君の寝息と雨の音 |
− 優しい子守歌 − |
「雨が嫌いだ」
そう言ったら、女史は不思議そうな顔をした。
「あら?高松君は頭痛持ち?」
小首を傾げて彼女はそんな事を口にした。
訝しげに見る俺に彼女は、小さく笑って言葉を紡ぐ。
「雨と頭痛は密接な関係でしょ?だから嫌いなのかなって思ったの」
「迷信ですよそんなもん」
そうやって私が笑い飛ばせば、彼女は少しだけ目を見開いて腰に手をあてて言葉を紡ぐ。
「あら…一概にいえないものよ。気圧の変化で体調は良くも悪くもなるんだもの」
母親が子供に言い聞かすような口調で、女史はそう言った。勿論私は、納得いかない表情を浮かべて。
「もう…高松君ったらそんな顔して。あのね…最近は医学だって…メンタル面を気にするようになったのよ」
「まぁ…そう何ですがね」
尚言葉を濁す私に、彼女は小さく肩を竦めてから思いついたように言葉を紡ぎ出した。
「雨は…生きていく上で不要なものでは無いだもの。何時か高松君も好きになるわ」
何処からくる根拠なのか分からない言い分で彼女はそう言い切った。
そうして…この話は彼女の押し切りで幕を閉じたのである。
あれから数年−
ああやって彼女と話したのは、遠い昔という程遠いものでは無かったが…今の今まですっかり頭から抜け落ちていた。
別に今が、あの日あの時の雨の日に類似してるとかは全くなく。
ただ…古いタンスの服が…不意に飛び出してきたように。
何故だか今頃そんな事を思い出した。それも…女史の家に足を向けた日に限ってだ。
たまたま今日は暇で、彼女の打ち込んでいる研究と女史の愛娘で…彼の人の娘でもある様(…人前では“様”付けで呼ぶことはしないと決めているが、心の中では…彼の人を思いながら“様”と呼んでいるが…)の様子が見たくて、足を向けた。残念ながら、外は雨だけど…。
私は別段気にはしていない…緩やかな時間も流れるし…彼女が煎れてくれたお茶も美味しい。
まぁ今は…女史の方は、私に見せるための資料をとりに研究室に居て…今は様と私との二人きり。
でも何故だか、あの頃の記憶が頭を掠めたのだった。
静かに降り落ちる雨音。
その音が酷く落ち着くのか、様は静かだった。
小さな様には、この一定のリズムを生み出す雨音は心地よい音のなのかもしれない。
ぼんやりと、雨の滴の張り付く窓を眺めていると…小さな声が私を呼ぶような気がした。
「せんせい?」
小さな小さな大切な存在は、私の事を先生と呼ぶ。
ドクターと言う意味が先生ださんが様に言ったからなのか、この小さな姫君は“せんせい”と舌足らずな口調で言う。
「どうしました?ちゃん」
彼女の目線に合わせてそう言うと、様はゆったりとした調子で言葉を紡ぐ。
「せんせいは、あめすき?」
窓にぬれる雨を眺めながら、様は私を見上げながらそう言った。
私は自分の返事を口に出さずに、反対に様に尋ね返した。
「そういうちゃんは、雨が好きですか?雨降ると外遊びが出来なくなるでしょ?」
窓に張り付く雨を指さしがら私はそう尋ねる。
すると様は、少し悩んだ様子をみせたが…すぐに答えを口にいsた。
「おそとに出られないけど…あめはキライじゃないよ」
「そうですか…でも…退屈でしょ?」
「あのね…おんがく…おんがくにきこえるの。それでね…すごくすごくおちつくの」
「雨の音が音楽ですか…素敵ですね」
そう言って笑いかけると様は、嬉しそうに笑って…先程の質問をしてきた。
「せんせいは?あめスキ?」
純粋に尋ねるその仕草は流石親子と言う程女史によく似ていた。
(まるであの日の再来のようですね)
何て心の中でこっそりと思いながら、私は「好き」ですよと言葉を返す。
「どうして…せんせいは、あめがスキなの?」
「さぁ…何ででしょうね。もしかしたら…ちゃんの言うように私にも音楽に聞こえたからかもしれませんね」
小さな様に分かるかは怪しいが…そう言葉を紡ぐ私に様は何だか酷く嬉しそうに笑った。
私はソレだけでも雨が少しだけ好きになれそうな気がしたのだ。
「さぁ…雨が子守歌を奏でてることですし…少しお昼寝にいたしましょうか?」
そう彼女に声をかけると、様は小さく頷き私の腕の中にスッポリと収まった。
外は雨…静かに落ちる雨音を子守歌に…小さなお姫様を寝かしつけたのである。
何というか…彼女の言った通りになってしまった現実に微妙な運命を感じながら…少しだけ私は、嫌いな雨も好きになれそうな気がした。
雨の音が子守歌の様に聞こえるという…お姫様のおかげで…。
おわし
2005.8.16. From:Koumi Sunohara
★後書き+言い訳★ 雨音5のお題より、Light that blue black inventsシリーズ。 ちゃんと高松先生です。 現在書いてるお話から少し先の話になりますがね。 ともあれ楽しんで頂けたら幸いです。 web拍手にて2005.7.8.公開作品。 |
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