山登り




サワサワとそよぐ風は、木々の間を抜けゆく。
風は土の香りや草花…木々の臭いを纏わせてフワリと香る。
ここは、関東の何処かの山の中。
厳密に言えば、登山道から離れた…渓流釣りのポイントに向かう山道である。

そんな山の中に、山菜採りルックをした一人の若者が居る。
名を、南健太郎と言う。
言わずと知れた、山吹テニス部の部長さんである。
何故南が山に居るかと言うと…。
事の起こりは数日前の部活中に遡るのだが…。

回想-----

部活も終わり、珍しく明日の休日は練習も無く南は少しばかり浮かれていた。
理由は、休日利用して
早々に帰ろう…。
そんな矢先だった…。

「南君」

顧問の伴田が帰り支度の整えた南に声をかけた。
南は内心(嗚呼…早く帰りたいのになぁ〜)などと思いつつも、伴田の呼びかけに応えた。

「何ですか?」

普段通りの応対に、伴田も普段と変わらない人の食えない笑みを浮かべ言葉を紡いできた。

「今度の休みに、山菜を採りに行くと訊いたのですが…本当ですか?」

「はぁ…ええ本当ですが」

心の中では(何で知ってるんだよ伴爺…)とかなり不信に思いつつも南は、取りあえず伴田に答えを返した。
伴田はその答えに満足そうに頷きながら、ニマニマ笑って言葉を紡ぐ。

「良かったら良い場所お教えしましょうと思いましてね」

「良い場所ですか?」

怪訝そうな顔で南は、伴田を見返す。

(普通穴場とか…人に教えたりしないよなぁ〜…でも本当に穴場を教えてくれるのなら…美味しい話しだよなぁ〜)

真意の読めぬ顧問の様子に南は益々困惑と怪訝とした表情を強くした。
そんな南の葛藤などさして気にした様子もなく、伴田は畳みかけるように言葉を紡ぐ。

「穴場ですよ」

「ですが…穴場って普通人には教えないものでは…」

あまりの美味しい話しに南は、遂に確信の言葉を伴田に投げかけた。
対する伴田は、焦ることなく何時も調子を崩すことは無かった。

「良いんです、私も年ですね。ちょっとしたお願いもしたいですし…。ああ危険の事については…大丈夫ですよ。この時期は熊でませんし…渓流釣りで有名な場所でも有りますから」

南の言葉に地味に気になる言葉を紡ぎながら、伴田はそう言い切った。

「この時期はって…」

少し顔を引きつらせて、南は伴田を見るが…相変わらずの食えない表情で南を見つめ返した。
そして…。

「山ですからね」

伴田は顔色変えずにサラリと南に言葉を返す。

(その一言で終るのか…その一言で…)

ゲンナリした気分で南は思う。

「ですが山菜は沢山採れますよ。第一山には」

「そうですね…そうですよね。分かりました、俺そのお薦めの山に行くことにします」

南は意を決して伴田にそう言葉を返した。
どうやら南は腹を括ることにしたらしい。
その様子を伴田はニンマリと笑顔を南に向けると、どこからか取り出したやや大きめの荷物を南に差し出して…言葉を紡いできた。

「南君ならそう言ってくれると思っていましたよ。では、この登山用具をあげましょう…勿論熊除けグッツも入ってますので安心して下さいね」

“紙に記した薬草を摘んできてくれれば問題有りませんからね”と付け足してそう言った。
かなり容姿周到すぎる伴田に、南は苦笑を浮かべたが…。
しっかり伴田から荷物と問題の薬草を記した紙を受け取る。

「では、南君道中気をつけてくださいね」

そう言うと伴田は、早々と校舎の中に消えていった。
南はと言うと…。

「沢山取ったら保存用にしようかな…」

などと…ちょっぴり山菜採りに思いを馳せていたのであった。

回想終了-----



(だからって薬草採取してこい何て伴爺も酷いよなぁ)

南は山に来た経緯を思い出して、はぁ〜と大きな溜息と共にそんな事を心の中で思った。

「それにしたって…こんな薬草本当に有るのかよ〜」

伴田から受け渡された薬草を示す紙を眺めながら、途方にくれたように南は言葉を漏らした。
愚痴を紡ぎながらも、南は草むらを覗きこんだりして薬草を探しながら山菜採りに励んでいた。
ちなみに…あくまで薬草採りは、南にとってついでである。
そんな感じで南は薬草探しに精を出していたのだ。

薬草探しをしている彼の元に…草がやツタなどをかき分ける音が風に乗って南の耳に不意に入った。

(何だ?小動物か何か?)

呑気にそんな事を考えながら、南は顔を上げる事無く草むらなどをガサガサ探る。
その時だった…。

「南…か?」

不意にかけられた声に南は顔を上げ、声の方に向いた。
其処には、想像もしていない人物が南の方をジーッと見ていたのだった。

「…え…手塚?」

声の主である手塚を視野に入れた南は、驚きの声でそう相手に返した。
(何でまた…こんな場所に居るんだ?)と思いながら南は、手塚に再び声をかけた。

「手塚の格好からすると…登山か…」

南は手塚の頭の先からつま先まで眺め手塚の格好を見てそう口にする。
そんなに高い山では無いのにも関わらず、手塚は大きなリュックサックに登山用の靴等…登山に欠かせない装備をしている。
よっぽどの大ボケじゃ無い限りは一目で登山だと分かる格好である。

そして尋ねられた手塚は、コクリと首を縦に振り肯定の意味を示した後言葉を紡いだ。

「ああ。部活も休みでな…。それにしても南、山は実に良いぞ…普段の疲れを癒してくれる」

かなりご満悦風に手塚は南に言葉を返す。
南はそんな手塚の意外な一面を見ながら曖昧に手塚に頷き返す。

(ヤケに今日はよくしゃべるなぁ〜…。そう言えば…趣味は登山だったか…よっぽど山が好きなんだなぁ〜)

心の中で少し呆けた事を考えながら…。
手塚も又、南の格好を眺め…少し考えた様な仕草をして手塚は言葉を紡ぐ。

「南は…山菜採りと言った所か…」

「メインはそうだな。でも…頼まれ事も有ってさ」

頷きながらも南は、少し言葉を濁すようにそう口にする。
手塚はそんな南に訝しそうに、少し眉を寄せて南を見返した。

「頼まれ事か…何か面倒なことでも頼まれたのか?」

眉間に皺を寄せたままの手塚が南にそう尋ねた。
南はそんな手塚に小さな苦笑を浮かべて言葉を紡ぐ。

「いや…伴爺に薬草採りを頼まれたんだけど…」

言葉を紡ぎながらペラリと紙を見せる南。
ちなみに見せた紙には、伴田直筆のイラストが描かれている…のだが…。
水墨画調なのか…描いている最中にお茶でも零したのか…はたまた…元々の画力が無かったのか…。
その辺は定かでは無いが、紙の上にはお世辞にも上手いとは言いにくいイラストが有るばかり。
それを通常より、眉間の皺を盛大に寄せて眺めていた手塚が何かを思いついたように口を開いた。

「何だ、アレでは無いか」

山菜採りをよくする南ですら、伴田の描いたイラストは不可思議な図にしか見えないのに手塚は意味不明な絵図を見て一人納得気味にそう呟いた。
南はそんな手塚を不思議そうに眺めた。

(アレ?って何なんだ…手塚には分かるのか?俺はあの絵は理解出来なかったのだが…山の男は違うのか?)

かなり混乱気味に、南は思う。
そんな南お構いなしに、手塚は一人でブツブツと言葉を呟きながら何やら考えている様子。
南は益々見慣れない手塚の姿に困惑したのである。

しばらく…「あーでも無い」…「こーでも無い」…と思案していた手塚が、思い立ったように言葉を紡できた。

「口で言うには、難しいな。よっし!俺がそのポイントまで南…お前を連れて行くことにしよう」

“さぁこっちだ”と言いながら歩く手塚。
南は自信満々の山の男と化した手塚の気迫に押されつつ、半信半疑で手塚の後ろを着いていった。
山道の歩きずらさをものともせず、手塚はズンズンと進んでゆく。
南も割と山菜採りにやって来ることが多いので、わりかし歩き馴れては居るが…手塚の

(凄いな…かなり山を熟知してる感じだな…)

ぼんやり手塚の背中を眺めながら南はぼんやり思う。
しばらく、沈黙が二人の間に流れていた頃だった…。

「黙々と歩いていても、味気無いな」

不意に手塚がクルリと振り返りそんな言葉を南に言ってきたのである。
南は始め手塚が何を言っているのか理解できず、困惑気に手塚を見返す。

「時期では無いが、この辺は熊も出る…。熊よけの鈴などはお互い付けているし装備はしているが…さらに危険度を下げるには、人の話し声も有効だ。」

「ああ…そうだな…熊出たら困るしな。…それに親睦も深められるし一石二鳥だしな」

そう言う訳で、南と手塚は熊よけを兼ねて話すことになったのだった。

話しのネタが無いと思っていたが、二人は意外に話が弾んだ。
山菜の事や山のことなど…。
ネタはかなり、テニスとは異なる内容であったが。

その御陰か知れないが…割と早く山菜と薬草を採り終え、南と手塚は無事に下山した。

(ただ者じゃ無いと思ったけど、流石だよなぁ。テニスだけじゃなくて、山菜や薬草にも詳しいんだもんな…やっぱり手塚って凄いよな〜)

(こんな所で山仲間が出来るとは思わなかったな…。休みが会うときにでも、今度は南を誘って別な山に行くとしよう)

互いにそんな呆けた事を心の中で思いつつ、別々に家路に着いたのだった。


また山で手塚と南が出会うのは、さしても遠い話では無いのかもしれない。

END

2004.2.17. From:Koumi Sunohara


★後書きという名の言い訳★
手塚と南である日の休日のお話でした。
どうなんでしょう?
手塚+南もしかして、ありそうで無い組み合わせなのだろうか?
私的には有りかなぁ〜とか思うんですけどね。
あんまり見ないんですよね。
何でだろう?

えっと…コレ書いてるのと同時進行に…。
ドリームの方で、シリアスな手塚を執筆中なだけに…かなりギャップが激しいですが…本人楽しく書けたつもりです。
ん〜楽しんで貰えたかは…別な話ですけどね。
兎も角、こんな話しにおつき合い頂き有り難う御座いました。


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