12)渇き
−何時もの日常が恋しくなる時も有る−



此処はJr選抜合宿場。
千石は、色々な経緯を経てこの場に居る。
完全な実力…とは言い切れない所が、少し千石に影を落としたが…千石はこの合宿を少なからず楽しんでいた。
強い相手との練習、体験した事のない数々の練習。
それらは全て、千石に感じたことのない新鮮な気持を与えた。


夜の自由な時間、千石はこの地で仲良くなた面子との誘いを断って一人部屋でボーっとしていた。


(楽しいんだけどね…何か足りないんだよね)


ゴロリとベットに転がり、そんな事をふと思う。


(でも頑張らないとね…折角…此処に来たんだしね。それにしても…何で携帯忘れたかな〜)


そんな自分の迂闊加減を思い知らされながら、千石は瞳を閉じて…つい最近有った出来事に想いを馳せたのだった。





それは合宿へ行く少し前。
千石が手塚の補欠で、選抜合宿への話が出た時期だった…。


「俺行くの止めようかな…」

ボソリと言った千石の言葉に南は、怒るわけでも…呆れるわけでも無く…何時もと変わらない表情を千石に向けた。
千石はその南のとった行動というか…表情に少なからず困惑が浮かぶ。


(聞こえなかったのかな…反応無いのも少し寂しいというか…それとも何か考えがあって…そう言う表情なのかな南ってば)


そんな千石の胸中など知らない南は、やっぱり何時もの様子。


「そうか。じゃー止めたら良いさ」


短くハッキリとした言葉が南の口から紡ぎ出された。
サラリと紡がれた南の言葉に、千石は我が耳を疑う思いでいっぱいになる。


(え?南…何言ってるんだ…え?え?)


勿論普段顔に出ない心の内まで、今日はハッキリ表にでている。
千石の困惑の表情を見て「お前表情に出しすぎだよ」と苦笑を浮かべながら、南は言葉に補足を付け加える止めに口を開いた。


「だって千石お前…行きたくないんだろ?」


尋ねてくる南に千石は「まぁ…そうだけど…でもさぁ〜」などとゴモゴモと言葉を濁した。
千石にしては珍しく口を濁す様子に南は、ヤレヤレと小さく肩を竦めたながら、言葉を紡ぐ。


「別に行かない事を怒ってヤケになって俺は言っている訳じゃ無いからな。それは理解しろよ」


言い聞かすように千石に言うと南は、本題になる言葉を口にするために再び言葉を紡ぎ始めた。


「行きたくなくて行ったって良い結果何て生まれやしない…。寧ろ、怪我して帰って来ることだって有るだろ」


一旦言葉を切って南は、「だったら、行かない方が良いじゃないか」とアッサリとした口調で言い切った。
そんな南に千石は、思わず言葉を紡いでた。


「南はそれで良いと思う?」


咄嗟に出た言葉は、まるで迷子になった子供のように心細さが声音に出ていた。
南は、少し唸ってから…ゆったりとした調子で口を開く。


「良い経験になるとは思うけどな」


ボソリと言葉を漏らす南に千石は(やっぱり行って欲しいのかな?)と思いながら南を見た。


「ハッキリ言って、シングルスで現在山吹でお前に勝てる人間は存在しない。これは、褒められたことじゃ無いけど事実だ」


遠くを見つめ小さく…「悔しいけどな…」と哀愁を漂わしながら、南は言う。
千石は南の小さく呟いた「悔しい」と言う言葉を聞き流しながら、黙って次に出てくる言葉を待った。
すると南は、一言一言を噛みしめるように言葉を紡いでいった。


「それにさ…どんな経緯でもチャンスが有るなら挑戦したいと俺は思う。現に俺は駄目元で此処のスポーツ枠で受験して…此処に居るしな。第一ラッキーだけじゃ選ばれないと俺は思う。それに運も実力の内だろラッキー千石君」


ニッと笑って南は言う。


「南…ラッキーの発音間違っている」


千石は照れくさそうに、そっぽを向く。


「はいはい。以後気をつけるとしますよ千石君」


「何か気をつける気無さそうでムカツクよ南」


少しいじけ気味に言葉を紡ぐ千石に南が苦笑を浮かべて…「普段のお前のマネなんだけどね」と小さく漏らす。
千石は「俺そんな事してないよ〜」と南を軽く小突いた。
小突かれた南は、小さくブツブツ言っていたが、何かを思いついたのか…「あっ」と小さく声を出す。
そして、思い出した言葉を千石に言うべく南は言葉を紡ぎ出す。


「そうそう選抜の話しな…お前の好きにしても伴爺だって怒ったりしないと思うぜ。寧ろイヤイヤ行って怪我して帰ってきてみろ…小言が倍ぐらい増えると俺は思うけどな」


そう言って千石の頭を軽く二〜三回叩いた南は、この話を終らせた。
これ以上この話題を話す気が無いと悟った千石も、南に習うようにその話題を口にすることは無くなった。




それからしばらくして…。
結局千石は自らの意思でJr選抜の合宿に参加する事にしたのだった。





(そんなこんなで…此処に来たんだったけね〜)


千石は閉じていた目を開きながらそんな事をしみじみと思う。
何だか酷く懐かしい想い出のようだと感じながら、千石は小さな伸びをした。
合宿中の千石は新しくできた知り合い達と話していない間は、こうやって自分の時間を…すこし小言も多い…友人南の事や部活の仲間のことを考えながら時間を潰していた。


本当だったら、近況報告も兼ねて電話で話したいのだが…残念なことに千石の手の中には携帯電話は存在しない。
ちなみに別に携帯電話が禁止されている訳じゃ無い。
運が悪かったのか、携帯電話を家に置いてきてしまっているのだ。
お陰様で千石は、合宿中きわめて真面目な生活を送っているのだ。

そんな自分の真面目すぎる生活に大分参ってきている彼は、もっぱら此処に来る前の事ばかり思い出す。


(これじゃ〜…ホームシックだね。ホームシックにかかるなんて思ってもみなかったよなぁ〜)


思い出す内容が南や仲間の事ばかりで、色気が無い事ばかりこの上なさにも苦笑しつつ千石はそんな想いに駆られてた。
だけど、思いの外合宿場の生活は閉鎖しきった場で千石の心に渇きを確実にもたらしていた。
そんなメンタル面が弱い自分に、千石はやはり苦笑を浮かべる。


(まいったね…結構、図太い神経してるつもりだったんだけどね)


小さく溜息を吐いて千石は、不意に合宿に送り出してくれた友との会話を思い出していた。



[回想]



「良いか千石。切羽詰まったら…この封筒を開けるんだぞ」


そう言いながらズイッと出された茶封筒。
不思議に思いつつ千石は南から受け取った。


「何?南ちゃんラブレター?清純モテモテ?」


お決まりの科白で南を茶化せば、南もお決まりの言葉を吐いてくる。


「バーカ。そんなモンお前にやる訳ねぇだろ」


「分かってるけど。ハッキリ言われるのも悲しいもんだね南」


「あのなぁ〜人が真面目に話してるときは真面目に聞いてくれよ千石。しばらくの間だお前一人で頑張らなきゃなんだからな」


「一人か…そうだったね。勿論頑張ってきますよ部長様」


少し考えてから、千石は何時ものヘラリとした笑みを浮かべてそう返す。
南は少し心配そうな表情を浮かべつつ言葉を紡ぐ。


「ソレを開けない事を祈ってるよ。頑張れよ」


そう言って南は千石を送り出した。



[回想終了]












千石は記憶を辿り、そんな経緯を思い出す。


(緊急事態だよね…)


そう自身に言い聞かせた千石は、南から来る前に渡された封筒に手を伸ばした。
入っていたモノは、シンプルな白い便せん。
(こんな所まで地味さが出てるよ…まぁ南らしいけど)と便せんに対してもそんなツッコミを入れながら、千石は南からのメッセージが書かれているであろう紙をカサリと開いた。


「迷える山吹エース殿。鞄の中のを覗き、巾着袋を探しなさい」


謎めいたメッセージだけが書かれていた。しかも短い。
封筒に入れる理由や便せんでなくても良いのでは?という謎すら生み出すほど…短いその言葉に、流石の千石も顔を顰めた。


(何ソレ宝探ししろって訳?何が言いたいんだろう南ってば)


首を傾げつつも千石は、取りあえず鞄を手でたぐり寄せた。
書かれた紙に従って、鞄をゴソゴソ探したら…見覚えのない巾着袋が其処に有る。
千石は、迷うことなく手を伸ばし巾着袋をそっと開けた。


(さてさて、何が入っているのかな?)


少しドキドキする気持を押えながら、千石は覗き込む。
と…其処には、見慣れた携帯電話。
勿論千石が普段使っているソレである。ストラップにシールなど…千石特有のものが付いているのだから、間違いは無い。


(えっと…どういう事かな?コレ俺の忘れていった筈の携帯だよね?)


困惑しながら出てきた携帯電話と睨めっこの千石は、二つ折りの携帯電話の間に先程の紙が挟まっているのに気が付いた。
一連の動作の一環のように、何気ない仕草で千石が挟まった紙をゆっくりと開く。

すると其処には、あまりにも見知った人物の…母の字がツラツラと並んでいた。


「コレを読んでいると言うことは…耐えられなかったんだろ?さてさて、何日耐えられたやら…。清純…たまには携帯の有り難み分かっただろ。ちなみに充電器も入れて有るから…たまには私達にも報告ぐらいしなさいね。南君にばっかり迷惑けけちゃ駄目だからね」


呆れ顔で言う母の顔が千石の目に浮かび、千石は苦笑を浮かべる。


(う〜ん…やられたね〜。南まで巻き込むなんて…ってまだ何か書いてるのコレ?)


母の文字の下に、まだ何やら書かれている事に気が付いた千石はサッとその文面に目を通した。


「溜まったモンはサッサと吐き出すに限る。愚痴ぐらいないなら聞いてやるから…遠慮するなよ」


書かれた言葉はそんな言葉。書いた人物の名何て書いてはいないけれど…それは、紛れもなく南の文字。


(本当に…何処までもお見通しなのかね…我らが部長様は…)


千石は紙を見ながら、小さく溜息を漏らす。
そして紙に書かれた文章が、本当に南や家族から言われてるように聞こえて千石は思わず笑みを漏らす。


(まったく…よってたかって…ドッキリ何て酷いよね。ご丁寧に充電器まで入ってるしさ…ああ本当に嫌になるね〜)


両親と南の心遣いが何だか、酷く嬉しくなった千石はさっそく出てきた携帯電話に手をかけた。
勿論、南には合宿場での愚痴を言う為に…。


この日から、合宿場では千石が楽しげに携帯電話をかけているのが目撃される事になる…少し前の合宿での一コマだった。


END

2004.5.13. From:Koumi Sunohara






★後書き+言い訳★
久しぶりに15のお題を書きました。
小話ですけどね…。
選抜合宿中の千石さんのお話です。
ちとシリアス風味でお届けです。
ちなみに千石と南15お題(2)の乱入の前に当たる話です。


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