【たんぽぽ】




ある晴れた放課後。
白ランに埋め尽くされた学園内には、珍しい正統派の黒の詰め襟の学生服を着用した生徒…大石が一人山吹の校内に佇んでいた。
そんな珍しい来訪者に山吹一の動体視力の持ち主の千石が帰り際に気が付いた。

「あれ〜っ。青学の大石君じゃない」

社交性が長けている千石は当たり前のように、大石に声をかけた。
かけられた大石は戸惑いながらも、千石に笑顔を向けて軽い挨拶をした。
それに気を良くした千石は大石にココに来た理由を聞くべく言葉を紡ぐ。

「今日ってウチの部休みだけど。何か用でも有るのかい?まぁ南ちゃんは残ってるけどね」

「別に偵察じゃ無いよ。南に書類を渡しにきただけだしね」

「大変だね。でもソレって部長の手塚君のお仕事じゃないの?」

「まぁ…そうなんだけど。手塚は生徒会の仕事でどうしても手が離せないからね.。俺が代理で来たんだ」

「南ちゃんなら部室に居るよ。部活無いのによく働くよね感心感心」

大石にそう返しながら、千石は何かを思いついたのかニヤリと笑みを作った。
そして…「気が変わった」と突然脈略のない言葉を吐き出した。

「へ?」

「大石君を南ちゃんの所に送ってから向かうから大丈夫だよ」

「悪いな千石」

明るく言う千石に大石は申し訳なさそうにそう言った。

「良いの良いの気にしないで、俺がそうしたいだけだからさ」

ニッと楽しげな笑みを浮かべて千石は大石にそう言うと、大石の腕をグイグイ引っ張って部室へと歩き出した。



何処の学校も大して変わらない作りの部室の前に足を止めた千石は、クルリと後ろに居る大石の方に振り返る。

「じゃーん!我らが山吹テニス部の部室です。ようこそ大石君」

ババーンと言う効果音が出てそうな雰囲気で、千石はそう言った。
かなりテンションが高い千石に、大石はかなり圧倒されていた。

「ご丁寧にどうも」

やっと言葉に出てきたのは、そんな社交辞令の言葉。
千石は大石の様子に漏れそうになる笑いを噛み殺して言葉を紡ぐ。

「畏まらなくても良いって。気楽に気楽にね」

そんな風に言う千石に大石は乾いた笑いをするばかりである。
呆気にとられてる大石を無視して千石は「大石君ちょっと待ってね」と言うと千石は、部室のドアのノブに手をかけた。

「みーなーみ!生きてる?」

ガバッとノックも無しに千石はそんな言葉を吐きながら部室に顔を覗かせた。
生きてる?と尋ねられた部屋の主南は千石の何時もの調子に苦笑を浮かべて千石を見た。

「勝手に殺すなよ。生きてるに決まってるだろ」

呆れた様に呟く南に千石は「メンゴ」と悪びれる事無く謝罪の言葉を述べた。
そんな千石の相変わらずの調子に「ったく反省して無いくせに良く言うよ」と諦めに似た言葉を言いながら、南はとある疑問を過ぎらせた。

(あれ?千石は今日用事があるって言っていなかったか?)

不意に過ぎるそんな思い。
南はその疑問を千石に尋ねるべく言葉を紡ぐ。

「それよりどうしたんだ?今日は町内の福引きの日だから俺を待たずに帰るって言っていただろ」

不思議そうに南は首を捻りながら、千石にそう言う。

珍しく部活の無い今日、千石は福引きに行くと南に公言していたのだ。
それを知っている南は、千石の行動はとても不可思議なものに映ったようで…かなり困惑した様子だった。
困惑気味の南に千石は(そんなに不思議がらなくても良いのになぁ〜)などと思いながら、当初の目的を達成させるべく口を開いた。

「言っていたんだけどね…まだ時間も有ったし…それに南にお客さんを連れてくるという任務が急に入ったから寄ったんだよ」

苦笑混じりに紡がれる言葉に(客?…俺に客?)と南は思いながら、記憶の片隅を探り思い当たる事柄を探り出す。
そして…。

「客?ああ青学の手塚が来るって言っていたアレか」

手をポンと叩き納得気味に南が千石に言うと千石は曖昧に笑うばかり。
それを幾分不信に思いながら南は、「その客は外で待ちぼうけは無いんじゃないのか?」と言葉を紡げば…千石は読めない表情のままドアを開け放った。
何も言わない千石に(何を企んでいるのやら)と心で溜息を吐きながら
南にとって意外な人物が目に入った。
其処には手塚ではなく、好敵手の大石の姿…。

「あれ?大石」

思いもよらなかった来訪者に南は思わず呆けてしまった。

「手塚じゃなくてゴメン。実は手塚の代理で来たんだけど…連絡入れれば良かったな」

苦笑を浮かべそんな言葉を紡ぐ大石に南は手をパタパタさせて「イヤ…こちっこそ確認せずに悪かったな」と大石に返す。

「ちょっと抜けられ無い仕事が急に入ってしまって。手塚もスマナイって伝えてくれって言っていたよ」

「ああ生徒会か…手塚も相変わらず忙しいんだな。別に気にするな、仕事じゃ仕方がないんだしな」

ニッと笑って南は気さくにそう答える。
そこに茶々を入れたと言うか…口を挟んだのは相変わらず千石で…。

「何だ南ちゃん手塚君が会長さんだってコト知ってたの」

驚いた様に言う千石に苦笑を浮かべ答えつつ、南は目に入った時計の時間を見て千石に疑問をまたまたぶつける。

「まぁ…有名な話しだしな。…それより千石時間大丈夫か?」

「時間?」

呆けたようにキョトンとした千石が南を見返しながら、言葉を反復させた。
南は、ヤレヤレと肩を竦めて言葉を紡ぐ。

「福引きの時間だよ。結構微妙な時間じゃないのか?」

時計を指し示して南が千石に言うと千石は、時計を見ると慌てたように目を軽く見開いた。

「あそうだったよ!サンキュー南ちゃん。ラッキーパワーで町内のくじ引きで良いモン当ててくるから、明日楽しみしててよね」

そう言い切ると千石は嵐のような勢いで部室を後にしたのだった。

「大石…騒がしくてスマン」

「大丈夫そんなに気にならないから」

南と大石はそんな千石を何とも言えない表情で見守ったのだった。





手塚の代理として、大石は南に頼まれたもの渡し南もまた手塚に渡す手はずの書類等を大石に渡した。
その後色々書類の話しや、他愛もない話をしていた。
そして南は大石のために何やらお茶を出そうと部室内の棚に足を向けている時不意に大石が言葉を紡いだ。

「なぁ〜南」

自分の呼ぶ声に南は一瞬視線を大石の方に向け…。

「ん?何だ大石」

南は作業をしながら、声だけ短く大石に返した。
その反応に大石はしばし沈黙の後、何かを南に伝えるべく再び口を開いた。

「言いにくいんだけど…胃の調子って良い方のなのか?」

それは余りにも唐突な言葉で…南は一瞬何を言われてるのか理解出来ず固まってしまったが、直ぐに大石が胃痛持ちだと言うことを思いだし…取りあえず言葉を紡ぐ。

「そう言えば大石は胃薬を常備しているんだったな」

思い出したように南がそう言うと大石は「ああ」と短く答えた。

「胃の調子?ああ悪く無いぞ」

「え?悪くないのか?」

かなり驚いた大石の言葉に南は思わず苦笑を漏らす。

(そんなに意外な事だろうか…)

ぼんやりと思いつつ…。

(ああ…成程…ストレスで胃を痛めてないか?と言っているのか…)

そんな答えを人知れず導き出した南は取りあえず大石の次の言葉を待つことにした。

「じゃー何か良い胃薬でも使っているのかい?」

大石は伺うような表情で、真剣な声音で南に疑問をぶつけてきた。

「いや…胃薬は飲んではいないが…」

そう言葉を切って南は考えながら言葉を紡ぐ。

「タンポポコーヒーって言うんだけどソレは飲んでいる」

“まぁ一概にコレの御陰だと言いにくいけどな”と付け足して南はそう大石に告げた。

「タンポポってあの道ばたに咲いているタンポポかい?」

驚きの表情で南を見ながら大石はそう言葉を紡ぐ。

「そんなに驚くなよ。“つくし”も“蕗の薹”も道ばたに咲いてるけど食べれるだろ…割と食用植物って有るんだからそんな顔するなよ」

困ったようにそう言った南の言葉に、大石は信じられないといった顔になった。

「まぁ…それはそうなんだけどね…」

あんまり納得してない口ぶりでそう呟く。

「可笑しいな…青学は野菜汁作る乾も居るし…手塚辺りも薬草とか食べれる草に詳しいからてっきり理解が有るんだと思っていたんだけど」

そうサラリと言った南の言葉に大石は益々困惑と驚きの表情を強くした。

「え?手塚?」

「山菜取りとかに山に行くと結構会うぞ」

またまたサラリと大石にとって衝撃的な言葉を紡ぐ。

「山菜取り?」

(山菜取りに…タンポポ…手塚も南も…テニス部だよな…部長って…一体?)

サラリと言う南の言葉に大石は何処をどうツッコムべきか分からず呆然と南を見た。
南は大石の様に気が付かないのか、話をドンドン進めた。こういった所は山吹生徒特有の性質なのかもしれない…。

「まぁ…山菜とか手塚とかはともかくとして…。タンポポの根って言うのは漢方にも使われていてさ…胃の調子を整えたり肝臓にも良かったり…血活性化作用とか…色々体に良い効果があるらしい。その御陰か俺は胃痛に悩まされることも無いし…至って健康体だな」

“しかもその辺に生えてるから…元でもかからないしな…経済的だぞ”とポムと手を叩きながら南はそう言葉を続けた。

「そんなに凄いのかタンポポって…?」

信じられないと言う口ぶりで大石が南に尋ねる。

「折角だし飲んでみるか?」

南はタンポポコーヒーが入っている缶を示して大石にそう尋ねた。
未だに信じられない気持ちで一杯であったが…大石は南の言葉に思わず頷いたのである。



南は自分の分と大石の分のタンポポコーヒーを淹れて、コーヒーの入ったマグカップを大石に勧めた。
マグカップの中身は、モノの名前を言われなければコーヒーと言っても何ら遜色は無いものが入っている。
不思議な程漢方のような妖しい色合いじゃない液体に(実は本当はコーヒーじゃ無いのか?)と大石を困惑させていた。

(ともかく…飲んでみれば分かることだよな…)

大石は意を決してマグカップに口をつける。
褐色の液体をコクリと飲み下す大石。

「何か不思議な感覚だな…コーヒーぽさは有るけど…それに結構飲めるね…タンポポって言う抵抗感は有ったけど…言われなければ全然分からないし…意外だよ」

タンポポコーヒーを口にした大石の感想はそんな言葉だった。
表情には不快感は見あたらない。
大石の表情と言葉を聞いた南は、ホッとした様子で大石の言葉に返答をした。

「まぁ〜な。どっちかって言うとお茶って言葉がしっくりくるかもしれないな。まぁ…色合いと言い香ばしい感じがコーヒーに似てるんだろうな〜。コーヒーじゃ眠れなくなるけど、コレだとノンカフェインだから眠れなくなるって事も無いし…ウチの太一も飲んでるぞ…見た目はコーヒーだしな。亜久津と同じもの飲んでる気になれるのが嬉しいんだと…」

「成程ね。気分的にコーヒーを連想させるって効果も有るし体に良いし良いことづくめか」

感慨深気に言葉を紡ぐ大石。
南は何か思いついたのか、ロッカーの方に足を向ける。
ゴソゴソとロッカーの中に手を入れ、南は目当てのモノを探し出す。
ロッカーを探りながら南は大石に声をかけた。

「何だったら1缶持っていくか?作り貯めしてるし…あとレシピもいるか?」

「良いのか?」

「ああ。気に入ってくれたみたいだしさ…胃薬を飲み続けてるよりは…コッチの方が体に良いだろうしさ」

南はそう言うと、自分のロッカーの中からスットックしてあるタンポポコーヒーの缶とファイルにはさんであるレシピの紙を大石に手渡しながらそう言った。
悪いなぁ〜と大石は思いながらも有り難く大石は、南から缶と紙を受け取ったのである。



宴もたけなわと言ったわけで、大石と南は山吹校門の前に立っていた。

「悪いなわざわざ来て貰ったのに、また」

「仕方がないさ…その方が効率的だしね。それにタンポポコーヒーも貰っちゃったし作り方も教えて貰ったしね」

「はははそう言って貰えると助かるな」

大石は南に軽く礼を言い、南に見送られながら大石は山吹を後にしたのだった。



帰るべく歩を進めていた大石の目に道ばたに咲くタンポポに映った。
恐らく先程まで飲んでいたり話題に上がっていた所為だろう。
しばらくタンポポを何気なく眺めていた大石だったが…。

「タンポポコーヒーか…結構美味しかったよな…体に良いし…俺も始めてみようかな…」

大石は山吹から帰る帰り道でそんな言葉をボソリと誰に言うわけでも無く呟いたのだった。



数日後-----
スコップを片手にタンポポ狩りに勤しむ大石の姿が多々目撃されたと言う。


おわし

2004.2.4. From:Koumi Sunohara




★後書きと言う名の言い訳★
【Break up!】の時と言い南ちゃんと大石君の組み合わせは好きなコンビ(?)なので今後も増えそうな予感が…。

さて、タンポポコーヒー店管理人自身は、タンポポをとってお茶にしたり…コーヒーにしたコトは有りませんが…。
よく行く漢方薬局で試飲させてらった経験が有ります。
さほどマズイものでは無いのですが、コーヒー好きの私には少し物足りなさを感じました。
でも体には良いんですよね…胃にも…肝臓にも…本当は飲んだ方が良いのですがね。
胃薬を飲む大石君や…ストレス溜まりそうな南ちゃんに本当にピッタリだと思うのですが…。

兎も角にココまで読んで下さり有り難う御座いました。


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