俳句に託せし、想い謌(3)  

昨日と同じ時間。昨日と同じ“あの場所”に、一馬は居た。
そこに、が来る根拠なんて無いはずなのに…。
ただ黙って、窓の外を眺め時間が過ぎるのを、一馬は待っていた。
普段よりも時間の流れが、遅いと一馬は、感じていた。どれくらいの時が経っただろうか?自分の足音とは、異なる足音が廊下に響く。
黙って、自分と異なる足音に耳を傾ける一馬。
そして、足音の主に顔を向けた。

…」

「…真田君?どうしたの…?よく会うんじゃない?」

一瞬目を見開いて、驚く
逆に一馬は、動じることなく、冷静な声音で返す。

「この場所、気に入ったから…。こそ、今日も探し物か?」

一馬の問いに、は首を横に振った。

「私も…この場所好きよ」

独り言のように、は呟く。

「そっか…」

一馬は短く答えて、また窓に目を向けた。
そんな一馬に、はなんともいえない、複雑に感情が入り混じった表情をした。

「真田君…君はどこまで、気づいているかな?勘鋭そうだしね」

「何のことだ?」

一馬がそう言うと、が呪文のように呟いた。

「舞散る桜の儚さは、まるで私のようでもの悲しい」

「あっ…それって」

一馬が思わず、声に出した。

「やっぱり…知ってたんだ…」

一馬の反応をは肯定ととった。

「知ってると言うか…拾ったから」

「で、真田君は書いたのが私だって、何時気が付いたの?」

一馬の言葉を無視して、話を続ける

「友達に相談して…それと後…字で」

すまなそうに、答える一馬。

「フフフ御免ね…これじゃ〜八つ当たりだわ…」

一馬の様子には苦笑した。

「本当に、真田君は周りに、恵まれてるわね…」

「そうかな?」

「そうだよ」

ニッコリと が微笑んだ。
の表情が何時もの表情に戻ったので、一馬は内心ホットしていた。
だからだろう、話を続けることが出来たのは…。

「あのさ…

「何?」

「あの俳句…何で、悲しそうな内容なんだ?イヤ…綺麗な俳句何だけど…」

申し訳なさそうに一馬は、尋ねた。
この疑問は、一馬が“短冊を拾った時”からあったものだった。
の表情が、少し強張る。

(やっぱ…聞いちゃ不味い話題だったのかな…)

一馬は、少し後悔する。

「いや…言いたくなければ良いんだけど…」

しかし、ず〜っとあった疑念は無くなるはずはなく、気になってしかたがない。

「クスクス…真田君は、正直者ね…本当は、知りたいんでしょ?」

の意外な言葉に、思わず目を見開く一馬。

「本当に正直ね…。たいした話じゃないけど…聞く?」

一馬は、コクコクと頷いた。

「あの俳句はね、過去に捕らわれ続けてる自分と決別したくた書いたモノなの…。でもね、何か未練がましくなっちゃったんだ」

窓の外の陸上部の練習風景を見ながら、 は言った。

「私ね…陸上で高飛びの選手だったの。でもね…」

そして、 は自分の足に目を向けた。
その目は、酷く悲し気である。

「まさか… …足を…」

一馬は、 が言わんとしていた事を察した。

「や〜ね、本当に真田君は、勘が良くてイヤになちゃう…」

溜息混じりに、 が笑う。

「そうよ私、足を駄目にしたの」

「でも… 、歩いて…」

首を横に振る、

「普通の生活が出来るぐらいまでは、回復したの…でも、前みたいには…飛べなくなったの」

…でも…」

「分かってる…回復しただけでも…幸せだってわかってる…。それに…方法が無いわけじゃないの」

は、自嘲気味に微笑んだ。「だったら…」

「でもね…怖いの。もし…うんうん…何でもないわ」

言いかけて、 は言葉を濁した。

…」

「御免ね…こんな話しちゃって」

一馬は、首を横に振った。

(…俺…こんな 見たくね〜よ…)

堪らない気持ちで、一馬の心はいっぱいだった。

「じゃ〜さ、マネージャやらね〜か」

一馬は正直自分が言った事に、驚いた。

「優しいね真田君は…だから、女の子に人気なんだね」

真田の言葉に、驚いたような、目を向けた。

「俺… だから、言うんだからな…」

の言葉に、思わず出る一馬の本当の気持ち。
一馬は、自分でもはっとして、赤面する。

「それって…」

「ああ、俺は が好きだ!!」

ぶっきらぼうに、一馬が言う。

「有り難う…真田君」

少しはにかみながら、 は答える。

「でも…少しだけ、考える時間くれるかな?」

すまなそうに、 は一馬に尋ねる。

「お…俺も急にいちゃたからな…それぐらい、待つ」

「有り難う」




2人は、他から見ると恋人のような幸せな時間が過ぎていた。
しかし、実際の所…一馬は、 から返事をもらっていなかったのだが…。
でも、2人にとっては楽しい時間だった。



しばらくした日曜日。一馬の元に1通の手紙が届いた。

「?… から…?」

突然のからの手紙に、一馬は驚きながらも、封を切った。



『拝啓 真田一馬様 この手紙を読んでいるころ…私は飛行機の中だと思います。この事を知ったら、真田君…否、一馬君は、怒っているでしょうね。でも、私は行かなくてはなりません。それは、貴方が勇気をくれたから…。私は、アメリカで足の手術を受けに行きます。もう一度、前を向くために。本当は異国の地に行くのは、不安は大きいけれど…日本で一馬君も頑張っってると、思うから私も頑張りたいと思います。本当は、直接会って言いたかったけど、言いたい事が言えなさそうなので、手紙にしたの。何時も、貴方の活躍を励みに前に進んでいくので…どうか、見守っていてください。それでは、またね。 親愛なる真田一馬さんへ  より 追伸 これが私の、貴方への返事です かしこ』


一馬は、複雑な気持ちで封筒の中の短冊を手に取った。


ー俳句に託せし想い歌、君に届けこの想いー



「俺も…負けてられね〜な」

一馬は、空を仰ぎココには居ない、 に呟いた。



時は流れに流れ、数年が経過した。


一馬は、一流サッカープレーヤとして活躍していた。
その活躍の裏には、一つの物が一馬の支えになっていた。

そう一枚の短冊。一馬は、大事な試合には、かならずといって短冊を持ってきていた。

その願掛けの様な一馬の行動は、ファンのみならず知られている程有名な事となっている。

当の本人は、そんな話になっているなど知るよしも無いのだか…。

しかし、この短冊の真の意味を知る者は、ごく少数であった。
知る者の1人結人は、ジンクスの話題を聞く度に、腹を抱えて笑っていた。

「ジンクスだってさ〜、ただのラブレターなのにね」

実に愉快そうに、結人が一馬に言う。
それに一馬は、真っ赤になる。

「結人…からうなよ、まるでモテナイ僻みぽいから止めた方が良いよ」

溜め息まじりに、英士が結人をたしなる。

「それにね…冷やかしは、“結婚式”当日に取っておくもんでしょ」

どこかの指令塔もビックリな、デビルスマイルを浮かべる英士。

((何年たっても、勝てないよ…英士にわゝゝ))

冷や汗を背中にかんじながら、2人はつくづくそう思った。
何年たっても、この関係は崩れることがないのは、英士が最強だからだろう。

「さて、それよりこんな所で、油売ってて良いの?」

英士が心配そうに、一馬をのぞき込む。

「やべ〜、時間」

言葉に慌てて、一馬が鞄を抱える。

「せっかく、さん帰って来るんだろう?早く行けよ」

ニッと結人が笑って送る。

「そうだよ、またせちゃマズイでしょ?こっちの事は、安心してなよ。何とか、するからさ」

英士も笑って送り出した。

「「結婚式楽しみに、してるからな!!」」

と言う一言も忘れなかった。

一馬は、顔を真っ赤にしながらも心の中で、2人の気遣いに感謝するのであった。


そして…。


一馬は、短冊の送り主である を約束の場所で待っていた。

約束の時間の少し前。
桜の花が風に舞った時だった…。

『ー舞い散る桜の儚さは、まるで私のようでもの悲しいー』

聞きなれた、懐かしい声。

?」

一馬は、声の方へ振り返る。

「ただいま、真田君」

は柔らかく微笑んだ。

「いいかげん、真田君はヤメロよ …」

照れ隠しのように、ぶっきらぼうな声を出す一馬。

「ゴメン…癖って抜けないものね…手紙やメールだと平気なんだけどな」

は、少し苦笑を浮かべる。

「そうだね、づーっと俳句で会話してたからね…。平安時代の貴族みたいに」

「そうだったな」

2人は、舞い散る桜の花びらを眺めていた。


出会いは1枚の短冊…。

また2人を結びつけたのも…。

平安時代の貴族の生活のように。

つづられる俳句は…。

それはきっと…2人の秘密の会話。

ー俳句に託せし、想い歌、君に届けこの想いー

END


(初掲載:2001.6.11)改訂2010.7.24 . From:Koumi Sunohara