ささやかな恩返し



冬の寒さが通り過ぎ、春風が吹き始めた3月の頭。
普段は美味しそうな食事の芳しい香りが立ちこめる松葉寮の台所は、桜の柔らかな香りが辺りに漂っていた。

この日何故か三上亮は、滅多に現れない松葉寮台所にやって来ていた。

(ん?…少し甘い香り…そしてこの匂いって…桜の葉っぱか?)

やや眉を顰めつつ、三上はずんずんと足を進める。
そして…。

「渋沢、お前今日実家帰るって言ってなかったか?」

此処に居る人物渋沢にそんな言葉を、開口一番に告げた。
勿論自分の名前を名乗ることも無ければ、前置きなんて一切無い口調で。

だが声をかけられた渋沢は、大して気にした様子も無く…振り返りもせずに言葉を返した。

「ああ帰るぞ」

サラリと答えながら作業を続ける。

「だったら、んな所で料理してる場合じゃ無いだろうが」

呆れ口調で渋沢にそう言えば、彼はケロリと言葉を返した。

「今日は桃の節句だろ…それで姉さんに桜餅をと思ってな」

「買わずに手作りって所がお前らしいな…渋沢」

「年に一度の女性の節句だろ。しかも姉さんは俺の作る桜餅が好きと言ってくれるから…ついな」

少し照れくさそうにそう言う渋沢に三上は珍しいモノを見たといった感じだった。

(へ〜…流石シスコン…普段のキャプテン顔が嘘みたいだな…まぁソレも又、此奴の味かね)

そんな思いを抱きながら、三上は後ろ手に持っていたモノを出しながら言葉を紡いだ。

「んじゃコレヤルよ」

そう言って三上は、新聞紙に包まれたモノをズイっと渋沢の前に出した。
渋沢は内心(何だコレ?)と思いつつ三上から包みを受け取る。

「桃の花の枝だよ…つーか花はついてるぞ。管理人が持っていてな…貰い手無さそうだから…貰ってきたんだよ」

そっけない口調で言いながら、渋沢に補足の言葉を紡ぐ三上。

「それにお前は今日帰省するわけだし…桃の節句に桃の花…さんにピッタリだろ」

ニッと笑って三上は言う。

「だが…良いのか?」

「男の俺が貰って嬉しいモンじゃねぇ〜けど、さんなら喜ぶんじゃねぇ〜の?タイムリーだしな」

「でもな…お前が貰ったわけだし…」

言い淀む渋沢に、三上は小さな溜め息を漏らして…渋沢が作ったであろう桜餅を手早くタッパに詰め…桃の花共々押しつける。
あっけにとられる様子の渋沢を無視して三上は、グイグイと戸口に追い込む。

「五月蠅い。好意は受け取るもんだぜ…つーか俺はお前の為じゃなく…お前の姉さんへの好意だ…。姉不幸の弟に花を持たせてやってるのに…感謝されても拒否される覚えはねぇな。第一、ちんたらしてねぇで…さっさとさんの所に帰ってやれ」

そして「片づけは任せろや」と珍しい言葉を残して…言いたいことを言いまくり、三上は台所から渋沢を追い出す。

「つーか…俺って良いヤツだよな」

追い出し…一人になった台所で三上はポツリとそんな言葉をもらしたのだった。



一方追い出された渋沢はと言うと…。
の為に作った桜餅と、受け取った桃の花を手に渋沢は何とも言えない表情で鞄を取りに素直に自室にへと足を向けていたのである。

「この場合…三上に感謝なんだろうかな…」

うむと少し複雑な思いを胸に、荷物を持ち歩いていると…。
ゲルマン民族の大移動も真っ青な地響きが彼の耳に届いた…。

「キャプテーン!!ちょっと待って下さい〜!!」

凄まじい土煙を起こして走ってきた藤代が帰省しようとしている渋沢に、声をかけた。

「藤代…慌ててどうした…問題か?」

疲れ気味に言葉を紡げば、相手は何時も通りの明るい表情だ。

「イエイエ…まだ…問題は起こしてないし…起きて無いスよ」

大袈裟に手をばたつかせて藤代は渋沢に答えを返す。
渋沢は、“まだ”って言葉に引っ掛かりを感じながらも、「どうしたんだ?」と何時もの調子で声をかければ、藤代はニッと笑う。

「自宅に帰るんスよね?」

首を傾げて藤代は、渋沢に問う。
それに軽く頷いてみせる渋沢。
藤代はそんな渋沢を見て、満足そうな笑顔を見せると、言葉を紡いできた。

「へへへ。雛あられスよ…」

「そうだな…雛あられ以外に見えないが…どうしたんだ?」

「風祭が持ってきてくれて…そしてたら、キャプテン帰省するって思い出して…ひな祭りもあるし…持っていったらどうかと思ったんス」

ズズイと袋を差し出し言う藤代に、渋沢は三上に引き続きあっけにとられていた。

(三上といい…藤代といい…今日はなんの日なんだ?偶然なんだろうか?)

ぼんやりと今日起きた出来事を思い返す。
まったくもって不思議な日である。

「まぁ…お前がそう言ってくれるなら…嬉しいことだが。お菓子好きだろ?」

「好きな事は好きですけどね…。ささやかながら、キャプテンに何か何時も世話になりっぱのお返ししたいんス」

ニッコリ笑って言う藤代は小さく「ちなみにちゃんと食べる分は取っておいてあるス」とちゃっかりした科白を吐いたのだった。

(こういう所が藤代らしいが…まぁこんな日も悪くないかな)

らしい言葉に渋沢は、開き直り「有り難く貰うとするよ」と口にする。
そして藤代は満足気に雛あられの入った袋を渋沢に渡すことに成功したのだった。

渋沢は、そんな藤代に見送られながら家路へと足を急かしたのだ。

姉さん…どんな顔して受け取ってくれるだろう?)

そんな事を考えながら、渋沢は自宅へ向かう道中考えていたのであった。
今宵の渋沢家では、桜の香りに桃の香り…春の息吹が漂う事だろう。


END



2005.4.14. From:Koumi Sunohara


★後書き+言い訳★
ちなみに2005.3.9.web拍手に掲載していたモノです。
かなり短い話ですが、楽しんで頂けたら幸いです。
えっとちなみに…私の住む地域では、主流は道明寺の桜餅なんです。
和菓子の授業で焼き桜と言うのが有るのだと、初めてしりましたね。
どちらも美味しいと思いますが、やはり道明寺の桜餅が私は好きかな。


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