専属契約のススメ
人間だれしも得意なものと不得意なものが存在する。
それは、事柄だったり、食べ物だったり…人だったり…十人十色というべきもの。
そう言う訳で、物臭な人間もある意味…面倒な事が苦手と言えるかもしれない。
此処にそんな面倒ぐさがりな少女と一般常識を持った少女とのひと悶着が起きている事も、別に不思議なことでは無いのかもしれない。
「…いい加減に、ちゃんとした所で髪切りにいったら?」
「…嫌」
「何でよ〜、私なんかが切るより良いと思うけど」
「…面倒くさい」
「あのね〜、面倒くさいじゃないでしょ?」
「だって…」
ふてくされたように、コトは江に答える。
このような会話が、もはやかれこれ1時間強繰り広げられていた。
事の発端は所謂、物臭少女のが面倒くさいの一言で友人であり幼馴染の少女江に自分の髪を切ってくれと言った事から始まり…美容室に行け・行かないの話し合いから起きたのである。
むろん、正論を述べているのは幼馴染その人なのであるが…。
「昔から、は、変わらないわね」
江が溜息混じりに呟く。もはや呆れの境地と言うような表情である。
そんな江に、は口をとがらせながら言葉を紡ぐ。
「どうせ、生きた化石ですよ〜だ」
会話でお察しだと思うが、この2人と江は、俗に言う幼なじみである。
家はお隣、生まれてからほぼ一緒。
今は、は公立の瀬田第三中、江は私立の、武蔵森に通っているので少し離れている。
※ちなみには、武蔵森に受かりながら、通うのが面倒だと市立に通ってるのである。(ようするに、は物臭なので有る)
しかし幼なじみの仲の、陰りはまったく無い。
「だって…嫌なんだから…しょうがないでしょ…」
膝を抱えて、“ぶちぶち”と呟く。
煮え切らないに、江はやや口調を強める。
「だって、じゃないよ!もう中学生なんだから、ちゃんとした所で切る方が…断然可愛く切ってくれるんだよ!分かる?」
「でもさ〜、変に切られたら…凄く凄く凄〜く、腹が立つじゃない?」
“不安だ!”と顔に出る、。
「そんな事無い!私何んかより、かなり問題ない!」
ビッシ〜ッ。
の前に、指を突きつける江。
そんな江には、少したじろいだ。
「別に、私は江に切ってもらった方が…」
普段の声に比べたら、小さいだろう声で反論する。
「却下!」
江は、瞬殺での反論を相殺する。
「うっ」
相殺された、は言葉を詰まらせるのである。
(そんなに、キッパリ言い切る事無いのにさ〜)
心の中で、毒づく。
「“そんなに、キッパリ言い切る事無いのにさ〜”て、思ったでしょ?」
「な…何で?」
口をパクパクさせる、。
よっぽど心の中を、言い当てられたのがショックだったらしい。
だから、思わずボケてみる。
「ESP?」
「そんな訳無いでしょ…」
呆れたように、を見る。
「あのね〜、何年と過ごしてると、思ってるの?」
「ああ」
ポン。
手を叩き、納得の。
「“ああ”…“ポン”じゃないだろ〜」
スパコ〜ン。
江は、何処から出したのか分からない“はりせん”でに突っ込みを入れる。
実に見事な、良い音が響きわたる。
「…いい加減にしないと、叩くよ」
「叩いてから、言わないでよ…江。何さ〜、ちょっとばかしボケただけでしょ?」
「あんたの、ボケはちょっとじゃ無いでしょ」
ぷーっと頬を膨らます。
「私は、行かないからね」
「ほ〜っ」
絶対零度の微笑みを浮かべる、江。
は(駄目だ、目を見ちゃ…見たら負けだ!!!)と思い、大きく江から目を逸らす。
一方、江は今だに絶対零度の微笑みを絶やさない。
「が、その気なら仕方がないよね…」
呆れと、諦めの表情を浮かべる。
「と…言うことは、行かなくて良いよね」
少し期待と不安を胸に、恐る恐る尋ねる。
そして、嫌な間が2人の間に流れる。
(何だか…凄く…嫌な予感…)
は、自らに起きる不吉な予感を感じていた。
(不吉な予感だけは…外れた事無いだよ…)
ソロリと眼を合わせれば、仁王様も真っ青なオーラを出した江の姿がそこにあった。
「私が、笑ってる内に…さっさと行く!!!」
けして笑ってい無状況下で紡がれる言葉は、の恐怖を一層大きくさせた。
(やっぱり〜!!!!)
…不吉な予感は100発100中な、不幸な中学2年生。
「つ〜か、笑ってね〜だろ!!」
虚しく、の声だけが響き渡るのである。
勝者:江
敗者:
そんな訳で…ズルズルと、美容室までは江に引きづられてやって来た。
「江…いい加減離してよ…」
「逃げる気でしょ?」
「逃げないって、ココまで来たら…腹括ったさ」
かなり、遠い目をしては言う。
さしずめ、旅に出る前のスナフキンのようである(謎)。
「はいはい。分かった、離せばいいのね」
ドサ。
江は、思いっ切りの手を離した。
ゴツ。
勢い余り、無念は顔面強打。
「…」
痛さの余り、声にならない。
「あちゃ〜、やりすぎた」
スマンと両手合わせて、江が謝る。
気を失った、を美容室に押し込んで、江はサッサと帰るのであった。
それが、後ほどの怒りの対象になるとは思いもしないで。
次の日、瀬田第三中屋上。
清々しい晴れた空。
そんな爽やかを絵にかいた様な状況下で、は、学校の屋上で雄叫びを上げていた。
「江のアホ〜!!ボケ〜!!」
恨みつらみを口にしている状況と晴れ渡る日差しは実に大きなギャップである。
「やっぱり、美容室何かに…切りに行くんじゃなかったよ…お金だしてたのにさ、髪が全然梳いて無いし、分け目変だし!!!!この下手美容師め!!」
お怒りモード全開である。
ちなみに、美容室からお怒りモードは続いていた。
そんな彼女は周りの状況の変化に気がつく訳はまったくなかったりする。
ガチャ、ギィ〜と言うお約束的な音を立てて、屋上のドアが開いたとしても彼女は全く気がついていなかった。
「何…怒ってるんだ?」
「あ?若菜君何か、用?私は、今忙しいのだ!」
ハサミを堅く握りしめて、力説する。
口調は、まだまだ怒りを含んでいる。
「いや…別に用は、無かったけど…の雄叫びが聞こえたからさ」
楽しそうに、若菜はに言う。
「げ…っ。響いてた?」
“しまった”とは、表情にだす。
「バッチリ、聞こえていたさ」
笑って返事を返す若菜。
若菜は、この表情がすぐ出る、をひどく気に入っていた。
「それより、ハサミ持って何するんだ?物騒だな」
楽しそうに、彼女を見ながら、若菜はが持ってるののに気が付く。
「うん?…髪…?まさか、自分で…」
そして、少しばかり焦る。
若菜は、彼女の髪が大好きだからだ。
「な訳無いでしょ、美容室に無理矢理…幼なじみに連れて行かれて」
あからさまに、ホッとする若菜。
反対に怒りが再沸騰してきたのか、の顔が険しくなった。
その様子を、若菜は楽しそうに見ていた。
(本当、は見てて飽きないんだよな〜♪)
満足そうに、を観察し続ける若菜。
その間にも、は美容師への怒りを熱く語っている。
「何が、“綺麗な髪ですね”だ!客の要望も、聞かずに暴走してんじゃね〜!!!」
ピク。
若菜の顔が、一瞬強張る。
「ね〜、それ言ったの…男?」
「うんにゃ。小母さん」
(何だ〜、焦った)
内心ドキドキを、微塵にも出さずにに尋ねる若菜。
「で、はハサミでどうする気だったのさ?」
「サックリと、切ってやろうと…」
サラリと爆弾発言を言う。
だから、若菜は数秒反応に遅れた。
「へ〜サックリ…て?ちょっと待て!!!」
一人ボケツッコミの如く、若菜はそう声を上げた。
「な…何?」
若菜の様子に、少し驚く。
尚も若菜は、何時もよりも真剣な表情でに向き合い言葉を紡ぎだした。
「俺がの髪を切る」
若菜の言葉にの驚きが増す。
「はぁ?何でまた…若菜が?」
「が切るぐらいなら…俺が切る!だって自分で切るよりマシだろう?兎に角決定事項だから」
一見すると俺様の如く、若菜はそう言いきった。
そして…バッとから、ハサミを奪い取る若菜。
は目を瞬き困惑しつつも(まっ、いっか自分で切るよりは)そうは思うと、黙って若菜に従った。
の態度に、若菜はご満悦気味に彼女の髪型の要望を尋ねる事にした。
「は、どういう風にしたいの?」
「短くする!」
即座に紡がれる言葉に、若菜の眉間にしわが寄る。
「勿体ないって」
無駄ではあろうが、若菜も言葉を紡ぐがは一向に引く気配は無い。
「イヤ、切る」
キッパリと迷い無い言葉で、拒否の意を示すに若菜は肩を竦めた。
(頑固だな〜本当に)
少し、苦笑する若菜。
「…じゃ〜取り合えず、俺に任せてみてよ…沢山切るのは何時でも出来るかさ」
「分かった」
しぶしぶと言った感じで、は頷く。
髪を切ると言っても、ハサミだけでは揃えるにしても都合が悪いと言う事を説明した上で、若菜は一旦に其処で待つように告げると、一旦その場を後にした。
シャキン。
ザクザクザク。
バサバサ。
ザクザク。
淀みなく動くハサミと、みるみる切られてゆく髪の毛。
「若菜が、髪も切れるとは思わなかったよ」
「そう?でも、よくの髪いじったりすんじゃん♪」
「そうだけど…いや〜凄いね」
感心したように、は若菜に言う。
「まっ、それは出来てから褒めてよね」
シャキン。
ザクザクザク。
バサバサ。
ザクザク。
屋上に、髪を切る音が響く。
「でもさ〜、若菜君ていい人だよね」
「当たり前でしょ。まっ、は特別だけどね」
「…特別?」
「が、好きだから…特別だからさ…余計にいい人なんだけど…気づいて無かった?」
(やっぱり…)
クラスメートである若菜は、割と分かり易いアプローチを続けていた。
クラスメートを始め、ファンの子さえ気が付いているのに。
この、には通じてなかったらしい。
(少しへこむぞ…流石に)
へこみながら、若菜は作業を黙々と続けた。
「どう?」
切り終わって、に感想を聞く若菜。
「凄いよ、若菜君!!!」
「でしょ。髪を思いっ切り切らなくても、梳いたりして軽くすれば…問題無いでしょ?」
「お金とれるよコレ!」
「褒めすぎだって」
若菜は、照れ笑いを浮かべる。
好きな子に、褒められるのは嬉しいものである。
(良かった、気に入って貰えて)
ホクホクの若菜。
「サンキュー若菜君、じゃ私は行くね」
用事がすんだとばかりに、は立ち去ろうとする。
そこで、若菜は有る事に気が付いた。
(あっ…返事聞いてね〜し)
「あのさ…俺へ返事…」
若菜は、言いかけて言葉を止める。
(今…聞いた所で、は…先の事忘れてそうだし。はぁ〜、猪タイプだからな…)
「まっ…いっか」
そう想った時、若菜に声がかかる。
「あっ、若菜君!」
は、ドアの側で振り返って若菜に声をかける。
(返事か?)
期待と不安でを見る若菜。
「何?」
一拍置いて、が呟く。
「来月も頼むな」
ニッカと、満面な笑顔を若菜に向けて床屋に来た客の様にそう告げる。
「おう」
それに、負けじと笑顔を返す。
すると、がボソっと言う。
「それと…若菜君は、今日から私専属の“床屋”だかね」
の言葉に、少し眉をしかめる。
「それを、言うなら“美容師”だろ?」
至極当然だと言いたげに若菜はに聞き返す。
「イヤ!床屋だよ」
キッパリはっきりと言い切るは、完全に譲る気配は皆無である。
そんな頑固者に若菜は少しため息を吐いて、疲れた様に言葉を紡いだ。
「何で?俺一応、ヘアーメーク…やってんだけど」
「だから!」
「?」
「私に限り、“床屋”で良いんだ。コレが、私の返事」
「それって…」
若菜の疑問に、は若菜の耳元でそっと囁いた。
「 床屋だったら、女の子私1人だけだから 」
若菜に聞こえるか、聞こえないかの声で。
「まだまだ、私は止められんだろう?サッカー少年君」
ニッと悪戯ぽい笑顔を残し、は屋上から立ち去った。
「先手必勝のはずが…カウンターかよ…目茶…反則だってソレ」
後に残された若菜は、赤面しながらそう呟いた。
(しばらく、こんな関係が続きそうだな〜)と内心若菜は想いながら、の姿を見送った。
「専属か…忘れるなよ、」
END
執筆:2001.7 改訂:2012.8.1 From:Koumi Sunohara