肩のリハビリも済み、予定の無い午後のこと…。
日本への定期便を大石や親に送るために俺は外に出た。
軽く息を吐けば、白い吐息が目に写る。
肌に当たる風の冷たさは、東京で感じる冷たさとは少し違った様に感じる。
気候風土が違うのだから、同じはずでは無いと思ってはいるが…そう思わずには居られない。
何と表現したらよいのだろう…。
乾いた風では無く、少し水分が含んでいる…梅雨の様なジメジメはしていないが…ともかくそんな表現が妥当な所だろうか。
そう思いながら、ふと…ドイツは北海道と経度がほぼ同じだった事を思い出した。
(雪の降る気候の特有の風といものなんだな…)しみじみ思う。
普段から比べれば、賑わい…華やいでいるように見えた。
噴水が有る広場に、見慣れないテントと言うのか…祭りで見かけるような屋台のようなモノが軒を連ねているのが目に入る。
(こんなの所にバザールが有っただろうか?)
そんな事を思うが、現実問題として俺の目にはバザールが目に入るのは事実だった。
意識してしまえば気になってくるのは、当然の事で…。
俺は、急に今起こっている事が気になり…人に尋ねてみようと考えた。
大分使い馴れたドイツ語で、丁度バザールから帰ろうとしている一人の男に“今日は何か有ったのか?”を俺は尋ねた。
初めは、男は不思議そうに俺の顔を見ていたが…「観光客か…なら知らない訳だ」と納得したようにそう言うと、男は親切にバザールの事を教えてくれた。
俺がバザールだと思っていたのは、クリスマス用品を扱っている…所謂クリスマス市というものらしく、11月の最後の日からクリスマス直前まで、開かれている市場だった。
オーナメントやお菓子の材料に、クリスマスに必要なものを中心に有るのだという。
日本とは違いクリスマスより賑わうのだと、男は説明してくれた。
そして、親切な男は締めくくる言葉に…。
「クリスマス市は見物だよ、日本から来たなら尚のことだ。見て損は無いと思うよ」
気分良さそう笑いながら男は足早に去って行た。
その姿を俺はぼんやりと見送り、それから徐にクリスマス市の会場に目を向ける。
確かに男が言うように、確かにクリスマス市は華やいで賑やかに見えた。
男の言葉と賑わいに誘われるように、俺はクリスマス市に足を踏み入れた。
赤や緑が多いのかと思えば、木々の程良く枯れた自然な色も案外多く見られた。
言われたように、大変賑わい…クリスマス関連の品々が溢れてる。
スパイスの練り込まれたお菓子の臭いも、やけにこの雰囲気に合ってるように感じる。
一番目を惹いた物は…日本のオーナメントとは少し違う、木製で出来たオーナメントや木の実を使ったリースが店先を飾っていた事だ…。
それらは、何とも言えない暖かみを漂わせている。
無機質なプラスチックでは出せない、存在感が余計に目を惹く要因だったのかもしれない
(どうせ、土産を送るのだし…)
そう考えた俺は、気に入ったオーナメントとリースに手を伸ばそうとした時…懐かしい物が目に入った。
(アドベントカレンダーか…)
アドベントカレンダーを眺めていると、懐かしい記憶が甦る。
3年前のこんな時期に、俺は大和先輩に突然、カレンダーと意味深い言葉を貰った…。
「これはね待降節期間の限定のカレンダー何ですよ。クリスマスまでを1日1日楽しんでいこうとと言うものです。手塚君は少し行き急いでるように見えましてね…何だかクリスマスとか楽しもうとしてないように見えるんですよ。お節介でしょうが…君はクリスマスを楽しみにする年ですからね…いき急いで大人になる必要は無いんですよ…。急がなくても、人というのは黙っていても大人にならなくてはいけなくなりますから…だから、この期間は君にとって無くしそうになる大切な気持ちを忘れないように、僕から君に贈りましょう」
そんな1年生には少し難しい言葉を言いながら、カレンダーを受け取ったのを思い出す。
言い返す言葉も見つからず、言われたとおりにクリスマスを楽しんだ。
その1年だけかと思っていたが、大和先輩が卒業しても、カレンダーと意味深げな言葉はこの時期に決まって贈られた。
そしてガラにも無く、嬉しい気持ちになったり、子供の心が戻ったような
大和先輩の言うとおり、心に残るかけがえのない思い出が出来たものだ。
そう思うからこそ…ふと想う…。
(大和部長のように贈ってみようか?)
気にかけていた後輩を想いながら俺はふと考えた。
同じような気持ちになるとは限らないが…何か彼らの心の糧になる気がして…。
気づけば俺は、店の店主に声をかけるべく口を開いていた。
「スイマセン。アドベントカレンダーって何処までがそうなのでしょうか?」
そう俺が店主に尋ねると、店主は不思議そうに俺を見た。
俺は先程の事も有ったので…自分が日本人で、とある理由でドイツに滞在していることを告げると店主は先程の男同様に親切に教えてくれた。
真剣に、カレンダーを見ていると不意に店主が俺に声をかけたきた。
「珍しいね。お客さん日本人だろに…待降節を知ってるとは何だか嬉しいものだね」
その言葉に俺は、少しばかり待降節を知るきっかけになった大和先輩の話を店主にしてみた。
自分でもそんなことを見ず知らずの人間に言うとは思わなかったが、このクリスマス市の独特の雰囲気の所為なのか…自然と口に出ていた。
「それは、それは…良い先輩を持ったもんだ。で、自分のカレンダーをお探しかね?」
店主の言葉に、自分用のカレンダーでは無いことや自分も先輩のように後輩に贈ろうかと思うことなどを告げると、店主は「ああ」と納得気味に頷いた。
「いい歳をした、私でもアドベントカレンダーを見ると気持ちが浮かれるもんだ。クリスマスまでに日は有るからね。きっと喜んでもらえるさ。そうそう選ぶのも楽しみだが、お兄さんは此方のお人じゃ無いからね…良かったらアドバイスをするよ」
恩着せがましく言うのでは無く、店主は気さくにそう言ってくれた。
俺はその申し出を受け、アドベントカレンダーを選ぶことにした。
色々なアドバイスを経て、無事に後輩達に贈るカレンダーを選ぶことが出来た。
母への土産や友人達の土産…そして選んだアドベントカレンダーを受け取った俺は店を後にしようとした…が…。
不意に店主に呼び止められた。
「これはワシから贈り物だよ」
そう言うと店主は買った物とは別にアドベントカレンダーを俺にくれた。
「やはりアドベントカレンダーは自分で買うより、貰った方が気分が出るモンさ。それに、」
今年はてっきりアドベントカレンダー無しで過ごすはずだったが…(ちなみに自分の分を自分で買うのはあじけが無いような気がして買わなかっただけだが)。
俺は思いがけない贈り物に対して、礼をのべると足早にクリスマス市を抜け市街に足を進めた。
思いがけない贈り物と共に、元より送る物も郵便局で日本へ送ることを済ました俺は帰路に着いた。
ドイツでお世話になっている施設に帰った俺は、自分宛に小包が届けられている事を管理人から伝えられ…俺は短く礼を言い、足早に自室に帰る。
自室の郵便物など入れておける、箱の中に、大きすぎる訳でも…小さすぎる訳でも無く…程良い大きさの包みが1つダイレクトメールやエアメールと共に入っているのが目に入った。
ああコレか…と思ったのと同じくらいに…親からの郵便物だろうか?と俺はすぐにそう思う。
自室のドアを後ろ手で閉めながら、小包の宛名に目をやった。
届けられた郵便物の送り主の名を見て俺は思わず驚いた。
送り主は紛れもなく、先ほどまで思い出していたその人の名“大和佑大”と書かれていた。
そして思う…(ドイツに行った事を言っていただろうか?)と。
でも小包は届いているので、きっと誰かに聞いたのだろうと俺は思うことにする。
送り主の名が分かった時点で…開けなくても中身は分かり切っているが、俺は取りあえず開ける事にした。
ガサガサと音を立てながら、包みを開ける。
案の定中身は『アドベントカレンダー』が収まっていた。
(毎年、毎年色々なアドベントカレンダーが送られてきたものだったな…)
などと思い出しながら…と言っても俺が青学テニス部に入ってからだから、今年で3年目だが
一通の手紙が俺の目に入った。
飾り気のない封筒から出てきたのは、シンプルなクリスマスカード。
其処には、懐かしい字体が溢れていた。
「お久しぶりですね。毎年恒例のカレンダーですが…でも、今ドイツに居ましたか…もしかしたら…買ったでしょかね?…何て思ったんですけど。君のことだから買ってない様な気がしましてね。こうして送った訳です。君もまだクリスマスを楽しみにする年ですからね…そういった気持ちは何時か大事なモノになりますからね。おや?ちょっと説教じみてしまいましたね。では、12月に入る前に間に合った事と良い思い出が出来る事を祈って。Frohliche Weinachten (フレーリヘ・ヴァイナハテン)」
丁寧に書かれた文の最後には、ドイツ語でかかれたメリークリスマスにあたる言葉で締めくくられていた。
自分の行動が読まれていることに、思わず苦笑を浮かべたが…離れても、未だに気にかけてくれる先輩の暖かい気持ちがひしひしと伝わってくるように思う。
先まで居たクリスマス市でひょうんなことで、知り合った店主では無いが…本当に人からの…特に望んでいた人からの贈り物は嬉しく想えるもので…。
俺は、思いがけなく嬉しい気持ちになった。
そして柱を託した後輩をふと想う。
かつて自分が柱を託され…色々先輩から教えられた事が糧になったように…。
何時か…俺からの言葉や想いも…たとえ…長い時間がかかったとしても…何時か伝わってくれれば良いと…。
送られてきた包みを見ながら俺は心の底から…そう思った。
END
2003.12.5. From:Koumi Sunohara
★後書寧ろ言訳★ 手塚さんドイツでのクリスマス話です 私的には九州に行ってるのが推奨なんですが…クリスマスって事で、ドイツに行っていてもらいました。 後折角アドベント企画ですから、アドベントカレンダーにちなんだお話にしてみたんですが…如何でしょうか? カレンダーが日本に届いたお話が、12月中にUP出来れば良いなぁ〜と思っております。 この話が少しでも楽しんで頂ければ幸いです。 こんな駄文におつき合い頂き有り難う御座いました。 byすのはら江美 |
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