−どんぐり−






薬の香りが少しだけ香病室に、吹き抜ける風は、白いカーテンをサワサワ揺らしサイドテーブルに無造作に置かれていた木の実や、花瓶の花が微かに揺れた。

そんな個室の病室に佇むは二人。
線の細い少年と明らかに元気そうな少年が其処に居る。
線の細い少年は、やはりというかベットの上に居り、元気な少年は揺れる木の実を弄っていた。

そんな少年の様子に線の細い方の少年コト幸村精市は、元気な少年コト…彼の後輩に当たる切原赤也を見て微かに笑みを漏らした。
笑いを漏らした事に気が付いた元気少年切原は、不思議そうに幸村の顔を覗き込んだ。


「何笑ってるんスカ幸村部長」


小首を傾げて、尋ねる仕草は普段の小生意気な態度とは違い年相応に見え…幸村の笑いをさらに誘った。
だが、笑ってばかりもいられない幸村は笑いを少しやり過ごし切原に返す為に言葉を紡ぐ。


「いやね…“どんぐり”と戯れている赤也の姿何て、普段見れないしね。そんな仕草をとられたら…赤也にも可愛らしい一面が有ったんだなぁ〜と思ってね」


幸村はどんぐりを弄っている切原に向かってそう口にする。
実は切原は風に微かに揺れる木の実コトどんぐりを、駒の様に回して遊んでいたのである。


「俺的には幸村部長とどんぐりって言う組み合わせの方がよっぽど不思議でスけどね」


ドングリを掴んで切原は言う。
幸村は「そうかな?」と柔らかな口調で切原に返すと切原はニヤリと笑って言葉を紡ぐ。


「だってこの病院にドングリの木何て生えて無いス。だから幸村部長の病室にどんぐりは不思議なんスよ」


得意気に切原は幸村に返した。


「確かに、ここの病院には無いけど。誰かがくれたかもしれないよ赤也」


「まぁそう何ですけどね。でもココに居る子も遊び場は病院内ですしね…先輩方が持ってくるわけもないし…。そう考えると出所が不思議だなぁ〜って俺は思うわけスよ」


「成程ね〜」


「で…誰が持って来たんです?」


「友達だよ。赤也も知ってるかもしれないよ…南健太郎って言うんだけど…」


「南さん?」


「山吹の部長で…ダブルスの全国区プレーヤーだよ」


「…ああ山吹の」


成程と相槌を打つ切原に「本当は知らないんだろ?」と言ってやれば、「いやはや」と乾いた笑いと共にそんな言葉が返ってくる。
調子の良い切原の態度に幸村は、溜息混じりに言葉を紡ぐ。


「そうも言ってられないよ赤也。来年…再来年はお前が立海を担っていくのだから」


“知っていて損は無いよ”とやんわりと付け足して幸村は言う。


「ははは肝に免じておくス」


肝に免じなさそうな口ぶりの切原を取りあえず見なかった事にして、幸村は木の実を貰った経緯を交えて南の話しをし始めたのだった。

人となりや、テニスのプレースタイルの事や地味に山菜採りや薬草に詳しい事など…。
人への評価が優しいそうに見えて割と厳しい幸村がべた褒めする内容だった。

切原はそれ黙って聞きながら(そんな奴居るスカねぇ〜。幸村部長は人が良いから)と思いながらも、幸村が楽しそうに話すので切原は言葉を飲み込み、「凄いんですねぇ〜」と当たり障りのない言葉で相槌を打っていたのである。






それからしばらく経った時だった…。

コンコン。

控えめにドアをノックする音が響く幸村は、「どうぞ」と短い返答を返した。
ノックの主は先程まで話題にあがっていた南だった。

南は「外結構風キツイよな〜まいちゃうよ」と外の様子を漏らしながら、ドアを潜った。
そして…中に幸村以外に人が居る事に気が付いた南は「悪い…出直す」ばつ悪そうに、小さな声でそう漏らすとクルリと踵返した。
そんな来訪者に幸村は慌てたように声をかけた。


「待って南。後輩だから気にしなくて良いよ」


「そうか悪い。すぐに帰るから」


「だから気にしなくて良いよ。もしかして、アレを持ってきてくれたのかい?」


「ああ。そろそろ無くなると思ってな…持ってきたぜ。後、迷惑かも知れないけど…オプション付きでさ」


そう言うと南は紙袋を示してそう言った。
南の言葉に「イヤイヤ南の持ってくるお土産は、ココに居る子達にも人気なんだ嬉しいよ」と幸村は笑顔で答える。

その言葉に場の空気も見事に和む。
和むムードに切原一人が観察するように、南を見ていた。


(ふーん。大した事無さそうな奴…しかも偽善者面…)


そう思った切原は幸村と和気藹々に会話を弾ませる南に向かって言葉を紡いだ。


「ねぇ南さんって言うんだって?」


「ああ。君は切原君だってよな、ヨロシク」


スポーツマンらしく、握手を求める南。
そんな南を皮肉な笑いを浮かべ「俺ヨロシクするつもり無いんで。結構スよ南さん」差し出された手を無視して切原は言う。南は苦笑を浮かべ出した手を引っ込めた。


「それにさぁ〜…アンタもテニスするんでしょ。だったら、幸村部長の病気治って欲しく無いじゃないの?偽善者面しちゃって感じ悪いんだよね」


初対面にして切原の失礼な物言いに、南は気にした様子も無くさも当然に言葉を返した。
「完治するにこした事は無いだろ?」と…。
そんな南の言葉に盛大に顔を顰める切原。
南は、失礼な態度の切原に少しだけ肩を竦めてみせてから、言葉を再度続けた。


「そんな疑わしい顔するなよ…まぁ他校生だしな…俺。切原君がそう思うのは仕方がないかもしれないが。でもな、友達が病気や怪我をしたなら…早く治って欲しいと思うのは当たり前だと俺は思うんだよ」


言葉はまるで語りかけるように紡がれた。
そんな南の言葉を鼻で笑った切原は、「どうだか。口ではきれい事言えるんじゃ無いの?」と言い下からギロリと睨みつける様に南を見た。

鋭い眼光で南を見る切原に、(そんなに、信じられないかな…俺って?)と思い南は苦笑を浮かべる。
流石に険悪すぎる空気に、幸村が間に入ってきた。


「赤也。南に失礼だろ」


少しキツイ口調で幸村は切原を窘める。
切原は幸村の注意に少しバツ悪そうに肩を竦めるだけ。

幸村はそんな切原に益々、表情を険しくさせた。
南は珍しい幸村の険しい表情に驚きながら、幸村に言葉をかけた。


「良いさ。大して気にしてないから」


南はパタパタ手を振って、幸村に何でもないとアピールするが…。
そんなことで納得する幸村では無く…厳しい表情のままで、南に言葉を返した。


「でも此方が悪い。後輩の躾が成ってないと責められても…仕方がないくらい…非礼を働いてるんだから」


「だから気にするなって…まぁ気にするなって言うは無理かもしれないけど。幸村が気に病む事じゃない無いよ」


“第一…切原君は、幸村を思ってこそ…俺にそう言ったんだろうしさ”と付け足して幸村を宥めるように言った。


「だが…非礼には変り無いよ」


幸村は目を反らさずに、真っ直ぐ南を見てそう言い切る。
南は譲らない幸村に小さく苦笑を漏らしながら言葉を紡ぐ。


「あのなぁ〜確かに非礼だけど…俺が取りあえず良いって言ってるしさ…。考え方変えれば、先輩想いの後輩の言葉だと思えば、聞き流せるし…あんまり自分を責めるなよ」


「でもアレは失礼だ」


「非が有ると言うなら、俺の方にだった有る。良く思われない…その事を想定していれば、時間をずらす事だって可能だった。でもしなかった俺にも非が有るってもんだ」


「南は悪くないよ。でも、そう言ってくれると俺も助かるよ」





幸村に怒られた切原は大人しく座って、どんぐりをサイドテーブルで転がしていた。
内心は未だ南への不信感が拭えず、幸村に何か有ればすぐにでも攻撃してやろうと臨戦態勢万全で…。

実際の所はそんな事も起こる筈も無いのだが、切原は本気だった。
そんな事を思われてる何て知らない南と幸村は切原抜きで、持ってきた紙袋の中身の事や部活や学校での出来事…何気ない事などで話しに花を咲かせた。


「悪かったな。折角部活の後輩来てるときに邪魔しちまって」


「ボクの方こそ…南に気分を害する事ばっかりだったろ。ボクの方がスマナイと思ってるし…来てくれて本当に嬉しいよ」


「そう言って貰えると、俺も気が楽になるよ幸村」


ホッとした表情で南が言えば、幸村も同じ表情で南を見返した。


「それを言うならボクの方がそう思うよ南」


「お互い様って訳か」


「そうだね」


言いながら南と幸村は笑い合う。
そして…不意に視界に入った掛け時計の時間を見た、南が思い出したように言葉を漏らした。


「じゃー、また何か有ったら幸村の所に持っていくからな」


そう明るく言うと、南は切原に「邪魔して悪かったな」と謝罪の言葉を述べ幸村の病室を後にしたのだった。



南が去って行く後ろ姿を見送りながら、幸村は…(あえて病室と言わ無い所が南の優しい所だな)と南の言葉に優しさを感じていた。
それと同時に、切原の南に対する棘の有る態度に(どうしたものだろう?)と思いが膨らむ。

幸村の悩みとは裏腹に問題の切原は、何処吹く風といった様子で南が持ってきた袋を物色したり、椅子を揺らしたり…呑気にリラックスしている。
そんな切原を見た幸村は小さな溜息を漏らす。


(悪気が無いと言うのも…考え物だな。相手が南だったから事が荒事にはならなかったが…。少し話し合った方が良いな…)


そう考えるた幸村は来客用の椅子をガタガタ揺らす切原に声をかけた。
その声は少し、不機嫌そうな色合いを見せていたが…応じる切原は気にした様子もなく何時もの調子で幸村に返事を返した。
横目でそんな切原に内心少し呆れつつ、幸村は言葉を紡ぐ。


「何スか?じゃないだろ赤也。南に対する態度…。あれは褒められたものじゃ無いよ」


幼子に言い聞かせる口調で紡がれる言葉に、切原は肩を竦めて幸村に言葉を返した。


「そうスかねぇ〜。俺は失礼な事したつもりはまったく無いんスけどね」



幸村の言葉にも悪びれる様子もない切原に、幸村の眉間に皺が寄る。


「赤也」


声のトーンを一段階くらい落として、幸村が再度切原の名を呼ぶ。
すると、流石に幸村の機嫌が宜しくない事に気が付いて、ばつ悪そうに言葉を紡ぐ。


「今までだって、良いこと言っておきながら…影で嫌味な奴ら多かったじゃないスか」


幸村は赤也の言い分に「だからって、全員が全員そうとは言えないだろ」とやんわり釘を刺す。


「南は少なくとも、赤也の言う人達と同じじゃ無いよ」


「それこそ正に、どうして言い切れるんスカ?」


納得いかないと言った感じで、切原は幸村にそう言う。

幸村はそんな切原から視線を一旦外し、先程南が持ってきた袋を示して「この水は、何処で汲まれている知ってるかい?」とやんわりと尋ねた。
切原その問いに迷わず「山の中ですかね」と答えを返した。
切原の答えを待っていた幸村は、その言葉を聞いて正解の言葉を紡いだ。


「山奥だよ。それはもう険しい山の中…熊も出るかもしれない所だよ」


「勝手にやってるんでしょ」


馬鹿にした口調で切原は、そう返す。


「そう…赤也に言わせれば勝手にやってくれた事だよ」


切原の言葉に幸村はそう言い返して、一旦言葉を切った。
そして、再び切原に言う。


「でもね、ボクは南にとって他校生で…倒すべき相手だよ。それでも南は、そうでは無く…一個人として見てくれて、体に良いと分かれば山菜や薬草…水とかをわざわざ採りに行ってくれる。しかも自主的にだ…。そんな相手は南以外にボクは知らない」


迷いもなく言い切る言葉に、切原は眉を寄せた。


「確かに南さんは凄いかもしれないスけど…会ってすぐなって分かる筈無いじゃないスか。第一俺は…」


先程までの荒々しさは何処へやら、切原の言葉の力は少し弱くなっていた。
切原が言い終る言葉を遮るように、幸村は言葉を挟んだ。


「赤也が心配してくれるのは嬉しいよ。だけどね、ボクの友人に対する赤也の態度は褒められない。それは分かるよね。それにね赤也…恩着せがましく無く、他人に優しくできたり出来るかい?南のさりげない優しさは一番難しい事なんだよ赤也。それを…お前には出来るかい?」


「それは…」


幸村の言葉に赤也は歯切れ悪そうに口をゴモゴモと動かした。
そして、かなりの小さな声で“出来ないス”と呟いた。


「だったら分かるよね赤也…。悪いことをした…そう思うのなら、追いかければ良いよ。南はきっと受け止めてくれるから」


南の出て行った入り口を示して、幸村が切原に言う。
切原は幸村とドアを見比べて、少し難しい顔をした。
それから…ややしばらく俯きながら考えていた切原が弾かれたように顔を上げると…。


「俺…南さんに謝ってくるス…」


“幸村部長がイヤな奴だって勘違いされたらイヤだから行くんスからね”と素直じゃない言葉を付け足して切原は幸村に言うと幸村の反応を待たずに、南を追うようにその場を後にした。
素直じゃないにしても、珍しく詫びを言いに走って行った切原を幸村は目を細めて見送った。

そして…。


「南の存在が赤也にとって良い影響を受けれれば…ボクの心配も減るのだけどね」


誰に言う訳でも無く、幸村はそんな言葉を紡いでいた。


無機質な空間を暖かく彩るように、小さな木の実は控えめにそこに在る。

まるで、コレを持ってきてくれた彼人の様に…。

何だか暖かさを帯びているようだった。

END

2004.3.18. From:Koumi Sunohara



★後書きと言う名の言い訳★
すのはらの色眼鏡フィルター全開な幸村さんと赤也君+南でした。
スランプ中で…何やらおかしな話しですが…。
ありそうで無い…南ちゃんの交友関係を書きたかったんですが…幸村さんも部長ですし…きっと仲がよいかなぁ〜って。
後…何となく、赤也は身内には甘いが敵には厳しいのでは?と思い書いてみたんですが…。
南が目立たなかった…有る意味彼が主役なのに…。
書き事が上手くまとまっていない様な気もかなりしますが…でも楽しんでくださった方が居れば…報われますがね。
こんなお話に付き合ってくださり有り難うございました。


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