Like asking for the moon
−橘 杏の場合−

無いモノ強請りも…


言い換えれば願いなのかもしれない


望んでる事が完璧に叶っていなくても


それに近づいているなら…


もしかしたら私の小さな我が儘は


案外叶っているのかもしれない

「 今一番欲しいモノは何ですか? 」


不意に尋ねられたならば、私は悩んでこう答えるだろう。


普通の日常。
そんな風に過ごしてみたい…なんて…たまに思う。

別に今が凄い尋常じゃない生活をしてる訳じゃないけど。
憧れることだってたまにあるわ。

ごくごく一般的な日常。
仲間が居て、先輩や後輩に囲まれる。
何気ない会話に、女の子ならではの内緒話。

女友達が居ないわけじゃないけど、どちらかと言えば、私の周りは兄さんの部の人間ばかり…男の子ばかりなのだ。

それに、テニス部を作る上で起きたささいなイザコザの為に私は周りから少し距離を置かれている。
だから余計に、憧れないと言えば嘘になる。

最近は余計にその思いが募るのは、他校に出来た一つ年下の友達の所為なのかもしれない。
偶然の巡り合わせで、気が付けば出かけたり仲良くなっている。
不思議な関係。

桜乃ちゃんや巴ちゃんと過ごす度に、最近本当にそんな事が頭をよぎるようになったのだ。
姉に成った気分なのかもしれないけれど、桜乃ちゃん達と会話するの悪くないと言うか…寧ろ楽しかったりする。
不満は無いのに…。


(別に不満は無いんだけどね…あの子達を見てると何だか、学校内に居てくれたらもっと楽しくなるんじゃ無いのかって思ってしまうのよね)


そんな風に思う自分に少し苦笑を浮かべてみたりするけれど…たけどね、引かれた線に後悔何てしてないのよ。
だって桔平兄さんや皆の頑張りを見てきたから、今のこの状態が良いんだって事も分かってるし、私も今の状態に納得してる。

女子の中で揉まれるよりも、神尾君達と練習してる方が格段に経験値が上がるもの。
プレーヤーとして考えれば、好条件と言っても良いと思うわ。

まぁ強いて言えば、コーチや監督が居ない分の兄さんにかかる負担が大きい事ぐらい。
そこが改善されたら良いのにと思う。そのくらい満足してる。

なのに願いが叶うならばの望みは、自分の事ばかり。
下手すればどうでも良い無いモノ強請り。


(兄不幸者な妹かしら?)


自分本位な考えばかり浮かぶ私は、不意にそう思う。
自然と出る自嘲とも苦笑とも言えぬ表情。



そんな時だった、不意に聞き慣れた声が頭から降ってきたのだ。


「どうしたんだ杏。何が兄不幸何だ?」


夕飯の支度をしていたのか桔平兄さんは、エプロン姿に菜箸というお約束的な格好で、突然そんな事を言ってきた。
私は不意にかけられた事とその言葉の意味が理解しきれずに「何、兄さん」と聞き返してしまった。
そんな私の様子に、兄さんは小さく溜め息を吐いてから、ゆっくりと言葉を紡ぎ出してきた。


「“何、兄さん”じゃ無いだろ…ばっちり声に出して言っていたぞ“兄不幸者な妹かしら?”ってな」


呆れ顔で私の言葉を繰り返す兄さんの様子に私は、取りあえず乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
だって…ねぇ気まずいじゃない。


そんな私にお構いなしに、兄さんは「どうしたんだ?」と聞いてくる。
私はジーッと見てくる兄さんのプレッシャーに耐えきれずに、仕方なしに考えていたことを掻い摘んで説明することにした。


「学校じゃ無理だけど。巴ちゃんや桜乃ちゃんっていう後輩件遊び仲間が出来たってだけ幸せなことだとは思うんだけどね」


そう言って言葉を締めると、桔平兄さんは少し複雑そうな顔をした後言葉を紡いだ。


「第一不動峰でお前の願いが叶えれない要因は俺にも有るんだ。別に兄不幸な妹じゃ無いぞ」


髪の毛をクシャリと撫でそう言う兄さん。
“そんな事言ったら俺は妹不幸者になっちまうだろ?”とニッと笑って桔平兄さんは、付け足す様にそう口にした。


「まぁ兄さんがそう言うなら。おあいこって事にしておこうかな」


「それでこそ、杏だな」


「何か引っかかる言い方ね。失礼しちゃうわ兄さん」


少し頬を脹らましてそう言えば兄さんは、“悪い悪い”と軽く流す。
そんな行動も何時もの事だから、私は気にしないで今晩のメニュー何か尋ねてみたりする。
すると兄さんも、それに乗ってメニューを口にする。


しばらく兄さんを引き留めながら、とりとめない話をして…「そろそろ夕飯の支度を急がね〜とな」と兄さんの言葉を合図に私は兄さんを解放する事にした。
実はお腹が減ってるって言うのも有るけど、手伝いさせられたらちょっと面倒かなって思うから…解放したって言うのが大きいんだけど。


(やっぱり兄不幸してるかしら?)


今度は声に出されることは無く、私の思いは外に出る事は無かった。
そんな自分に少しホッとして、ぼんやりとテレビを眺めれば…台所の兄さんがボソリと言葉を零した。


「言ってる内に願いは叶うと言う言葉も有る…だから少しぐらいなら良いんじゃないのか口に出して無い物ねだりをする分にはな」

面と向かって言われなかったし…私に向けられてるとは言い切れないけれど、確かに兄さんはそう言った。


(もしかして正面切って言うには恥ずかしかったのかしら)


何て思いながらも…でも何だか兄さんの言葉が胸に染み渡っていった気がする。


(取りあえず今は兄さんの作る夕飯が楽しみにかな…ってこれじゃ巴ちゃんみたいかな…花より団子ってね)


私は明日にでも可愛い他校の後輩達に会いにいってみみようかと思ったのだった。



2004.9.21. From:Koumi Sunohara


★後書き+言い訳★

モエりんを始め桜乃ちゃん青学の女の子達にとって杏ちゃんは、姉的ポジションですよね。
杏ちゃんにとってモエりん達を妹の様に面倒見て、遊んでってイメージが有るんです。

でも、杏ちゃんだって同じ学校で同じクラブの女の子との日常も恋しいかなって思うので今回のお話になりました。
別に友達が居ないとかでは無く、やっぱり色々有ると思うのでね。
と言う意味も込めまして、元気で姉御的な杏ちゃんでは無く…少し物思いにふける橘嬢。

桜乃ちゃんよりコンプレックスが少なそうなので、割と無いモノ強請りって感じはしない気もしますが…。
楽しんで頂けたなら幸いです。


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