藍と紺の夕涼み−不意に気が付くふとした気持ち−  

始めっから嫌いだった。
自分の双子の弟と仲の良いジャンという男が。

黒髪で…つかみ所が無い。ユラユラゆれる柳の枝のように、するりとどこか掴めない雰囲気の男だ。しかも人当たりが良い所為か奴の周りはいつも賑やかだった。

サービスを取られたような感じがするから、嫌いだというわけでは無い。所謂、生理的に受け付けないという人種なのだろうと思う。その為だろうか?見てると秘石眼が疼く。

対極の相容れない存在なのだと思う。
犬猿の仲と言う存在だろう…ジャンと言う…サービスの同期の男と俺。

けど…同じようにサービスと仲の良い同期の桜であるジャパニーズのは嫌いじゃ無かった。
同じように掴めない…同じような黒い髪。
それでも戦場でどす黒くなる心を、和ますような不思議な雰囲気を持つ男…

戦闘馬鹿でアウトドアー派とあきらかに研究者であるはインドア派。俺の苦手なタイプはあきらかにジャンよりもの筈だ。対極に位置する、彼奴と俺。
なのにジャンに対するような反発を感じないから、不思議でたまらない。

戦場に自ら出ようとしない、非戦闘要員の
戦場にこそ生きる全てを見いだしている俺。
ジャンと言う奴とは違う対極の存在だが、俺はと言う存在が嫌いでは無い。

何故、血の似合わないという人物がガンマ団何かに居るのか分からないし、知ろうと思わない。
の様な非戦闘員は、ガンマ団の中には腐るほど居る、だから、が居るというそれだけで、別にいい気がさえしていた。

そん風に身内以外で、そう思える人間は俺には皆無と言ってよかった。後に、特戦部隊の部下も似たような存在になるとは思いもよらなかったが。

まぁ、俺にとってある種の友と呼べる存在であることには間違いないだろう。

(柄じゃ無いけどな…多分それが一番近いんだろうな)

でもそんな奴は、ガンマ団に今は居ない。双子の片割れが、親友を失い…ルーザー兄貴を失ってしばらくした辺り…はガンマ団を静かに去った。本当にあっさりとしたものだった。

「俺ガンマ団辞めて、隠居するわ」

サラリと聞く側が呆気にとられる程、あっさりとそんな言葉を吐いて、ガンマ団を辞めやがった。

まるで…。

「飯食いに食堂行ってくるわ」

とヒラヒラ手を振って出て行くように、実にあっさりと、当たり前の様に。

正直この科白を聞いた時俺は、性質の悪い冗談だと思った。普通なら、脱退は死を持って終えるか…怪我による退団かのどちらかだからだ。

それも、退団と言っても非戦闘員になるだけで…ガンマ団から抜ける事は生きているうちには不可能と言ってもいい。例外何て起きた事が無いからだ。マフィアで言う所の死の掟に似通っているからだ。

だが、はどれにもあてはまらないまま、去っていった。その裏には、総帥である俺の兄貴が関わっているのも目に見えていたけど…何だかんだマジック兄貴はが嫌いじゃない。だから余計に、彼奴の気持ちを尊重したのかもしれない。

兎も角彼奴は今、隠居生活よろしい山の奥で、研究所を作って研究暮らしをしてやがる。この研究所自体がマジックの兄貴が噛んでいるという話もあるようだが、俺は詳しくはしらない。

それでも、研究所での生活は成立していて、本人も然程不便を感じていないというのだから、は変わっているとつくづく思う。

(つったく何でこんな不便きわまりない所に住みやがる。本当に研究者って奴は変わってやがる)

と言いつつも俺はよく、この場にやっかいになるんだが。俺も対外変わっている。

そもそも、に固執している自体がおかしいのかもしれない。一族でも無い、ただの他人。それが、何故か家族と同じぐらいの距離に居て、困ったことに居心地が悪くないから困りものだ。

何ていうだ?青の一族では無く、ただのハーレムという戦争も関係無い人間だったら、起こるであろう日常のようで、居心地の良いのかもしれない。あくまで、IFなど存在はしないし、青の一族のハーレムである事もなってしまったものは、仕方がないと思っているが、心ののどこかで、望んでいたからこそ、このという存在が居心地が良いのかもしれない。

何だ、いわゆるガス抜きの場所って言葉が良くなじむ。

穏やか過ぎる平和を絵に描いたそんな一般の人間には当たり前とされるその場所が、俺にとっては当たり前では無いからこそ、らしくなくホッとするのだろうと思う。故にガス抜きって言葉がしっくりと馴染むのだ。

特戦の任務で、国を滅ぼしたり非人道的な行動をしながらも、俺は血のにおいを感じさせないの研究所に結構の確率で足を向ける。

そう…今日も何となく当たり前の様に足を向けたのだった。


勝手知ったる他人の家。その言葉が良く馴染む、の研究室。

自分の家の様にサラッと研究所に入る俺に対して、の研究所に居る奇特な研究者も俺の登場にも別段驚く様子も無い程、当たり前と化してきている俺の来訪。は何時も呆れながらも、そんな俺を迎え入れてくれる。

研究所に設置しているコーヒーサーバーからブラックコーヒーをカップに注ぎ入れたは、ご丁寧に簡単な茶菓子と共に俺の前に置く。本人は、軽く羽織った白衣のポケットに手を突っ込みながら、「金なら貸さないぞ」と軽い牽制球を俺に投げる事を忘れない。

「俺に投資しておいたら倍になるぜ」

お決まりの言葉を口にする俺。

「ばーか。一昔前の詐欺の手口だろうが。乗るわけねぇだろ」

は呆れた表情でバッサリと切り返す。その突っ込みの良さに正直毎度ながら、感心しつつ俺は小さく肩をすくめてみせた。

(こんなやり取りも何時もの事だな…)

珍しくやり取りの最中に俺はそんな事を思った。

(今日はやけに色々な事を考えちまう日なのかもしれない…俺も年いっつたか?)

そんな風にとのやり取りの中で、そんな想いにかられる俺をは責めるわけでもなく、ポツリと指摘した。

「何だよハーレム、悩み事か?」

普通に言われた指摘だが、俺にとってはそんな指摘をされた事は家族ですら数える程だった。兄弟曰く日ごろの行いが悪いから、悩みと言う単語に結び付かないとの事らしいが…。

それをサラッと言ってのけるがコイツだったりする。

正直ロボット工学だの、兵器の開発やらバイオ科学などという研究をするよりも、カウンセリングやら心理学に向いてるんじゃ無いか?と素人目で思う程、は他人のかけてる部分や悩みの有無など嗅ぎわける。

その所為で、あまり言葉を語らない俺達の一族の人間や一部の変わりものに重宝されてしまう星の下に居る奴だったりする。

(器用貧乏って言うのか?はたまた聞き上手なのか?まぁ…何でもよいが)

の事を思いながら、奴への返事は少し濁しつつ、サービスが片目を失った時の事を思い出す様なニュアンスで言葉を伝えた。

俺が言葉を濁すのが珍しいのか、は少し不思議な表情を浮かべたが…サービスの片目の話しはにとってもあまり思いだしたくない内容だけに、深く気にしないように黙って俺の言葉に耳を向けているようだった。

そして…俺の話を聞き終わったは、新たに入れたコーヒーを俺に勧めながら、自らも喉を潤すべく口に含み余韻を楽しんだ後に、ゆっくりとした口調で言葉を紡いだ。

「うーん。何て言うかね…所謂あれだろう」

「何だよ」

「失って気が付くモノもあるんじゃ無いか」

コーヒーを一口啜って、はサラリと言い切った。

「俺様に限ってソレは無い」

言い切る俺に、は苦笑混じりに言葉を紡ぐ。

「当たり前の日常。普通だと持っていた今日…使えていた手が無くなって…漸く大事さを知るんだぞ」

「うんな事言ったて俺らは戦士だ。明日のある生活なんか知る訳ねぇだろ」

「そうか?もしも明日、サービスや俺が死んでしまうとしたらお前はどう思う」

「どうって…殺した奴を後悔させるぐらいボコッって殺す」

即答で答えを紡ぐ俺に、彼奴は苦笑を浮かべる。

「ハーレムらしいちゃらしいけどな。つーか殺された前提なのか?病死ってパターンもあると思うんだが」

悪戯をする子供の様な表情ではそう言いやがる。
そんな言葉に、俺は鼻であしらう。

「病死だ?んなもんマットドクターの科学馬鹿がどうにかするに決まってるだろ」

自信満々に言い切る俺には、少し唸りながら言葉を返した。

「高松か…ありえそうだけど。そう言う事を言いたかった訳じゃねぇんだけど」

頬をポリポリと掻いて「まいったね」と漏らしながら、は次に紡ぐ言葉を口にした。

「つーことは、一応でも俺や肉親に何かあったら辛いって事だろう。て事はジャンって言う友人を失った…ルーザーと言う兄を失ったサービスが笑わなくなった。当たり前が当たり前じゃ無くなった事がハーレムに違和感を与えてるんじゃねぇの?」

「何だよソレじゃぁ俺が滅茶苦茶弱気なチキン野郎じゃねぇかよ」

「チキン野郎って…別にそんな事は無いと思うんだが…と言うか…。幾つになったってさ。弱気になるもんだし…アホみたいに強がる必要は無いと俺は思う」

無言を通せば、は軽く流すように次の言葉を俺に投げた。

「俺が隠居生活してる理由お前は分かる?」

「嫌気がさしたんだろ?兄貴のガンマ団に」

そう返せば、彼奴は肩を軽く竦める。

「確かにな。そんな風に思う事もあるけど…単にさ俺は弱い人間だからさ。目の前で失うのが怖くなった…だからガンマ団から去ることに…否…逃げ出したと言った方が合ってるかもな」

瞳には苦悩とも自嘲ともとれる色を宿しては言う。

「ハーレムのもっとも嫌いなチキン野郎って訳さ」

肩を竦めて言うに、俺はどう言葉をかけて良いのか分からなかった。

(弱虫と言えばそうだとしか言えねぇし…弱く無い面もありやがる…上手い言葉が見つからねぇな)

と言う人となりを考えながら俺はそんな風に思う。それでも、は気にせずに言葉を紡いだ。

「最善だと思った事が最善じゃ無い場合いだってこの世の中には沢山ある。ジャンを助けようとして、秘石眼を制御できなかったサービスだって、あの時は二人が生き残る為のその時の最善だと思って使った。でもな、使わなければどちらも助からなかった可能性は高い。その時にサービスがやっぱり生き残ったとしたら、使わなかった後悔をするんだよ。やった後悔…やなかった後悔。そんな後悔は生きてる限り永遠について回る。それに気が付けなかったその頃の俺は、後悔しつづけるサービスの側にも…DRルーザーの跡を継いで盲目的に遺児を育てる高松の側に居る事が苦痛で仕方がなかった」

長く紡がれる言葉を一旦切ったは、瞬き一つして続きの言葉を口にした。

「でもな、結局ガンマ団から逃げても…お前は押しかけてくるし、サービスも高松との繋がりも消えない。逃げても逃げても絡め取られるし、後悔は一生付き合わなければなんねぇって此処に来て気付いた。だから、短い様な長い人生なんだしさ、振り返って反省したり、色々考えたり、センチメンタルになったって良いんじゃねぇの?」

「そんなもんか?」

「ああ。そんなもんだよ。何処かの誰かが…?卵が先か…鶏が先か”って言ったみたいに、悩む故に悩みがあるし…しても後悔、やらなくても後悔。結局色々考えてしまうのが人の宿命なら、そんな日があっても良いって思った方が、精神衛生上良いと俺は思う。まぁ、生きてるいじょうしかたが無いしな」

俺はの言葉を聞き終えた後、軽く頭をかいた。

「なんつーんだ…」

「ん?」

俺の漏れた呟きに、は続きを促す様に黙って俺の様子を見守っていた。
俺は何という表現が良いかわからないが、思ったままを口にする事にした。

「弱さも強さも全部合わせて自分だってことかよ」

「そうだな。うん。その言葉が一番しっくりとくるんじゃ無いか?雨の日もあれば晴れる日もあるし、曇りだったり、荒れる日もある。弱さも強さも、陰険だったり、優しかったり…感情の正負が無かったり…それでも、自分は自分でしかない。ハーレムはハーレムにしかなりえない様に…それがしっくりとくると俺は思う」

「俺が情けない奴でも…」

「ああ、俺がチキン野郎で、ハーレムが情けない奴であっても俺はハーレムを友だと思う。お前が、こんな俺を友だと思ってくれるように」

そう言っては、この話は終わりだと言いたげにそれ以上この話題には触れなかった。

俺にとっても、の告げた言葉が俺の求めていた答えだったような気がした。

Ifはありはしないが、ジャンと言う人間が生きていたとしたら…サービスが眼を抉らなければ…案外俺は、と共にジャンとも良い関係を築けたのかもしれない。

まぁ…あくまで可能性の話しにすぎないが…そんな事を考える俺が居るモノ悪くは無いと…何となくの話で思えるようになった気がする。


おわし

2010.6.23. From:Koumi Sunohara

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