タック

山吹の千石清純はシングルスプレーヤーである。ラッキーなのかアンラッキーなのか不明ではあるが、ラッキー千石と言われるぐらいの、山吹のシングルスプレーヤー。そもそも、その言葉自体褒め言葉なのか不明であるが、千石はラッキー千石しられている人物だ。

オレンジ頭に、真っ白の詰襟。色んな意味で目立つ彼は、テニス界では割と知られる存在だったりする。

そのため、部長であり、ダブルスプレーヤーで全国区の南健太郎よりも、知名度が高い山吹のエースと言える。

部長の南健太郎がすごく目立たない男とと言う訳では無い。南健太郎の名誉にかけてここは、声を大にして言わせていただきたい。どんな因果なのか、南の居るテニス界は個性的なのだ。

そのため、身長も高く、スポーツマン、人当たりも良く、頭も悪くない。容姿だって、普通レベルより爽やかで、顔立ちだって悪く無い。ダブルスや部長ということもあり、面倒見も良い彼は、婿や旦那にするなら高物件といえる程だと思う。

しかしながら、幸か不幸か南の周りには標準以上の顔立ちやら才能をもった人間が異常な程多くいた。

モデルか?はたまた、ホストクラブでもしたら繁盛しそうなほどに。いうなれば、スポーツできるいけ面ぞろいが異常発生しているといってもの過言では無いというところなのだ。

そんな中に居れば、灰汁の無い南健太郎は、非常に地味で平凡に見えてしまうのは、悲しきかな現実なのである。薔薇や百合の中に、マーガレットを入れたら違和感を感じるみたいなものだろう。

脇役が似合う俳優や著名人もそういったタイプの人間が居るのと同じ、それ故に南には罪は無い、場所が悪かった…その言葉に尽きるのだ。

南でそうなのだから、ごく一般の生徒なんて、道端の石ころレベルと世のお嬢さん方に思われる可能性は競馬の万馬券を買うより高いだろう。

ともあれ、南健太郎と言う人物と一緒の委員会や班の作業などで一緒に作業や仕事した人間は不思議と作業効率が上がり、実に無理無く仕事が出来る。

我が強い訳でも無く、気づかいに富んだ南はペアーを組むには最適な人材だったりする。

南健太郎自身がこの事実に気が付いていないのが、ある意味不幸であり…幸せな事であるのだろう。

そう言った訳で、南の良さと言うもの知ってしまった人間は、希有な人材である南が取られない様に、南への過剰の評判をせずに敢て地味だと触れまわる。様々な人々の思惑の産物で、より一層南が地味だとか普通だとか…そんな評価に繋がるのだ。

その南の人柄と言うべきか…希有な存在として重宝している人間の筆頭が千石清純その人だったりする。

ぱっと見軽薄そうで、残念ながらチャラチャラしたイメージが付きまとう千石は南と対極な存在に感じる。

それ故に、自然と他人の勝手なイメージに千石も嫌気が差す事もが有るのだが、南健太郎と言う人物は千石清純と言う人間の勝手なイメージでは無く、本来の千石として接するので、千石にとっては肩の凝らない相手である。イソギンチャクに住むカクレクマノミとの間柄の様(千石の方にかなりの利はあるが)な存在だったりするのだ。

その事に気が付いている人間は果たしてどれほど居るのかは、不明だが。

兎も角、山吹の人間…テニスをする他校からのイメージは…シングルスのエース千石とダブルスの南。千石がダブルスに出てこないように、南はシングルスに出てこない…。そんな公式が出来上がっている。

青学の竜崎スミレに狸爺と言わしめる、伴爺事伴田監督ですら南をシングルスに起用したり、千石をダブルスに起用したりとすることが無い。本当に困りどころの奇策としては、もしかしたら頭の片隅には考えているのかもしれないが…。
そもそも、山吹の人間にはそう言う概念が無いのかもしれない。

ともあれ、南と千石はお互いのポジションがシャッフルされることも無く今の今まで過ごしてきたのである。



そんなある日の部活中の事であった。

「あのさ〜南」

何時も通りの千石の呼びかけに、南は普段と変わらない様子で千石に応える。

「何だよ千石」

普段通りの南の対応に千石は、やはり普段と変わらない声音で言葉を紡いだ。

「たまには、マサミンとじゃなくて俺とタブルスやらない?」

サラリと紡がれた言葉に南は自分が耳が悪くなったのか?と言う錯覚が起きた様に少し返答に間があいた。

(今、千石の口からダブルスを組むとか否可ってニュアンスの言葉が聞こえた様な…嫌々…千石に限って無いよな)

首を軽く振りかぶって南は、口を開く。

「なぁ千石…今、タブルスと言う幻聴を聞いた様な気がするが…気の所為だよな」

まるで妖怪か何かを見たが、信じたくないと言うような微妙な表情で南は千石をみた。

千石の方は南と打って変わり、何時も通りの表情で軽く応える。

「言ったよ。やだな〜南たっら〜耳まで遠くなった?」

「いや…遠くなってないけどな…あまりにも千石の口からありえない言葉が聞こえたからある意味確認だな」

「ありえない何て心外だよ南〜。俺だってダブルスに興味あるんだぜ」

通常より真面目な表情で話す千石に、南は少し訝しそうに眼を細めながら小さくため息を吐く。

「シングルスより楽そうだと思ってるんなら無理だぞ千石」

「そんなの分かってるよ。まぁ南と組んだらやり易いだろうと思っただけだって」

「そうか?室町との方が相性良いんじゃないか?別に俺じゃ無くても良いだろう」

割と千石と仲の良い後輩の室町を思い浮かべながら南は言葉を紡ぐ。

「うーん。室町君とはダブルスって感じじゃ無いんだよね。組むなら断然南かな」

少し考えるポーズをとりながらも千石は、きっぱりと言い切った。

「南はダブルスの専門だからね〜。例え亜久津と組むことになっても卒なくダブルスをやってのけると俺は思うんだよね。だから、変な癖とかついてない状態で南とダブルスを組んでみたいと俺は思うだよね」

たとえ話を交えながら、千石は南にそう言葉を紡ぐ。
南は、最もらしい言い分の千石に若干感心しながら少し顔を顰めつつ言葉を紡ぐ。

「流石に亜久津とは自信が無いぞ俺。まぁ千石が折角テニスに関心があるっていう態度だしな、今度練習がてらやってみるのも良いかもな」

「やった〜。流石南話が分かるね〜。絶対マサミンより相性ばっちりだよん。青学の黄金ペアにも勝てちゃったりね」

「はぁ〜本当に千石は調子良いんだからな。ダブルス初心者が黄金ペア目標って言うのが微妙だけど…案外面白くなるかもな」

溜息一つ吐いた後、南は少しおどけた調子でそう言い、千石は楽しげに笑った。

地味とラッキーのタック…案外今後の山吹の台風の目になる否可は気まぐれな神様ぞ知るのだろう。


おわし

2010.7.29. From:Koumi Sunohara

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