内気少女にバレンタインの奇跡を…  



バレンタインが近づくと、テレビのコマーシャルや店頭での看板や告知のポスターでも『手作りチョコレートを贈ろう』とか『今からできるプレゼント用手作りチョコレート』と言う文字が踊る。

ごく普通のスーパーマーケットや100円商品を取り扱う100円ショップの様な場所でも、バレンタイン関連の商品や手作り用のキットや材料、プレゼントを贈る為のラッピング用の袋や包装紙にリボン等の関連商品が特設コーナー等を設けられる程急激に溢れかえる。

それと同じ様にデパートやお菓子屋さんでは、 芸術作品と間違える様な有名パティシエ監修のショコラやホテルメイドのショコラなどキラキラした宝石の様なショコラが店頭に並ぶ。正直、そう言うショコラは相手に贈るプレゼントというよりは自分宛へのプレゼントにしたいと思える品々ばかり。

本当に自分用に買ってしまいたくなるほど。魅力的なチョコレートを見ると、一体どちらのためのイベントなのか?少し首を傾げたくなるほどで… それでも、お菓子屋さんやプレゼントをしようとしているお嬢さん方のパワーというか 熱気は目を見張るものがある。

こう言う風に、客観的に言うとバレンタインを否定しているように感じるかもしれないけれど、そんな気持ちは毛気無い。

どちらかと言えば、こう言うイベントは結構好きで…友達同士でチョコの交換なんかもしたりする。

渡したい相手だって、居ない訳でもないし…ドキドキしたり心踊る心境になったりもする。人並みに、性別通りの女の子特有の感情だってあるのだと声を大にして言わせてもらいたい。

けれど、非常に残念な事に現実と理想は違うのである。少女漫画や恋愛小説の様に、片思いが両思いになってハッピーエンドという結末は極めて低い。確実にハッピーエンドの結末がくる確証が無いのが現実なのだ。

その現実故に告白することに消極的になってしまうのは、少し仕方が無いと思う。

それに、自分と言う人間がどういう者かも分かるから余計に弱気になる。

成績が凄くいいわけでも…凄い得意な事があるとか…顔がいいとか…運動できるとか…そういう一芸やら容姿が優れている訳でも無い。

容姿は平凡より下ぐらい…おしゃれでも無い、勉強は得意不得意にバラつきがあるし、運動だって正直苦手…自分で言っていても悲しくなる。

それのに、好きになる人は…自分の身の丈に合わないような素敵な人を好きになるのだから堪らない。

(何なんだろう…自分には無いものを求める故の性なのか…単に、面食いなだけなのか…ああ切ない)

よりにもよって、高倍率の武蔵森の人気者…サッカー部守護神渋沢君その人に恋をしたのだから、身の程知らずもいいとろこだ。まぁ、人を好きになるのは自由だし…彼女になりたいとかそういうものは、恐れおおくて思ったりはしない。

何て言うのだろう、所謂見ているだけで満足…お話しできたら嬉しいな…ぐらいの感覚と言う感じ。

そう言う意味合いで、バレンタインをあげるなら渋沢君にあげたい人って事だけど、あまりにも高いハードル。救済処置なのか、良く分からないけれど人気のある武蔵森のサッカー部には人気のある選手用のバレンタインチョコ回収箱なるものが設置されているので、そっとまぎれこませれば一応渡した事になるという方法も存在するのだけど…これがまた、凄い山になっているのである。

しかも、確実に本人にいくかも実は怪しいシステムだったりする。

郭公の親鳥はよその鳥に子育てをさせる為、元々あった鳥の卵を捨てるらしい…それさながらに、お嬢さん方の壮絶な争いの中、忽然とチョコが消失することも多々あるらしく…確実とは言えない方法だったりする。

一度試みようとして、他の子のチョコレートやプレゼントが郭公の子育て現象を見て以来怖くて出来なかった記憶は新しい。

そんな訳で、私はあげたくてもあげれない気持ちのまま3年という歳月を過ごしてきたのである。

しかしながら、幸運な事に、私は3年生にして想い人である渋沢君と同じクラスになったのである。

まぁ…だからといって、何が有るわけでも無く…遠くで見ていた憧れの君が、同じクラスで同じ空気を吸い…今までより長く眺める事が出来ると言うオプションはあるのだけど。あんまり、度が過ぎると、犯罪者じみるのでしたくてもできないのが現状である。

そう言った、偶然の産物故と何気に意中の渋沢君とのお人柄の良さから、時々しゃべるクラスメートぐらいに昇格できた。

だけど、まぁ奇跡はそこまでで…今年の私も渡す勇気は無く…友達と食べる友チョコ作りに精を出したのである。

気軽に交換しあえる友チョコと言えど、数が増えればラッピングも大変…そんな訳で、私たちの周りではタッパやプラスチック容器に生産したバレンタイン用のチョコ菓子を持ちより交換するのがルールになっている。まぁ、本命用に使う予算故にことらに回せないという乙女心もあるんだろうと思うが、私は渡す勇気が無いのでメインは友チョコに比重が重い。

そんな訳で、私の今年の友チョコはブラウニー。鉄板一杯に焼いて、切り分けれるこのチョコレートの焼き菓子は意外に大量生産に向いている。甘すぎず、くるみの食感が楽しいこのお菓子は、友達の間でも地味に好評だったので、今年の私の友チョコ菓子になったのである。

クラスメートの友人に、お昼時に交換しあって食べたブラウニーだったがクラスメート以外の他のクラスの友達分プラスアルファーに少し多めに作った分で、少し量が減った。

(味見はしたけど、ちゃんと私の食べる分今年は残りそうだな〜)

減った容器を机から出して、私はしみじみとそんな事を思う。

(少し食べちゃおもうかな)

待ち人の友達が来るまで、少しブラウニーを食べようと蓋をあけて、いざ食べようと手を伸ばした時だった、目の前にあったブラウニーの一つがまだ手にとっても居ないのに、宙に浮いた。

(へ?)

思わず、目線をブラウニーに向けると信じられない光景がそこにあった。

「うん。旨い」

ヒョイッとブラウニーを口に入れて感想をのべる、渋沢君がそこに居た。

まるで、少女漫画的展開に私の頭はパニックになった。

(嘘…何で?え?)

、ご馳走様。俺としては、もう少し甘くても良いと思うぞ」

さも当然に食べた感想をのべる、渋沢君に私はかなり呆気にとられながら返事の言葉を返した。

「そ…そっか。渋沢君アドバイスありがとう、参考にしてみるね」

少々、ぎこちない口調ではあったけれど、私は何とかそう言葉を返す事ができた。

「いや。そう言って貰えると助かるよ。何せ、の承諾も得ずに食べてしまったからな」

凄まじく爽やかに、渋沢君はそう言う。

「いやいや。料理上手の渋沢君には恐れ多いって感じだし、寧ろ食べてくれて有難うって感じで」

支離滅裂になりながら、私は言葉を紡ぐ。

「ははは。は奥ゆかしいな…。謙遜しなくても十分美味しいぞ。ただ先のは俺の好みの問題なだけさ」

「そっか。機会があればまた、アドバイスしてくれると嬉しいな」

社交辞令と少しの本音を混ぜて、私は彼にそう言った。

すると、渋沢君は「ああ楽しみにしてるよ」と相変わらず爽やかな声音でそう言うと、私の頭をクシャリとひとなでして、颯爽と立ち去った。

パチパチと、漫画でありそうなぐらい、私は目をしばたかせた。

(今…何が起きたのかしら?)

現実に起きている事なのに、何処か他人事の様な気持ちになる。

目の前にあるのは、試作で作った友達と自分用にと思ったブラウニーが食べられた事によって、微妙に空間が空いたタッパがそこにある。

(あれ?一応、私あげた事になるのかしら?)

爽快に立ち去る、彼人を眺めながら私は、呆然とそう思った。

嬉しいやら、何とも言えない気持ちになるのはやっぱり我儘な気持ちなのかもしれないけれど…どうやら、根本的に何かが違うような気がするが…私のバレンタインは無事に、意中の相手に渡すという事が出来たらしい。

取りあえず今後の目標は、ちゃんと本人に分かる様に渡せるようになろうと…弱気ながらも強く思ったのである。


おわし

2011.3.6.(web拍手掲載:2011.1.31.) From:Koumi Sunohara

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