ばれんたいん?
バレンタインは女の子の戦場だと確かクラスメートの女子の一人が言っていた気がした。
その目力は、そんじょそこらのモブキャラなら素手で倒せそうな気迫を感じたのは揶揄では無いと俺は思う。
それと同時に、男も浮足立つ。特に千石…。
「ん〜何個今年貰えるかな〜凄く楽しみ♪」
普段から緩んでいる顔を二割増ぐらいに緩めて夢見心地にそう口にする。
軽薄な態度さえ改めれば、確実にチョコの量が量産可能だと思う我らがエースは、そんな調子だった。
かく言う俺は…別にあまり気にしていない。そもそも、モテナイ。
うん…自分で言っていて寂しいが、容姿も性格も平凡な俺にしてみれば、大量にチョコレートを貰う奴は有る意味次元が違うと思っている。
下駄箱にチョコなど、絶滅寸前の少女漫画のような展開だと思うし、精々母親がお情けでくれるチョコレートとクラスの女子が哀れな男子の為に配給する徳用チョコと、お歳暮の様な友チョコなるものを頂くぐらいである。
まぁ…少女漫画も真っ青なアイドル並みにチョコレートやプレゼントを受け取る人間が実際に居ると…ここ数年知ったけど…青学や氷帝に…それはそれで、コレはコレだ。
兎も角、千石がウキウキしているが俺は至って通常運行である。
そんな事をチラリとクラスで口にしたら、クラスメートの男子が可哀想な目で俺を見てボソリと言葉を紡いだ。
「知らぬは本人ばかりか…まぁそんな、南だからの人徳だよな。お前相手なら僻むとか無いな」
遠い目をして、凄く不本意な言葉を口にしていた。
(何だそれ?)
そう思う俺に、別のクラスメートの女子がサラリと言葉を紡ぐ。
「用途や意味合い別にしたら、南君の方が千石君よりチョコもらってるんだから、モテナイ訳では無いと思うよ」
笑顔でそう口にする彼女に俺は、ひとまず曖昧に笑いながら「そうか」と短く返した。
別に負け惜しみでは無いが、イベント毎に関して俺は興味が薄い。こうみえても、テニス馬鹿である俺は、彼女とかよりも…テニスの比重が大きい。
凄く好きな子が出来ないからかもしれないが…元来、不器用な俺はバランスよくテニスと恋を両立できる自信が無い。
そう考えると、千石の…本気かどうかはさて置き、女の子に対する情熱とテニスを両立している姿はある種尊敬に値する。
そんな不器用な俺が、部長何かをやっている訳で…自分一人でも大変なのに部員の事も気にかけなければならない現状に…そんな中に恋なんて入る隙間は残念ながら無い。
そもそも、そんな器用な真似が出来れば部長なんてものを押しつけられる事も胃痛に悩む事も無いのだ。
学生のうちに胃痛持ちって…正直今後の俺の内臓がひどく心配である。
兎も角、俺にとってバレンタインは千石の様に楽しみなイベントでは無いと言う事である。
そういう経緯の元、乗り気では無い俺に相方の東方は思う所があるのか何も言わない。
このそっとして置いてくれる相方の心遣いを、千石も是非とも見習ってもらいたい所であるが…俺の思いなど伝わる筈も無い…。
実際に…。
「何だよ〜み・な・みちゃん〜テンション低いぞ」
苗字をワザとらしく区切りながら、千石は部室のパイプ椅子をガタガタと揺らしながら、部誌を書いている俺にそう言った。
俺は溜息を吐き、呆れた口調で千石に言葉を返す。
「俺は通常運行だ。そもそも、ノリノリのテンションで部誌を書いてるやつの方が可笑しいに決まっているだろう?」
「眉間に皺を寄せて書くよりいいと俺は思うけどね〜」
「ふーん。それならお前が書けば良いだろ?」
「ええええ。嫌だよ〜。俺には向いてないし〜部長じゃ無いからね」
口を尖らせながら、千石はそう返す。
(じゃぁ茶々入れるなよ…)
内心そう思いながら、これ以上構うと部誌は進まないし、疲れるだけだと判断した俺は千石に対して無視を決め込む事にした。
「ん〜つれないなぁ南」
「何時もどおりの通常運行だぞ千石」
「そうなんだけどさ…。南はバレンタイン楽しみじゃないの?」
千石は相変わらずに、ギシギシと椅子を鳴らしながらそう口にする。
「楽しみとかあまり気にして無いって言うのが正しいかな」
「ええええ。同じ同姓としてそれってどうなのさ」
「どうたって…俺がモテルタイプじゃ無い。何せお前に、地味sってあだ名付けられるぐらいなのに、何を期待しろって言うんだよ」
淡々と返す俺の言葉に、千石は困った表情を浮かべた。
(一応…悪いとは思っていたって所か…)
「でもさ南…地味に人気あるじゃん…あっ…」
俺を慰めようと言葉を紡ごうとするが見事に墓穴を掘る。
「はぁ…千石が俺の事を心底地味だと思っている事はよーく分かった」
「メンゴ…悪気は無いんだよ〜。南〜」
(悪気が無いなら素で思ってるんだろうが)
情けない顔をする千石に、そんな事を思いながら俺は疲れたように口を開いた。
「チョコね…疲れた時に良いが…どうせなら俺は癒しが欲しい…」
「チョコよりも癒しが欲しいって南〜どんだけ部長職で疲れてるんだよ〜」
大袈裟にそう言う千石に対して俺は溜息を一つ吐く。
(大半の原因がお前だよって…言ったところで千石には効かないんだよな)
そう心で思いながら、俺は言葉を紡ぐ。
「こういった部長職はかなりシンドイんだぞ…癒しを求めて何が悪い。問題児の世話で、俺の胃は何時も胃薬が必要だ…」
「いや〜本当にゴメン…」
「そう思うなら俺への負担を少しでも減らしてくれ」
そう力無く呟く俺に、千石は珍しく真剣な顔をした。
「バレンタインに南への癒しを届けるから。安心してね」
キリッとした表情でそう言いうと千石はその場を足場に去って行った。
(おい…そうじゃねぇだろ?)
そんな俺の思いなど、エース様には届かないのである。
----そしてバレンタイン当日。
千石の不吉な言葉をあまり考えない様にしながら、俺は例年通りのバレンタインを過ごしていた。
割と仲の良いクラスメートからのバレンタインの贈り物を有難く頂戴する。
その度に…。
「頑張れとしか言えないけど頑張れ」
とか…。
「これで、少しは気分が良くなると良いね」
とか…。
頭に疑問符ばかり浮かぶ様な科白を口にされる。
(ん?何だこれ?)
正直意味が分からないのだが、周りの人間は生温かい目で俺を見るのである。
(千石と何か関係が…?)
一瞬過るその考えを追いだしながら、何時もより何か居心地の悪いバレンタインを過ごした。
「バレンタインって…こういう日だっけ?」
家に帰って中身を見た俺は、誰に言う訳でも無くそう思わず呟いてしまった。
ちなみに中身は…癒しのアロマグッツや良く効きそうな胃薬とかが大半をしめていたりしたのである。
何だか良く分からないけれど、こうして俺のバレンタインは終了したのである。
おわし
2013.2.16.From:Koumi Sunohara