囚われている故に |
小さな頃誰しも憧れる英雄が居る。
ソレは父親かもしれないし…近所のお兄さんかもしれない。
はたまた、空想の中の人物かもしれないが…心に憧れる存在が居るモノだ。
かく言う自分も、英雄が居る。
誰よりも強くて…頼りがいのある兄の様な存在。
幼い世界に差しのばされた光。
ディーク…それが私の中の英雄の名。
でも…その英雄は今私の側には居ない。
後から聞いた話では、私たち家族の為に私たちの前から去ったのだと聞いた。
あの頃の小さな私にはただ居なくなったとしか、思えなかった。
そんな幼かった私も、今は軍人として…将として軍を率いる立場にたった。
国から西方三島で監視と軍の将と押され、やって来たのはつい最近。
島民にも母国と同じように、暮らしやすい生活をと勤めようと努力するが如何せん、現実はそう上手くいかない。
正しい事が間違いで…不正が正義となる世界。
そんなものが存在するとは…王都に居た頃には想像する事も出来なかった。自分の甘さ加減を痛感する気がした。
だからだろうか…最近ディークの事を思い出す。幼き日に闘技場で虎から私を救ってくれた、命の恩人を。
けして大きな身体をしていた訳では無く、大人という訳じゃ無いだけど勇敢に獣と戦う姿勢は、まだまだ記憶朧気な小さかった頃の私にとって色あせぬ思いでだ。
彼は私にとって唯一の英雄であり、何時か自分もそんな強さをもてればと願う対象でもあった。
それに兄の居なかった私にとっては、彼の人こそ兄そのものと言っても過言ではないと思う。
彼も自分が英雄かどうかはさてお気、少なからず私を弟のように接してくれていた。
なのに…ディークは居なくなった。誰にも何も告げづに。
もしかしたら両親には何かしら告げていたのかもしれない。
でも自分だけには知らされなかったのだ。
もしかしたら別れを臭わす事をディークは言っていたのかもしれないけれど、だけれどあの時の私には…ただ急に居なくなったとしか感じられなかった。
だけれど…幼い私にはとてつもなく悲しく、鮮明に残る記憶の一つだ。
だから心の片隅に記憶が追いやられても、忘れることのない記憶だった。
それでも今なら分かる事がある。彼はディークは…色々な事を考えて私たちの前から去っていったと言うこと。
私たちが気にしなくても、心ない人達から…私たちを護るためにとった彼なりの優しさ。
矛盾する世界で、彼のなりの気遣い。
今更そんな事に気が付く自分の不甲斐なさに溜め息を吐きたくなった。
確かにあの頃の自分は、幼かったけれど…ディークだって今の自分と変わりなかった筈…それなのに、彼は誰よりも私たち家族を気遣い…矛盾だらけの世界に気が付いていた。
(今更気が付くなんて遅いよね…。だけど…そんなこと家族は気にしなかっただろうし…それでも側にいて欲しいと思ったよ。そうすれば、きっともっと強い私になれたのかな?)
彼を思い出しながら、変えられぬ今と変わったかも知れないもう一人の自分を比べた。
そして…そんな自分の不甲斐なさに思わず言葉を漏らした。
「甘ちゃんの戯れ言なんだろうね」
人知れず漏れる言葉に、私は自嘲気味に笑う。
有り難いことに、今此処には私しか居ないのでこんな姿を見られる心配など無い。
きっとこの先私は、この西方三島で失望と…矛盾の間に揺れるだろう。
だけど、何時か…そんな矛盾から解き放たれ…皆が幸せになれる日を祈りたい。
窓から覗く空は、青く澄み切っていた。まるで私の悩みや迷いなど知らないように。
(コレは叶うはずのない願いなのかな…ディーク)
この空の何処かにいるであろう私の英雄に、心の中で問いかけた。
叶うはずの無い願いが叶う事になるなんて、この時のはまだ知らなかったんだ。
だって私は、矛盾だらけの世界に囚われていたのだから。
END
2005.7.13. FROM:Koumi Sunohara
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