欲しいと願っても
それは叶わぬ願い
そう思っていた幼い私に…
不意に差し伸べてくれたのは…
叶って欲しい願いだった
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何時からかは覚えていないけれど、お向かいの研ぎ屋の葛生瑣巳さんを私は“葛生のお兄さん”と呼び慕っている。
例え血が繋がっていなくても。
例え…葛生のお兄さんにとっては、ただのお遊びの一環だとしても。お兄さんは私を妹のように接してくれる。
それは、とっても嬉しくて…それが日常で…当たり前のように日々が過ぎる。
私は、こんな不思議な兄と妹の関係が好きだし…両親もさくらちゃんも庚ちゃんも普通に受け入れてくれてるから…。
当たり前に普通だと感じていた。
だけど、それはほんの一部の世界だった。
一歩他の人に言わせれば、おかしな関係なんだそうだ。
それでも他の子だって近所のお兄さんを慕ったりすのは普通な事の筈なのに。
(どうしてだろう?)と思ってしまう。
それは最近ではどんな時でも思い浮かんでしまって…。
葛生屋にお兄さんを夕飯に誘いに来た今現前でも浮かんでしまっていたりするの。
そんな折りだった…。
「ん?お嬢どうしたの不景気を絵に描いた顔になって」
「え?やだな〜不景気な顔なんてしてませんよ〜」
言われて慌ててそう言えば、葛生のお兄さんは小さな溜め息を吐いてから言葉を紡いだ。
「あのねぇお嬢。何年お嬢のお兄ちゃんやってると思っての?まる分かりですって…何か滅茶苦茶悩んでるって顔にバッチリ書いてるしね」
ピンとおでこを小突くお兄さんに、私は小突かれた額をさすりながら言葉を返す。
「でも…そんな大きな悩みとかって訳じゃ無いですし…何となく気になる程度だし…だから不景気では無いと…」
濁る言葉に、「そう言うところが悩んでるんでしょうに」と少し呆れたように葛生のお兄さんは呟いた。
私は仕方なしに、今悩んでいる事を葛生のお兄さんに言うことにした。
勿論…お兄さんも関わった話だったから、本当の事を言うとあまり言いたくなかったけれど…こういう時の葛生のお兄さんとの対峙に勝った事など無い私は白旗を上げざるえなかったという訳なのである。
恥ずかしながら紡いだ私の言葉を、葛生のお兄さんは茶々を入れることもなく真面目に聞いてくれた。
寧ろ真面目すぎて、私の方が調子を崩してしまう程にお兄さんは普段とは比べモノにならない。
そして私の話を一頻り聞き終えた葛生のお兄さんはゆったりとした調子で口を開いた。
「何でそういった考え方になっちゃうんですかねお嬢は。俺としてはあまり気にしてないですよ。何せお嬢は俺をお兄ちゃんだって言ってくれてるしね〜…。と言うか俺としてはまったく問題ないんですけどね。お嬢が問題なければ問題なんて無いんだけど」
頭をポリポリと掻きながら葛生のお兄さんは何でもないことを言うようにそんな言葉を私にくれた。
「羨ましい…ですか?」
私は首を傾げて、お葛生の兄さんの言葉を繰り返した。
そんな私の様子にお兄さんは、「そっ。そうですよ」とニッコリ笑ってそう言う。
「お嬢。人はね弱いんですよ…だから何かに縋りたい…例えば神頼みだったり…友達だったり。俺もお嬢に救われる事もあるしね。妹が欲しかった…お嬢は兄貴が欲しかった…だから俺とお嬢は何も気に病む事もないんですって」
クシャリと撫でられる。
葛生のお兄さんに撫でられた所から優しい温もりが広がるような…そんな柔らかで暖かい気分に包まれた。
「だからコレからも俺は天海千歳の兄貴的存在だし、お嬢は俺の大事な妹分。それで良いんですって」
ポンポンと肩を叩きながら「さぁご飯にしましょうや。実は腹ぺこなんですよ俺ってば」と言う葛生のお兄さんに促されるように私も、向かいにあるウチの店に二人並んで歩き出したのだった。
例え何かが起きたとしても
もしも裏切られたとしても
рノとってお向かいの研ぎ屋さんは…
掛け替えのない私の唯一の兄なんだろう
そう切に思った日だった
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おわし
2009.3.9. From:Koumi Sunohara
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