃん。で…強引ついでに、少し付き合ってもらうね」
何処か、祐巳ね姉にあたる祥子を思わせる雰囲気を漂わせた柏木の言葉に珍しく祐巳は素直に従う事にした。
(こうなると柏木さんきっと絶対聞かないだろうな〜。こんな所がお姉様に似てるなんて)
強引な柏木の態度に、祐巳は自分の姉の時々ある頑固な一面を思いだしながら、また小さくため息を吐く。
「分かりました。柏木さんに付き合うので、手を離してください」
繋いだ手を示しながら訴える祐巳に、柏木は祥子を思わせる微笑みを浮かべる。
(う。悔しいけど、柏木さんとお姉様って本当に従兄弟なんだ)
その微笑に祐己は、手を放してくれないであろう事を思う。変な所似ている姉とその従兄弟に祐己は諦めに似た感情が心を占めた。
「手を繋ぐらいいいじゃないか。祥ちゃんとは手を繋ぐだろ?」
「そりゃ〜お姉様はお姉様だし。柏木さんは他人ですよ」
「他人とは悲しいな祐己ちゃん。俺は祐己ちゃんが大好きなんだけどね。それに、祥ちゃんは俺の従妹、その妹の祐己ちゃんは俺の従妹同然だろ?だから、手は離すのは却下ね」
「ですよね。はぁ〜」
「本当に祐己ちゃんは正直だね」
柔らかく笑いながら、柏木はそう言うと祐己を連れて近くの駐車場に連れ立った。
「さぁ。お姫様、どうぞお乗りください」
恭しく、胸に手をあてて柏木は車の助手席に祐己をエスコートする。祐己は、完全に諦めの顔で柏木のエスコートを甘んじて受ける事にした。
(くこで、折れ無いとまた堂々巡りだもの仕方がない)
そう思いながら、車に乗り込む祐己に柏木は微笑ましそうに彼女を見た。
リリアンから車を走らせることしばらく。
車内は比較的穏やかで、柏木チョイスの洋楽が車内に響く。
交わされる会話も、意外に弾みリリアンで遭遇した時の祐巳の機嫌は意外に上向きに浮上していた。
「今から行くお店はねとてもケーキが美味しいからきたいしててね祐巳ちゃん」
「それは楽しみです」
そう返した所で、車は目的地に到着した。
センスの良い雰囲気の店を、やはり柏木のエスコートで入った祐巳は勧められた席についた。
「今日は突然連れてきてゴメンね」
「いえ。(と言うか…大抵、柏木さん突然だから割と慣れたように思う)」
「実はね。この間の花寺の学祭りの、祐巳ちゃんに失礼をした連中から詫び状と言うか、助けてくれたお礼状を頼まれて持って来たんだ。勿論断ってもらって構わないよ」
スッと出された、無地の封筒を祐巳の前に出して柏木はそう言った。
祐己は渡された、連盟のお礼状を受け取り複雑そうな顔をした。
「大丈夫。先に祥ちゃんに内容確認の為に、見てもらっているから安心して」
「お姉様が確認したっていうのであれば間違いないでしょうけど…書いた人たち」
言い淀む祐己に柏木は、間髪いれずに言葉を紡ぐ。
「それも承知の上での礼状だよ。そもそも、礼状なんてものを書かせる気は毛頭なかったなんだけどね…寧ろ反省文にしたかったけどね。どうしてもと言うから、条件を付けたわけだよ」
サラリと紡がれる言葉に、祐己は一先ず受け取る事を承諾した。
(大方祐麒が困っていて、それの助け船でしぶしぶ柏木さんが条件出したのかな?)
そんな事を思いながら、祐己はそう感じずにはいられなかった。
「本当に祐己ちゃんは人が良いね。悪い奴に騙されちゃ駄目だよ」
素直に受け取る祐己に柏木はそんな言葉をかける。
「侘び状受け取る受け取らないは良い人にならない気がしますけど…」
「ん?十分良い人だよ。自分に害をなした人間の侘び状何て不快だと思って受け取らない場合もあるんだからね。それでも受け取る所が、祐己ちゃんの人柄を表してるって事で、俺としては褒めてるんだよ」
「褒めてるようには感じないのは何故でしょうね?」
呆れ顔で祐己がそう返せば、柏木は笑をさらに崩した。
「まぁ…それはさて置き、ここのケーキは絶品なんだ、それを食べようじゃないか祐己ちゃん」
その言葉に、祐己は瞳をキラキラさせながらメニューをせわしなくみつつ、ケーキを注文したのである。
ケーキが来るまでの間、柏木は終始笑顔で祐己を見ていたが、急に真剣な表情を浮かべて祐己を見た。
「どうしました柏木さん。急に真剣な顔をして」
「祐己ちゃんが色んな意味で良い子だから忘れそうになるけど、この間の学校祭は本当にすまなかった」
深々と頭を下げる柏木に祐己は目を丸くした。
祐己の中では、すでに終わった事であり、パンダの着ぐるみを着て無事終了したものと考えていた。
(だって柏木さんあの時も謝ってくれたし…推理小説同好会の人にもケジメつけてたし…その後だって色々謝ってくれたりとかあったのに…)
数々の柏木の行動を思い起こしながら、祐己は頭を下げる柏木に慌てて声をかけた。
「もうやめてください。済んだ事ですし、柏木さんからは十分にお詫びを受けてます。寧ろ貰い過ぎな程です…そんなに気にするなら、ここのケーキ奢りで良いですし(と言っても最初から奢る気なんだろうけど…)」
「勿論、お詫びじゃなくても祐巳ちゃんにご馳走するよ」
そう言う柏木に、祐巳は肩を竦める。
(やっぱり…まぁ柏木さんらしいいけど)
そう祐巳は思いながら、言葉を紡ぐ。
「柏木さんらしいですけど。今は祐麒が会長なんで、柏木さんが気にやむ必要は無いんですって、こうやって気にかけてくれている柏木さんは誠意を見せてくれてますって。だから、今日でこの話は終わりです」
パンと一つ柏手を打って祐巳は話を終わりだと向けると、柏木は表情を和らげた。
「やっぱり祐巳ちゃんはいいね。そう言う所も好きだよ」
「なぁ…。また、そう言う冗談ばかり。慣れましたけどね」
「冗談じゃないんだけどね。俺としては祐巳ちゃんを彼女に出来たらいいと思うぐらい好きなんだけど」
「はいはい。そう言う事にしておきます」
柏木の言葉をサラリと流す祐巳。柏木は、困った様に頬を掻く。
(祐巳ちゃん相手にはなかなか伝わらないんだよな〜何でだろうか?)
そんな事を柏木は思いながら、柏木は口を開く。
「これ以上祐巳ちゃんを困らせたくないから、この件は終わりにするよ。だから、そのお礼状ならぬ詫び状の件も返答不要だよ」
「はい。それで良いです」
「でも一つだけ。次は…次何て起こさせないけど、祐巳ちゃんのピンチは必ずどうにかする。祐巳ちゃんと祥ちゃんに誓ってね」
真剣な顔をして柏木はそう祐巳に告げた。
真顔で言われた祐巳は少し困り顔をしながら、運ばれてきたケーキを口にした。
後日、花寺の光の君による紅薔薇の蕾連れ去り事件がリリアンかわら版に取り上げられ、少し騒がしくなるのは、この時の祐巳は知る由もなかったのである。
おわし
2012.7.30. From:Koumi Sunohara