水 車 小 屋 |
噎せ返る、血と弾薬の臭い。
現状を二色で例えたなら、赤と黒。
焼け焦げた黒と血の赤。
その言葉に尽きる。
それは…背けたくなる現実の惨状。
瞳を閉じて、再び開いたなら…夢で有って欲しい程の悪夢。
だがこれは、現実に起きた出来事で…。
目が覚めたら何事もなかった…何て…そんな筈もない現実。
それらがが無情にも俺の眼下で広がる。
敵も味方も…誰も居ない…静寂の世界。
そう誰も居ない。
戦友のジャンも…。
居ないんだ…俺以外誰も…。
俺が殺した…
ガンマ砲の力の暴走で…
そう俺が…
自覚したら、自然と答えが頭に浮かんだ。
俺も死のうか?
そう思ったら、後は簡単だった。
体は自然と動いた。
死を覚悟して、くり出して自らの拳。
(嗚呼、これで全てが終るのか…)
すると…。
走馬燈の様に記憶が俺の中でフラッシュバックしたのだった。
ピアノやヴァイオリンの音が緩やかに流れる。
メロディーは部屋中に反響していた。
「綺麗な曲だよな…」
は流れる曲の音色に耳を傾けてそう言った。
高松も同感だと首を縦に振った。
俺はその様子を少し離れた所で眺めながら、二人のやりとりを見ていた。
「そう言えば…この曲ってシューベルトの曲だろ?確か…水車小屋の娘って曲…」
が眉間に皺を寄せて、この曲のタイトルを口にする。
ジャンがそんなの眉間の皺を突きながら、「流石詳しいなぁ〜」と感心したように言葉を紡ぐ。
はジャンの手をヤンワリ除けて、ジャンを窘めるような視線を送った。
ジャンは、肩を竦めて「悪い…」と小さくに謝っていた。
そんなジャンに高松は呆れ顔で一瞥向けると、先程から話していたの方を向いて言葉を紡ぐ。
「確か…“水車小屋の娘を恋した若者は、失恋して心の友であった小川に身を投げて、永遠の眠りについてしまう”と言った説明も付いていた曲でしたね」
高松は「記憶は曖昧ですけど…そんな感じでしたよ確か」と付け足してそう言った。
それを聞いたの顔が、不意に寂しげに歪んだ。
「失恋ぐらいで…死ぬこと無いのにな…」
ポツリとからそんな言葉が零れた。
「死に美徳でも感じていたんじゃ無いんですかね」
高松はサラリと返した。
は不機嫌そうに「俺はそう思わないぞ。死んだら終わりなんだぞ」とブツブツ呟き、何かを思いついたように俺たちを見てきた。
そして酷く真剣な表情を作った。
「何が有っても、死ぬなよ。死んだら何も出来ないんだからな」
そんな言葉を言うに俺を始め高松もジャンも笑って「死ぬわけ無いだろ」と返した。
は少しムッとした表情をしながら「約束だからな」とそう言った。
その後は、たわいも無い話をして…和気藹々と過ごした。
そんな記憶…。
不意に掠めた古くもない…最近の記憶。
その所為だろうか…。
だから思わず、抉るはずの胸が皮肉にも秘石眼に留まった。
俺が、ジャンの命を奪った事は変わらない…もう一度命を絶とうか?と思うが、の言葉が頭から離れず…体と心が追いつかない感じだった。
だが、俺はコントロールの出来ない体で…もう一度俺は拳を心臓に標準を合わせて拳を出そうと力を込めた。
その時だった。
くり出す筈の拳を不意に掴まれた。
「遅くなった…」
俺の拳をヤンワリと押さえ込んだ人物は、開口一番に俺にそう言った。
こんな所に居るはずの無い、実の兄。
聞き慣れた声で、マジック兄は繰りし「遅くなった」とそう言った。
不意の兄の登場に、俺は張りつめていた糸が切れたように…俺は自分のしてしまった事柄を兄に一気に話した。
まるでキリストに許しを請う者のように…。
兄は、その俺の話を黙って聞きながら…子供をあやすように頭を撫でた。
それでも俺は落ち着くことも出来ず…死への渇望は深まるばかりだった。
ギュッと心臓の有る方の胸の戦闘服を握る。
だが、そんな事をした程度では人は死ぬ訳では無い。
分かっていても無駄な事をするのは、人の性。
そんな中、不意に浮かぶ思いが有った。
(この兄ならば、自分の願いを叶えてくれるかもしれない)
馬鹿げた他力本願の願いが叶うはずも無いと…頭の何処かで分かっていても…俺は言葉を紡ぐ。
「抉りたいのは…目では無かったんです」
(自分の命を終らせて欲しい…)
そんな想いを込めて、兄を見ても…兄にはそんな気持ちは毛頭無いようで…。
「私を恨んでも良いから…今はお前は生きなさい」
冷淡な口調でマジック兄がそう言葉を紡ぐと同時に、俺の鼻に嗅ぎ覚えの有る薬品の臭いが鼻を掠めた。
嗅がされた独特の香りを放つ薬品の所為で、俺の視界はグニャリと歪む。
そんな薄れゆく意識の中…
「だから…何が有っても、死ぬなよ。死んだら何も出来ないんだからな」
の言葉だけが繰り返されるように響いていた。
俺のとった行動が正しかったかどうかは…この先の俺の生きている時間内に出るのかも知れない…。
END
2004.2.20. From:Koumi Sunohara
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