無言の親切  

幸村精市と言う男は一言で言うと厳しい男である。

王者で在る為には、綺麗事ですまない事柄が多い。
どれだけ感情に左右されずに、冷徹に徹することが出来るか…そして時に感情と言う武器を利用するか…策を巡らせ、相手の弱いところを突く…それは、戦略と言う武器を彼は持っていた。

他人にも自分にも厳しく…その一見横暴とも取れる行動すら、人を惹き付ける稀な存在が彼である。

そう言ったカリスマ的なスキルを持つ人材はけして多くは無いが、何故だか彼の籍を置くテニス関係者にはそういった人材が割と多い。

青春学園の手塚、不動峰の橘、氷帝学園の跡部、そして立海大付属の真田…そしてこの幸村精市。
他校であっても、人にあまり物を言わせない…リーダ的資質の持ち主達ばかりだ。

幸運な事なのか、幸村はそう言った人間に多く恵まれていた。
チームメイトも色々な逸材を持った人材ばかり。

だから彼の世界は、そう言った人間の集団と言っても良かったし…同じ空気のものが自然と集まる…まるで呼び水のように。それ故非凡な事が彼にとって平凡な事だった。

間違って欲しくないのは、ありふれたごく普通の人間が周囲に居なかった訳では無い。
ただ…幸村という人物に、周りが自然と避けていたと言うのが正しい。

あまりにも自分と違いすぎるモノに対して人は、恐れや畏怖、苦手意識を持つものだ。
それ故に、お互いがお互いを避けると言う構図が生まれる。
けして交わらない平行世界の様に。

けれど…そんな彼が出会う事となる。

彼の言う平凡では無い…ごく一般的に平凡と呼ばれる出あろう人に。
南健太郎と言う…一般のレベルよりは高い…鬼才と呼ばれる人より平凡な男に。



それは、あくまで偶然だった。
東京都内のスポーツショップで、テニス部に所属している他校の生徒が出会うことなどよくあることだ。

仲の良い者であれば、その際に会話が発生し、知人レベルより親しい間柄では無い者はそこで会話も発生しない。すれちがうだけとなる。テニスに精通している好敵手なら尚の事、会話が弾む事もあるだろう。

けれども、幸村が出会ったのは、好敵手と言うには地味なダブルスの選手である南健太郎と言う人物だった。

全国レベルではあるが、凄い持ち技が有るわけでも、爆発的な個性を持っている訳では無く、ノーマルなプレーヤーであり何処にでもいそうな中学生と言う言葉が似合う人物だった。

そのため、幸村は最初南を見かけても、同じテニスプレーヤーであり、全国レベルの存在である人物だと結び付かなかった。

南には悪いが、あまりにも個性の強い人材の多い立海大の仲間や灰汁の強い全国区の選手を見る事の方が断然多い幸村にとって、南の存在はあまり接点の無いクラスメート以下程度の認識でしか無いのは、仕方が無い事なのかもしれない。

しかしながら、南健太郎と言う人物は相手が知らないと言う事も抜きにしても、僅かながら接点のあるテニスの関係者を無視できる筈も無い、真面目な青年であるため、社交辞令程度に挨拶を交わすことはなんら不思議は無いと言う人物であるという事、一先ず頭の片隅に覚えていていただきたい。

「やぁ。幸村も買い物かい?」

「まだ買うかは決めていなけど見に来た感じだよ」

そう答えながらも幸村は現在話かけられている人物が誰であるのか確証が持てないでいた。
その彼の様子を何となく感じ取ったのだろう南は、一瞬苦笑を浮かべてから極めて明るく言葉を紡いだ。

「(俺が誰か分からないんだろうな〜)ごめんごめん。何度か顔を合わせているんだが、初対面みたいなもんだったよな。ちなみに、俺は山吹の南健太郎…テニス部でダブルスを主にやってるんだ。強豪の王者立海は有名だから俺が一方的に幸村を知ってるからって声かけちゃったんだ。ゴメン戸惑うよな」

余りにも普通な対応に幸村は少し違和感を覚えた。(これみようがしに、敵情視察されるかと思ったけど…少しひょうし抜けだな。単に気が弱いだけなのか?)不意に浮かぶ思いを巡らせながら、問題の南を見遣れば、相変わらず人の良さそうな表情でそこにいる。

幸村は、溜め息一つ吐いて(まぁ…本人に聞いた方が早いだろうな〜)と判断し、彼の人へ疑問の言葉を投げかけた。

「なぁ…何で南は、敵情視察とか…探り入れたりしないんだ?それとも、そうとう余裕あるわけ?」

正直、人に物を尋ねるポーズでは無が幸村はかなりぶっきらぼうに言葉を紡いだ。

まぁ、余談ではあるのだがこの幸村と言う少年の名誉の為に言っておくが、常にこの様な態度をとるのではなく、彼の回りの心ない存在故に、疑心暗鬼ぶりが顕著に出ただけだと言う事をどうか理解していだきたい。

さて、言われた側の南はと言うと…。得に気分を害した様子も無く、普通な反応だった。
こちらが、拍子抜けするかの如く。

「いや別に余裕じゃ無けど。何となく、嫌だろうと勝手に思ったんだけど」

サラリと紡がれた言葉に、幸村はポカーンとした表情で南を見返した。

「君、そうとうお人よしだろ?」

呆れにも似た声音で南に言う幸村だが、南はやっぱり変わらない表情だった。

「だって部活じゃなく、プライベートだろ?まぁ、気軽に声をかけた俺が言うのは変かもしれないが…。腹の探り合いして部活の話何で胃痛の原因の何物でも無いしさ。だったら、しない方がいい」

さも当然と言いたそうな表情で南は幸村にそう言った。幸村は、そんな事を平然と紡ぐ南を不思議なものを見る目でみやり、言葉を紡いだ。

「チャンスだと思えば、さりげなくだろうが何だろうが機会を使うのが常套手段だ。綺麗ごとじゃ無いんじゃないの?」

南自身に高い向上心が無い訳では無い。
彼は彼なりの向上心があるし、努力だってしている。

それがよく理解できない幸村の目には、南という人物は新種の動物の様に見えた。

幸村の言葉に、南は少し戸惑いながら言葉を紡いだ。

「うーん。それは正しいと思うけど。その会話の中身が本物か否かも分からないだろ?全てを鵜呑みにする程俺も一応馬鹿じゃないし…聞いたところで、向き不向きがあるんだから、プライベートまで侵害するつもりは俺は無いな。それが幸村の言う綺麗事でもな」

つくろう訳でも無く、ただ心底そう思うであろう南の言葉は何故だか今度は幸村の心に浸み込んでいった。

(こんな奴の側に居たら居心地がよいんだろうな〜)

いわば敵であるその人物に、幸村は知らず知らずの内に和まされて居た。
南は別に何かをする訳では無い。

ただ、幸村の話を聞き…それに正直に答えるだけ。
ごく普通の友人同士の語らいの様に。

(友達になれば…もっと和むんだろうな…でも、先までのやり取りだしな難しいか?)

「なー。南俺と友達にならないかい?」

「え?あまり俺好かれてないイメージだったんだけど。良いのか?」

「別に嫌いじゃないよ。嫌いならここまで話さないし。南こそ俺の事嫌なんじゃないのか?」

「そっか。なら、俺は何ら問題ないぞ。千石曰く地味らしいんだけど、それでよければこちらこそお願いするよ」

スッと差し出された手を幸村は迷い無く取った。
この日から、神の子と呼ばれる立海の幸村と地味sと呼ばれる南との、傍から見ると不思議な友人関係が始まったのである。


たまたま、出会った出会いから…幸村が病気で入院した現在に至るまで不思議なこの友人関係は続いている。

入院中の幸村は、自分にとって平凡である事…ありふれた日常が何より大切である事が、あらためて南という友人を通して実感していた。故に、上手く動かない自分に腹が立ち、チームメートで友人でもある真田や柳にイライラをぶつける事があっても、不思議と南に対しては穏やかでいられる自分に幸村は不思議さとどこか納得のいく気持ちになっていた。

それは、チームメートやその他のテニスに関わる人間が無意識に、幸村に求める今までと変わらない力を…南健太郎と言う人物は気にすることも無く…幸村精市一個人として接する所為かもしれない。

別段、真田や柳と言う仲間達が悪いわけでも無い…ただ、南と言う人物の持つ性質と言うか雰囲気と言うか人柄と言う言葉で表すと難しいものと、程良い距離感が成せるのかもしれない。

雪の女王の氷を溶かしたのは、ゲルダの涙だったように…ありふれた平凡と呼ばれ地味と言われた南と言う存在が幸村に影響を及ぼしたのは言うまでもない現実だった。

(南に出会って無かったら俺はもっと周りに当たり散らしていたんだろうか?)

病院のベットの上で幸村が不意に浮かぶのはそんな思い。

自分に厳しい故に他人にも厳しい自分の、現在おかれている現状を…南に会う前の自分ならきっと理不尽な怒りで自分も他人も家族も傷つけたのでは無いのか?と幸村は常に思っていた。

(偶然にあそこで南出会っていたから…今の俺がいるんだろうな〜。そんなこと南に言ったら、全力で否定しそうだ)

何処までも謙虚な少し不思議な友人を思い出して、幸村はほくそ笑む。
そこに…。

「何だ幸村ご機嫌だな〜」

のんびりとした口調で、幸村に声をかけてくるその声はつい最近まで思い出に浸っていたその人物。南健太郎だった。

「ん?ああ。南に初めて会った日の事を思い出してたんだ」

やんわりとした口調で、幸村は南に返す。

「ああ。スポーツ店で会った日のやつか」

「そうそう。結構失礼だった俺に南は気にした様子が無かった出会いの事をね」

「いやそんなに、失礼でも無いけどな」

思い返すように、南は首を傾げてから何でもないように言葉を紡ぐ。
幸村は、想像通りの南の対応に小さく笑みを零した。

(本当にお人よしというか、心根が良い奴というか…心広いよな南)

「そんな風に言うのは南ぐらいだよ。普通は気を悪くするとか…イメージは限りなく悪い。何せ俺が南の立場だったら、今の関係は皆無に等しい」

「そうか?別にそんなに幸村が思うより良い奴じゃ無いぞ俺。と言うか、俺の周りはあくが強い奴が多いから耐性があるんじゃないかな?監督が狸爺だし…不良はいるしな。だから、幸村の態度は別に気にならないぞ」

悟りを開いた人間の様に、南はさも当たり前の様に当たり前じゃない言葉と比較する。

(南の環境もそうだけど、南の本質が基本良い奴なんだろうな)

「そういう所が南の良いところなんだろうね。南がそう思わなくても俺がそう思ってるからいいんだよ」

「そうか?」

「そう。まぁ南はあんまり気にしなくていい。きっとそういう場の雰囲気とか、南の気質の問題だしさ。何というか、ただそこに居てくれる事。当たり前の事が大事なんだって、南に出会って気がついたきがするから…まぁ俺が勝手に南をそう思うだけだよ」

「そうか?俺は特に何かした覚えないんだけど」

「ふふふ。そう言う所が俺からすると有難いと思うんだ」

「まぁ。幸村がそう言うなら俺は別に問題無いけど」

「南は変わらないでそのまま居てほしい…まぁ変わってもきっと器用範囲内だしね」

「はははは」

「まぁ…こうやって上手くテニスができない不自由な身になって痛感した。ありふれた日常…当たり前の時間…どんな慰めの言葉よりも、今までと変わらずに接してくれる南の様な存在や雰囲気が一番有難い」

言葉を一旦区切り、そして小さく息を吐き幸村は言葉を続けた。

「正直周りもどう接していいのか分からないし、腫れもに触るみたいになるのも仕方が無いけど。それでも、当たり前のように普通でいてほしいと無理でも願ってしまうんだ。そんな俺にとって南の存在は本当に有難いよ。南は気がつかなくても…無意識でも…その普通のやりとりが、俺にとって無言の親切に感じるほど嬉しいんだ」

告白ともとれそうな…口説き文句に似た言葉を紡ぐ、幸村の言葉に南は少し目を瞬かせてから何時もの人のよさそうな顔で幸村を見た。

「ん?難しいことは分からないけど…今までの俺とお前で居ることが、幸村の為になるってことでいいのかな?」

「そうなるね」

「そっか。なら今まで通りでいいてことだよな。変われって言われても難しいけど」

晴れやかに言う南に、幸村は(これからの関係もきっと、凡庸でありふれた…それでいて優しい空間であるだろう)そんな風に思いながら深く頷いた。

ある日突然体が動かなくなって

ある日突然出来たことが出来なくなって

日常にテニスに…様々な当たり前

平凡が一番大事だって思い知らされた

そう穏やかな日々と言う当たり前が…

そして思い知る

無音の様に染み入る空気にも等しい

無言の親切の有難味を…

おわし

2010.11.18. From:Koumi Sunohara

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