あいみての




見てるだけで幸せな気分になった


誰かと話していても良いから声が聞けて幸せ



一つのハードルを越える度高くなるハードル




珍しく部活のない放課後、菊丸と不二は誰も残っていない自分のクラスで出されていた課題を広げて居た。
とは言っても…気質の違いだろうが…ちなみに不二の課題はどうやら終っているようで、読書用に持ってきていた本を開いていた。

何とも言えない紙がこすれ合う音と共に本を捲りながら、不二は目の前に居る菊丸に目を向けていた。
向ける先の視線には、だらけて集中力の切れた菊丸の姿。

(おやおや英二ったら、まだ課題全然進んでないのに厭きちゃってるね…これじゃー…課題は何時終る事やら)

大分課題に飽きてきてる菊丸に気が付いた、不二はダラリと両腕を伸ばしきった菊丸を見て苦笑を浮かべつつそう思った。

その為不二は、気分転換を兼ねて菊丸と少し会話をすることにした。
先まで読んでいた本に紙を挟み、パタリと小さな音を発て本を閉じると、だらけている菊丸の方に視線を向けて、言葉を音に乗せる。

「もう英二ったら厭きちゃったの?じゃ〜別な事で頭使ってみる?」

不意に声をかけられた菊丸は、不二の思ってもない申し出に、嬉しそうに顔を輝かせた。

「コレ以外の事だったら大歓迎だにゃ」

手をヒラヒラさせて言う菊丸に不二が小さく笑みを零す。
クスと小さく笑って「じゃ〜遠慮無く」と返し不二は、言葉を紡ぐべく口を開いた。


その言葉は、とってつもなく意外な言葉だった。

「人ってさ貪欲な生き物だよね英二」

何処か遠い場所に向けて放つような口調で不二はそんな言葉を零す。それは本当に、余りにも脈略もない言葉。

脈絡もない言葉が不二の口から出たことに菊丸は凄く、不思議そうに彼を見た。

「にゃに…突然言い出すんだよ不二。しかも目がマジだにゃ」

「そりゃー真面目な話をしている訳なんだから、目がマジでも可笑しくないっマジなんじゃないかな」

少しだけ表情を緩めて、不二は菊丸にそう返した。菊丸はそんな不二の調子に納得いかな気に不二を見かえす。

不二は何時も浮かべている柔和な笑顔で補足のように言葉を紡ぐ。

「まぁ〜貪欲って言う言葉を使うから、物騒に感じるかもしれないけれどね…」

「だから…にゃにが、言いたいのさ不二ってば」

口を尖らせて菊丸は不二に疑問をぶつける。子供っぽい菊丸の姿に、不二口元には思わず笑みが漏れる。
ニタニタ笑うのもどうかと思う不二は、笑いを堪えて言葉を紡ぐ。

「いやね。」

「そりゃー何らかんら…我侭な部分は人には有るとわ思うけどさ」

ブチブチと言う菊丸に不二は「だから、人は貪欲な生き物だと言えるんだよ」と事も無げにそう返す。
菊丸は返された言葉に、益々困惑の色を強くして不二を見返した。

「言われてみればそうかもしれないけど…唐突すぎだよ不二。俺課題ヤルより頭痛いかもしんないぞ俺」

眉間に皺を態と寄せて菊丸は不二にそう返す。不二は相変わらず表情の読めない表情のまま菊丸を見返し言葉を紡いだ。

「課題よりは楽だと思うんだけど」

「んにゃ…どっちもどっちだね」

「じゃー課題に合わせてあげようか?」

クスクス笑いながら不二は言う。不二の言葉に、眉間に皺を寄せていた菊丸の表情が途端に明るいものに変わる。

「何々?課題の答え教えてくれんの?不二ってば優しい〜っ」

先程までとはまったく違う菊丸の調子の良い言葉に、不二は少し眉を寄せた。

「まったく英二は調子が良いんだから」

呆れ口調の不二は心の中でコッソリ(泣いていた赤ん坊がもう笑っているって奴だよね…英二って分かりやすぎ…)とボンヤリ思う。

黙る不二に、菊丸は慌てたように言葉を紡いだ。

「そんな事言わないでねっ。部活仲間兼クラスメートでマブタチのよしみだろ?」

「本当に英二って調子が良いよね。まぁ期待に沿えるか分からないけど…それでも良いかな?」

「OK!OK!問題無し…ドンと来なさい不二君ってね」

(まったく調子良いね…英二ってさ。そこが英二の良い所なんだけどさ)

ワクワクと瞳を輝かせる菊丸に肩を竦めて不二が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「逢ひみての 後の心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり」

「へ?何それ?」

鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で菊丸が不二に尋ねる。

尋ねられた不二は、ニッコリ笑顔を浮かべて「そりゃー短歌に決まってるでしょ。それに…今の英二にピッタリな一句だとつくづく思って詠んだんだけど…何か問題有るかな?」とサラリと言ってのけた。

勿論そんな言葉に菊丸が納得するはずも無く、菊丸は口を尖らせた。

「今日の不二意味わかんない事ばかりだぞ〜。一句って何時から不二は俳句を詠む人になったんだよ〜」

「俳句を詠む人って…せめて歌人とか俳人って言葉使おうよ英二。まぁ〜仕方がないけどね…英二だし」

「にゃんか…凄く馬鹿にされてる気がするにゃ〜」

「さて、僕の得意な教科は何でしょう?ついでに今やっている課題は何かな英二?」

何時もよりも笑みを深くしながら不二は言う。菊丸はそんな不二の問いに小さく呻く。

「うううううぅ古典…」

机にダラリと伸びながら、菊丸は不二に返す。
それを見て不二は益々、笑みを深くして菊丸を見た。

「そっ。古典だね。ちなみに先の句は百人一首の権中納言敦忠もしく藤原敦忠とも言うね…。その人がが詠んだ句だよ」

言葉も滑らかに不二は、先程の句の説明を菊丸にした。説明を受けている菊丸は、サッパリ理解出来ていなのか…首を捻るばかり。

「ごんちゅうなごんあつただ?ふじわらのあつただ?ウゲ…舌噛みそうだし変な名前だにゃ〜」

菊丸の頭上には疑問符の山が浮かんでいるのだろう、眉間に皺を寄せて唸りに似た声音でそう口にする。

不二は菊丸のお約束的な様子に、呆れ顔で見返した。

「全部覚えろとは言わないけど、百人一首の何句かは知っておいた方が良いと思うよ。現に、今回の課題好きな百人一首を選んで訳するってヤツでしょ」

「チンプンカンプンじゃん。古典…漢文も意味不明。現代文が一番じゃん」

「英二…この前…現代文もチンプンカンプンって言っていたんじゃ無かった?」

痛いところを付く不二に菊丸は、乾いた笑いを浮かべて遠い目をした。
そして…まるで何のことを言ってるのかと…惚けたように、サッサと話題を切り替えに出たのだった…。

「んで、その句の意味ってにゃんな訳?」

無理矢理話題を転換してきた菊丸の様子に、不二は心底呆れたが…(まぁ英二だし…仕方がないか)と思い、話題転換につき合う様に言葉を返す。

「ん?口語訳って事?」

「そっ。原文じゃ俺理解不能だし」

両手広げてお手上げポーズを作って見せた菊丸がそう返す。
不二は肩を竦めて、菊丸に応えるべく言葉を紡ぎ出す。

「『会ってちぎりを結んだのちの、はげしく苦しい恋心にくらべれば、その前は、もの思いをしなかったも同然だなあ。』って訳だけど」


事も無げにサラサラと何も見ずに、古語訳を紡ぐ不二に菊丸はアングリ口を開けて見た。
実に間の抜けた表情である。

意味不明だ!と言いたげな菊丸の視線に、不二は再度同じ言葉を紡いでやった。
それでも意味がサッパリ分からないのか、菊丸は不機嫌な声をあげた。

「ソレと俺とどう関係が有るんだよ〜」

菊丸の言葉に不二は「英二…分からないからって、苛つくのは良くないんじゃない?」と正論で返してきた。正論で返された菊丸は、いじけた顔で不二を見た。

「もっと分かりやすい説明じゃ無いと分からないだもん俺」

「はいはい。分かったよ、でもボクがアレンジした訳だから…有ってないかも知れないけど良いね」

「おう!このさい分かれば何でも良いにゃ」

「えっとね…『好きだという気持ちに気が付くまでも辛いけれど…好きだと自覚すればしたで、恋への辛さは変わらない。寧ろ、この恋の辛さは募るばかり』って訳になるのかな…幾分脚色してるけどね」

「ふ〜ん。じゃ〜恋の歌かぁ〜」

成程と菊丸は感心したように、そうしみじみ呟く。
そんなしみじみしている菊丸に、不二は突如言葉の爆弾を投げ入れた。

「そう恋の歌だよ。本当に英二にピッタリな一句だよね」

ニッコリ笑って不二はさり気なく、そんな言葉を菊丸に投げかける。

「にゃ…」

「だから英二が恋心で悩んでいる様子を表しているって所が尚ピッタリだって言ってるんだけど」

言葉に補足を付けて不二が言う。その言葉に、菊丸は慌てふためいた。

「にゃんでソレを不二が」

口をパクパクさせる菊丸。不二は読めない笑みを浮かべながら、金魚のような表情になっている菊丸に「見てれば分かるよ」と短く返した。
菊丸は益々言葉を無くして不二を見るばかり。

「何でって…3年に成ってからの英二の様子を見てれば分かる事だよ。それに、ボクは英二にピッタリな一句って言ったはずだよ」

(それよりも…大石何て、ボクより早く気が付いていたみたいだけどね)と言う言葉は飲み込んで、不二は菊丸にそう返す。

「気が付いて無いと思ったのになぁ〜」

「本当は英二が言ってくれるまで待つつもりだったんだけど…かなり煮詰まってるみたいだから…課題も兼ねて言ってみたんだ。ボクが言うのも何だけど…ガス抜きしないと英二が持たないよ」

「…ガス抜き…か。分かってるんだけどね…。でもさ…桜乃ちゃんは、オチビが好きなんだよ。俺の気持ち何て迷惑でしか無いとおもちゃうんだよね。…でも彼女のことを知りたいし…少しでも見て入れたらって気持ちが大きくなる…。だから桜乃ちゃんへの気持ち押し込めようとすれば…何だかぎこち無い感じになるんだよね」

「それを言うなら、英二だって竜崎さんが好きなんでしょ。そんなの別に迷惑な事無いと思うけど。好きな人を知りたいし…見ていたいと思う気持ちは…彼女にだって分かることだとボクは思うよ」


不二の言葉に「だけどさぁ〜」と言って机を指でクルクル円を描きながら菊丸はいじけモードに突入していった。
そんな、らしくない菊丸の姿に、不二は短く溜息一つ吐いた。

「仕方が無いね。腑抜けた英二じゃ遊びがいが無いしね。だからね…ボクからアドバイス」

そう言って不二は一旦言葉を切って、小さな間の後言葉を続けた。

「少しぐらい欲張りな気持ちで人を想っても誰も文句なんて言わない。だって人は誰しも…少なからず我侭何だかからさ」

「不二…有り難う…」

普段とは考えられない程この時の菊丸の声は小さいものだった。
不二の言葉に菊丸は込み上げてくる何かを必死に堪えているようで、場の空気がしんみりとしてくる。


しんみりする空気を断ち切る様に不二が上手い間合いで言葉を紡ぐ。

「さてさて、お話はお終い。そろそろ課題やっちゃわないと帰れなくなるよ」

課題を示して不二は言う。菊丸は“はっ”とした表情を浮かべて、課題に目を走らせた。

「そうだった!そう言えば、先の短歌って課題に使って良いのかにゃ?」

少し考える素振りを見せて、不二は言葉を紡ぐ。

「まぁ百人一首の一句だからね、問題無いんじゃない」

「そっか…んじゃ〜。って…」

“たははは”と困ったぞといった笑いを浮かべて、菊丸は不二を見る。不二はそんな菊丸を心配気味に言葉を返した。

「どうしたの英二?」

「にゃは。先の短歌と訳…メモってないし…忘れちった…」

「英二〜。頼むよ本当に…」

「ゴメンゴメン。今度は真面目に書くから…もう一回ネ」

片目を瞑ってお願いする菊丸の様子に、不二は呆れ顔で見返す。
そんな菊丸に不二は溜息混じりにもう一度、口語訳と短歌を口にしたのだった。

コレは…ある日の放課後の一幕。




END

2004.3.12. From:Koumi Sunohara

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