『大きな背中』




パプワ島から帰って来て、皆落ち着きを取り戻し始めたある日の昼下がり。
シンちゃんと見事に分裂(?)を果たした従兄弟のキンちゃんが珍しく僕の研究所でお茶を飲みにやって来ていた。

僕は叔父様…じゃなくてマジックお父様から貰った、ハーブティーをキンちゃんに淹れてあげ、3時のお茶をするべく仕事を切り上げていた時のコト。


「そう言えば、何でグンマはロボット工学者になったんだ?」

キンちゃんは何を思ったのか、不意にそんな言葉を僕に投げかけた。


「えっと…それってどういう意味かな?僕がロボット工学者じゃ心配って事かな?」


少し返答に困りながら僕が言葉を紡ぐと、キンちゃんは苦笑を浮かべて僕を見かえした。


「いや…てっきり高松と同じ分野を専攻するもんだと思ってな」


カップに口を付けながら、キンちゃんは「深い意味は無かったんだが…気を悪くしたか?」
と僕に尋ねた。

僕はキンちゃんの問いに首を軽く横に振り、気にしていない事を示し…。
「ああ…そうだね…普通ならそうかもしれないと想うものね。僕こそゴメンね」と言葉を紡いだ。


「俺も言葉が足りないかったしな…此方こそ悪かったなグンマ」


「うんうん。僕も深く考えすぎたのが原因なんだもん…キンちゃんの所為じゃ無いよ」


「そうか…そう言ってもらえると俺としても助かるな」


柔らかくキンちゃんは笑うと、そう僕に言った。
そんなキンちゃんを見て僕はキンちゃんに昔有った話を語る事にした。



幼い頃から僕には、父と呼ぶべき人が居なかった。

だから、父親の顔は写真でしか分からない。

けれど…父と呼べる人の代わりの人は居たけれど…。

従兄弟のシンちゃんとマジックの叔父様を見るたびに、羨ましい気持ちを何時も抱いていたんだ。

それでも、僕を大事にしてくれる高松やシンちゃんの事。


そして…僕にロボット工学に進む切っ掛けをくれた…
さんの事を僕は思い出しながらキンちゃんに話していった。




−回想−

幼い頃…曖昧な記憶だったけれど…あれは僕の誕生日が過ぎてしばらく経った、何気ない日だった。
その日も、僕と若い頃の高松(その頃は髪が長くなかった…)と楽しく3時のお茶会を楽しんでいた時だった気がする。

甘い臭いを漂わす褐色色の飲み物を片手に、高松は僕が興味深そうに見ている小さなモノを見つめて口を開いた。


「おやグンマ様は、ロボットや機械に興味が有るんですか?最近ソレがお気に入りの様ですね」


別にとがめる訳でもない、単なる好奇心で尋ねてくる高松に僕はコクリと首を縦に振った。
ちなみに僕が離さず持っているのは…手の平乗るぐらいの小さな小型のロボット。
僕の誕生日プレゼントの中に混ざっていた一つだった。

そのロボットを僕はお茶の時間だけど、離すこともなく持っているのが不思議だったようだ。
それでも僕がコクリと頷いたものだから、高松は納得したようにただ黙って僕とロボットの戯れる様子を見守っていた。


「高松、ロボット作れるの?」


「まぁ〜…作れない事は有りませんよ。私も科学者の端くれですからね。ちなみにソレを作ったのは私の友人ですけどね」


僕の問いに高松は直ぐに僕に返してきた。


「その人はガンマ団に居ないの?」


僕は高松にそう尋ねた。
高松は少し困ったような表情を浮かべて、僕を見て「残念ながら」とそう言った。
取りあえずそんな高松の態度は無視して、僕は疑問を高松に尋ねることにした。


「凄い人なの?その人?」


「そうですね…私が知りうる限りでは、ロボット工学において以上の天才は知りませんよ」


って言うの?」


「ええ…。私やサービスと同期の桜ですよ。ですが…」


「もしかして…お父様みたいに…居ない人なの?」


僕は高松が言いにくそうだったから思わずそう言ってしまった。
すると高松は苦笑を浮かべながらも、僕に言葉を返してくれた。


「存命ですよ。存命じゃ無ければ、グンマ様の手に持ってらっしゃるロボットは生まれてませんからね」


「じゃ〜僕にロボット作り教えてくれるのかな」


「了承してくれるか分かりませんが…会うだけなら、多分大丈夫だと思いますが…それで良ければ」


高松の言葉に僕大きく頷いていた。





それから…しばらくして僕らはさんの居ると言う場所に向かっていた。
取りあえず会うだけなら良いとの事だった。

さんが居るという場所は、僕の住むガンマ団の住居地域からかなり離れた森深い場所で、僕は思わず疑問をぶつけていた。


「ねぇ…高松。本当にさんがココに居るの?」


「ええ。山奥だろうと、今の御時世電波は飛ぶので不自由は無いそうですよ。寧ろ山菜の宝庫だとか…誇らしげに語ってましたから。間違いなくココには住んでいますね」


サラリと言い切ってしまう高松に(ロボットこうがくしゃ…って色々するんだなぁ〜)としみじみ思った。
その間にも車はドンドン進んでいった。

順調に進んでいたが不意に高松はブレーキを踏み、車を止めた。
相変わらず風景はアッサリした緑の風景で、僕は思わず首を傾げる。

でも高松は「取りあえず着きましたよ」と言って僕を車から降ろした。
僕は益々困惑した気分になったけど、高松は気にした様子もなく僕の方を向いて…。


「グンマ様、スイマセンが少々ココでお待ち下さいね」


“動いちゃ駄目ですよ”と言う釘をしっかり刺して、高松は僕を残して何処かに行ってしまった。
高松の言いつけ通り待っていた僕だったけど、厭きてしまって…ちょっとその辺を散歩していたんだけど…。

案の定迷った…。
しかも道に迷って僕は途方に暮れていた。


(高松ぅ〜…何処〜…と言うかココは何処なのさ〜)


かなり寂しい気分になりがら、僕は不安で一杯になりながら呆然としてその場に蹲る。
しばらく、蹲っていた時だった。
ガサガサガサ。
葉っぱがこすれる音が辺りに響き僕はビックと体を窄めた。


「君がグンマ君かい?」


写真で見た人がそこに居た。
高松と同じように白衣を棚引かせて、僕の目の前に立っている。


「…」


僕は思わず言葉もなく、その人を眺めていると写真の人は「。君が探している人間て所かな」白衣のポケットに片手を入れたその人は、悪戯っぽく笑うと僕にそう自己紹介をしてきた。
と…。
僕はその言葉に思わず身を乗り出し、さんを見上げた。


さん?」


確認するように呟いた僕の言葉に、さんは僕の目線と同じ高さに腰を低くさせてニッと笑って僕を見かえした。


「そう。君と一緒に来ている高松の知り合いと言うか…竹馬の友というか…友人かな」


僕は(何だか高松より若く見えるよ…でも写真の人だし)と思いながらさんを見て疑問を口にする。


「ロボットを作れるって本当?」


「君が想像しているモノかどうか、分からないけど…。確かに俺は、ロボットを作ったりしているけどね」


苦笑を浮かべながら、さんは僕にそう答えた。
さんが自信なさげにそう言うものだから僕は、大事に持ち歩いている小さなロボットをさんに見せつつ口を開く。


「コレ…コレを作ってくれたのもさんなんでしょ」


「ん?」


さんの目の前に出した小型ロボットを出すと、「おや…気に入ってくれたんだ…嬉しいなぁ〜」と破顔して小型ロボットを受け取ってそう口にする。
そんな嬉しそうなさんを見て、僕も何だか嬉しい気持ちになった。


さんならきっと僕のお願いも笑わずに…真面目に聞いてくれる気がする。だってあんなに、優しい表情をするんだから)


そして僕は、ココに来た目的を言おうと思って口を開いた。


「僕ね、さんが作ってくれたのをロボットを見て…僕も“ロボットこうがくしゃ”になりたいと思ったんだ。だから…さん…ガンマ団に来て教えてくれる?」


僕は勇気を振り絞ってココに来た理由と僕自身の願いをさんに向かって言った。
するとさんは驚いた表情で僕を見た。


「…ん〜。ゴメン…それは、出来ないんだ」


困ったような表情を浮かべて、さんはそう言った。
その表情を見て僕は…もしかしたら…と思った。
僕の周りの高松や…シンちゃんや叔父様達以外の大人の言っていた言葉。
だから僕は震えそうになる声で僕は、さんに尋ねるべく言葉を紡ぐ。


「僕が秘石眼じゃないから」


僕のそんな言葉を聞いたさんは、他の大人のように狼狽えたりすることは無くて…穏やかな表情のまま僕をジッと見た。
そしてゆっくりとした動作で腰を上げ、何処か遠くを見つめるように仕草でをしてから口を開いた。


「別に俺はね、グンマ君が秘石眼じゃないとか…総帥の息子じゃないとかでは無いんだよ。俺の個人的な理由だよ…それに俺はキミが誰の子であろうと…気にはしないんだ」


「ガンマ団が嫌いなの?」


思わず浮かぶ言葉を僕はさんに尋ねる。


「嫌いとか…そう言う問題じゃ無いんだけどな。俺はね、ガンマ団で大事な友を失っている…嫌いでは無いけど…とても好きとも言えない…。なるべくなら…行きたくないと言うのが本音だよ」


困った様な表情でさんは僕にそう返す。
僕もさんに言葉を返すべく…心に思った言葉を口にした。


「僕は父様が居なくて…悲しいと思うし…寂しいと思う。でも…僕はガンマ団を嫌いになれないし…無ければ良いとも思えないよ」


「君は優しい子だねグンマ君」


「そんな事無いよ」


僕がそう返すとさんは、笑っていた表情を消して何かを考えるような仕草をとって…思いついたように口を開いた。


「そうだね…君が本当に、ロボット工学を…俺から学びたいと思うなら…ここまで通ってみないか?」


少し考えた様な仕草をしながらさんは、僕にそう言った。
(通うの?ココまで?本当に?)僕はさんの言った言葉が一瞬理解出来なくて、目をパチクリさせた。


「僕…通うの?」


少しだけ震える声で僕がさんに尋ねると「そうだよ」と柔らかく笑ってさんは晴れやかにそう言った。


「出来ないよ」


思わず出た諦めの言葉。


「出来ないって事は無いさ。キミが…グンマ君が踏み出す勇気が有るのなら」


「踏み出す勇気?」


反復する言葉に、さんは頷きながら僕に対して僕へ言葉を紡ぐ。


「そうだよ限られた中で…君は新たな成長をするためにね。それと…俺にもう一度…君の言うガンマ団を好きになる…勇気を…君の勇気で示してくれないかい?」


そう言いながら差し出されたさんの手を僕は、自然と握っていた。
その時のさんの表情は、本当に優しい表情だった。




そんな事が有った後、僕らは高松が待つさんの研究所に向かって仲良く歩いていた。
その時、僕がさんの所に通う事に高松はどういう反応を見せるか話していると…さんは自信有り気な笑みを見せた。


「きっと高松は賛成するし…ビックリすると思うよ」


「本当?」


「うん。本当だ。だって高松には俺が講師を受ける気は無いと言っておいたからね」


悪戯を成功させたような子供の様にさんは笑って僕にそう言った。
僕もそんなさんの表情を見て「うん、僕高松を驚かせるよ」と笑顔で返した。



その後何食わぬ顔で、さんと僕は高松を囲んでお話をした。
実は僕が迷っていたと思いこんでいたのは、さんの自宅の庭で…全然困るような場所じゃなかったって事とか…。
色々お話をした。

高松も何だか普段よりも楽しそうで、僕も何だか嬉しくなった。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、僕と高松はさんの研究所から家に帰る時間になっていて…。

寂しい気分になるけど、僕は…さんと交わした約束が有ったから笑顔でサヨナラの挨拶をしてさんの研究所を後にした。




「あのね、高松」


車に揺られる帰り道、助手席に乗っている僕は高松に声をかけた。


「何ですかグンマ様?」


高松は目線を軽く僕に向けてからそう返してくる。
僕は運転中の高松に言って良いものか?と思ったけど、早くさんとの約束の事を言うべく口を開く。


「僕ね、さんの所にロボットの勉強を教えて貰うのに通いたいんだ…」


「えっ…」


高松はさんの言ったように驚いた表情で僕を見た。
それに伴いハンドルが少しぶれて車が少しスピンした。


「高松ぅ〜危ないよ」


「ああスイマセン…流石に驚いてしまいましてね…。でも…グンマ様…は…」


言いにくそうに口ごもる高松に僕は、ニッと笑みを見せた。


「それについては大丈夫だよ。僕が通うのならさん教えてくれるって約束してくれたんだもん」


自信満々に言う僕に高松はかなり驚いたようで、少し固まって居る。


「何時の間に…。だったら私が付き添いましょう」


困惑しながらも冷静さを取りもどした高松は僕にそう返す。
その申し出を僕は首を横に振ることで、断った。


「僕は一人でさんの研究所に通いたいんだ。駄目かな?」


「高松の知らぬ内にグンマ様は成長なさっているのだと…感激しただけですよ」


そう言った高松の目には少し涙が浮かんでいて、僕は少し苦笑を浮かべて高松を見た。


「あはは大袈裟だよ高松。でも僕、もっともっと成長するよ…時間は沢山有るんだからね」


僕は少し涙ぐむ高松に向かってそう返したのだった。





「そうして僕はさんの所に通って、現在の僕に至るって訳だよ」


昔話をその言葉で僕は終らせて、僕はキンちゃんを見た。


「で…そのさんは、今は何をしてるんだ?」


キンちゃんが興味深そうに僕に聞いてきた。
きっとさんをもっと知りたいと思ったのかも知れない。


「僕が通っていた研究所で今でも、お仕事しているよ」


僕は新しく入れたお茶に口をつけながら、キンちゃんにそう伝えた。


「そうか。やはりガンマ団には居ないのか」


キンちゃん声は何だか、少し残念そうに聞こえた。
だから僕は「どうしたの?」と短く尋ねた。
するとキンちゃんは、頬をポリポリと掻いて照れくさそうな顔をした。


「いや、シンタローの中に居た時に何度か見たことは有る気がするのだけどな…実際にさんには会ってないのでな…会えることなら会ってみたいと思ったんだ」


キンちゃんはまだ見ぬさんを思い浮かべているのだろうか…何処か遠い目をしながらそう言った。
僕はそんなキンちゃんを眺めながら、言葉を紡ぐべく口を開けた。


「あっ…でも、近い内に会えるかもしれないね。ジャンさんが生き返ってガンマ団に戻って来たでしょ。それでね高松やサービス叔父様達がさんに会いに行く話が出ていたから…多分…う〜ん…イヤ…絶対、さんが帰って来ると僕は思うよ」


僕は色々思い浮かべながらキンちゃんに説明をした。
完全に決まった話では無いけれど、あの中年3人組ならあり得ない話じゃ無かったから…僕はキンちゃんにそう伝えた。


「では、俺もそのさんに会えるかもしれないんだな」


少し嬉しそうな表情で、僕の言葉に頷くキンちゃんに僕はそう言ってきた。
だから僕は…。


「キンちゃん、“かも”じゃ無いよ。会いたいなら…僕らも会いに行けば良いんだ」


さんの言葉を借りるように、僕はキンちゃんにそう返す。

今更だけど…あの島から帰ってきて、心底さんの言葉を痛感した所為かもしれない。


流されたくないと思うなら…自ら動かねば成らない


それを教えてくれたさんの受け売りの言葉を…言った僕は、きっと迷いの無い目をしていたと思う。
何せキンちゃんが黙って僕を見ていたから…。
ちょっぴりシリアス風な空気が何だか馴れなくて、僕はニッカと笑って少し話題を変えるべく口を開く。


「でも、き〜っと。叔父様や高松達に独占されて会う機会少なくなるよね」


少し残念だと思って呟いた僕の言葉にキンちゃんが不思議そうに首を傾げた。
何だろうと思って目配せすると、


「それこそ…会いに行けば良いんじゃ無いのか?」


「あっ…そっか…そうだよね。流石キンちゃん」



今はまだ少し、さんが戻ってくる日を待っても良いかもしれないな…と僕はキンちゃんを見ながらそう思った。



踏み出す勇気は心の中に

幼きあの日に見た

その僕を勇気づけた…背中は…

未だに鮮明に瞳に焼き付いている

そして…これからも変わることなく

僕の中に鮮明な記憶として残るのだろう



END

2004.2.2 From:Koumi sunohara


★後書きという名の言い訳★
どの辺が大きな背中かと言うと…「憧れ」って感じでご理解頂けると有り難いです。
クリスマス企画で書いたお話とジャン視点で書いた『叶った願い』で少し触れた、グンマ君の先生はさん…と言うお話を踏まえた…バイオ科学者では無く、あえてロボット工学者になった理由の話です。
今度はキンちゃんとさんが会うお話とかも書けたら良いなぁ〜とか思ってます。
しっかし…文才が無いので、コレで精一杯ですが…。
こんなお話ですが、楽しんで頂ければ幸いです。


BACK