【形のない贈り物】




ざわめく校門。行き交う人の波。
他愛も無い友人同士の語らいの声。
部活動をしていない一般の生徒達の登校の時間。
そんな時間に跡部は学校の前に居た。
関東大会前なら、しっかり有った朝練習は跡部にとって無縁に近かった。
練習は有るが…あくまで一、二年生中心で行われる。
事実上引退した三年の跡部にとっては、少しだけ無縁な時間になっていた。


だが、別にテニスをしなくなった訳でもない。
中等部での引退であっても、跡部達三年にとっては高等部へ上がる事が待っている。
故に、体を鈍らせない程度にテニス部での部活は行われる。
ちなみに…その三年の高等部進学準備期間を使って、一、二年…準レギュラーの力の底上げなど指導の為というのも大きな役割も担っているのだ。
そんな訳だが、朝練よりも放課後練習に出向くことが多いので、三年は一般の生徒達と同じ時間に登校をしていた。


校門を抜けると、跡部を見つけた生徒達から嘆息の声と黄色い悲鳴が飛び交った。
何時もと何ら変わる事の無い朝の情景。
それでも今日は、少しその声援が大きく熱気が帯びていた。何故なら今日は、跡部の誕生日だったからだ。
何分普段から脚光を浴びつづける跡部にとって、騒がれる黄色い声はBGMの一種でしか無かった。
だから別に普段通りの一日が始まると跡部自身も思っている。
誕生日だろうが、何であろうが…跡部にとっては、何ら変わることは無いからだ。
跡部はマイペースに今日の予定を、教室に着くまでの時間を使って考える。

(ん?…そう言えば…何か物足りないな…)

考えている最中に跡部は不意に感じる違和感を覚えた。

(ああ今日に限って、樺地のみならず何時も五月蠅い彼奴等に一人も会ってないのか)

浮かんだ答えに跡部は、(今日は珍しいことも有るもんだ)と思った。
思い当たった直後、時間通りに馴染みの音が聞こえ始めた。
キーンコーン、カーンコーン。キーンコーン、カーンコーン。
少しだけ違う日常の始まりを告げるかのように、始業ベルが辺りに鳴り響いた。



結局、何時も何かにつけて顔を合わす面子に会うことなく跡部は放課後を迎えていた。

(チッ…。普段鬱陶しいぐらい来る癖に、何でまた今日は来ないんだ)

跡部は普段と違う状況に少しだけ苛つきを覚えていた。
毎年、跡部の誕生日には色々な人間からプレゼントの数々や女子生徒からの告白ラッシュなるものが巻き起こる。
流石の跡部も繰り返される似たような内容の言葉に不快がらしく、ストレスが溜まるのだ。
そう言った時に、レギュラー陣の何時もの調子で跡部のストレスを紛らわせていただ。
だが、今日はそんなレギュラー陣は現れない。
御陰で跡部は、溜まる一方のフラストレーションを抱えながら1日を過ごしていたのである。
そんな不機嫌なオーラーを漂わせた跡部に、柔らかな声音の持ち主が声をかけてきた。


「ご機嫌斜めみたいだね跡部」

「…滝か…」


憮然とした態度で、跡部は滝に言葉を返した。


「そんな不機嫌な顔してると幸せ逃げるよ」


茶化すわけでも無く、滝は社交辞令のようにサラリと跡部にそう言った。


「生憎だな。俺は迷信に囚われる程、弱くねぇよ」


吐き捨てるように言う跡部を見て、滝は何とも言えない表情をした。

(ん〜…予想以上に荒れてるね。さてさて、どうしたものかな)

そんな事を思いながら、滝は相変わらず柔和な表情で跡部を見た。

「相変わらず手厳しいね跡部。僕は厭くまで一般論を言ったに過ぎないんだけどね」

苦笑を浮かべて見せ、滝は跡部にそう返した。

「御託はいい。さっさと本題に入れよ滝」

「御託も何も無いよ。僕は只コレを渡しに来ただけだよ」

“ホラ”と言いながら、滝は跡部の手を引っ張って手のひらに収まる布袋を渡した。

「何がしたいんだ…お前?」

「僕が直接的にしたい訳じゃ無いんだけどね。しいて言えば“プレゼントに繋がる鍵”だそうだよ」

「何だ其れは?」

益々不機嫌極まり無い表情で、跡部は滝を見る。

「さぁ〜?僕からはココまでしか言えないよ。ルールだからね。それに、いくら我等が跡部景吾様でも言うわけにはいかないんだよ。さて、お役目も終えたし僕はサッサと退散させて貰うよ」

跡部が言葉を紡ぐより先に、滝は言うことだけ言うとヒラリと身を翻して、人混みに紛れ込んでいた。

「オイ…そう言う事だ…」

跡部が声を出せた頃には、滝の姿は放課後の人混みで見えなくなっていた。虚しく響く声。
そして跡部の手の平には、滝が押し切る形で渡した布袋がポツリと置かれていた。



滝に無理矢理持たされた布袋の中には、ポータブルプレーヤーと1枚MDがご丁寧に入っていた。
その2点に目を向けた跡部は、綺麗な形の眉を顰めた。
明らかに、その2点は新品とは言い難いものの…メーカーとしては音の質が良いと呼ばれた代物だった。
だが…如何せん、新品とはほど遠い印象だった。

(と言うには、中古だよなコレわ)

跡部は、益々眉を顰めていった。取りあえず、手がかりになりそうなMDを手に取りジーッと見つめた。
見れば見る程解らない。
考えれば考える程答えが出ない。
泥沼状態の現状に、跡部は人知れず溜息を吐いた。

(思えば、今日は全てが変だった…)

朝の様子などを思い出した跡部は、今日の出来事を反復していった。
やけに余所余所しいレギュラー陣の事や自分に忠実で誠実な樺地でさえ、今日は何だか余所余所しい。

(今日は何か有ったか?コレと言って何か有る訳でも無いしな…。そう言えば、今日は俺の誕生日だったか)

自問自答してみても、結局何一つ答えは出ないまま、現在に至る。

(結局コレを聴く以外の道は無いって訳か…)

仕方がない気分のまま、跡部はプレーヤーにMDを入れてプレーヤーに耳を傾けたのであった。
ザザザザザッー。
ノイズ混じりの音から始まり、何やら聞き覚えのある音が流れ出してきた。



「コレを聴いて下さってるって事は、ちゃ〜んとちゃんと滝先輩から受け取ってくださったんですね。いや〜聴いてくれ無かったらかなり間抜けですよね俺達ハハハハハ」


危機感の欠片も感じられない口調で鳳が突然話し始めた。

「ほんま明るいな〜自分。でも…まぁ大方、不機嫌な顔でMD聴いてんで鳳」


危機感ゼロな後輩を窘めながら忍足は、今聴いているであろう跡部のことを予想しながら言葉を紡いだ。


「そうでしょうけど…。」

「取りあえずこの脳天気な後輩は置いといてやな。…途中で聴くの止められたら、水の泡やから本題に移る事にするわな」

「これから流れる事は、俺らから跡部へのプレゼントの有る場所のヒントが流れるんや。ん?今普通に渡せって思ったやろ?でも普通に渡すんわ、面白味も有難味も無いやろ?後、驚きもな。ちゅ〜訳でこのMDがご登場って訳やねん」

「えっとですね。要するに、俺達からの“ささやかなプレゼント”はMDの中のヒントで跡部先輩自ら見つけてもらう形で完成する訳なんですよ」


忍足のフォローするように、鳳は言葉を付け足した。

「でもな、俺等が言うても…跡部は探しに行ってくれへん可能性が有るやろ?そこでや、監督に一枚噛んでもろうたんやで」

「流石の跡部先輩でも、監督が入ればやってくれると思った訳なんでしょね」

「鳳余計な事は言わんで結構や。まぁええ…ほんなら…ルールの説明といこか…。監督お願いしますわ」

「ああ分かった。では、跡部しっかりと耳を傾け…理解するように。ルールと言っても別段難しい事を要求する訳ではないので、安心しろ。尚このデスクに吹き込まれた、指示に従ってとある場所に向かうだけだ。勿論、ヒントは此方から与える」

「ほんならヒントいくで。××駅のコインロッカーで*+*+*ちゅー番号探して、鍵開けるんや」

「ロッカーの中に有る物が入っていますので、受け取って下さいね」

「以上だ跡部。健闘を祈る…行って良し!!」



カチッ。MDは監督の言葉で締めくくられていた。
ヘットフォンを耳から離し、跡部は声にならない溜息を一つ吐いた。

(監督まで巻き込んで、彼奴等何を俺にやらせたいんだ?)

跡部は首を傾げながら心の底からそう思った。



人に指図されるのは嫌な気分で有ったが、跡部は"ささやかな、プレゼント"と言う言葉だけに、突き動かされたのか…はたまた、監督まで共謀している企みが気になるのか…結局、吹き込まれた第一の場所に足を向けていた。

(いい年して、宝探しも無いだろう…。まったく奴らは俺に何をさてたいんだ?本気で宝探しだったら完全下僕決定だな)

そう思いながらも、跡部は律儀に宝探しゲームに付き合っているのだが。
兎も角ズラリと並ぶコインロッカーの数々。そこからMDに吹き込まれたていた番号のロッカーを探すべく、ザーッと辺りを見渡す。

(結構な数のロッカーじゃね〜か。まぁいい。さて、*+*+*か…)

番号と照らし合わせて、大まかに場所を割り出した跡部は視線を巡らせポイントを絞り出す。
しばらくして目に留まったのは、通常のロッカーより大きめ捜し当てた通常より大きめのコインロッカーに鍵を差し込む。
カチッ。
こ気味良い音が鳴る。
キキキィー。
鈍い金属音が響くとほぼ同時に、ロッカーの扉が開かれる。
ロッカーの奥には、確かに物が入っているらしく、影がポッリと浮かんでいた。

(言っていた、ロッカーの中身って奴か)

跡部はMDのメッセージを思い出しながら、ロッカーの中に手を伸ばした。
ロッカーに入っている物を、引っ張り出した跡部は、顔を顰た。
大きな紙袋と其処からはみ出た、ラケットが1本跡部の目に入る。しかも紙袋には、何やら大きな紙がデカデカと貼られていた。
その紙を見つめて、跡部は大きな溜息を吐いたのであった。


『何処かでちゃんーんと…着替えて、此処に書いとる地図の指定場所に行くんやで』



紙袋に大きく貼られた紙には、忍足が書いたであろうメッセージがデカデカとそう書かれていた。



結局跡部は、忍足の書かれたメモに従い着替えを済まし…指定の場所に立っていた。
其処は、煌々と灯るライトが印象的なテニスコートだった。

さらに場を照らしているライトは…薄暮れるテニスコートを浮かび上がらせるように、照らしていた。
ストリートテニスをするにしては、整備も行き届いているコートで…。スクールのコートだとしたら、人の賑わいが無い…否、人一人居ない…静寂に包まれたコートだった。
 跡部は不信に思いながらも、コートを吟味するように眺め見た。

(コートとしては、悪くは無いか…整備も行き届いている…照明設備も完璧か…。だが人の気配が感じられないのは妙だな…)

感じる疑念は振り払えないものの、コートの質は確かな事に跡部は少しだけ気分が上昇した感じがした。
だが矢張り一度芽生えた疑問というものは直ぐには、抜けないものである。

(にしても…彼奴は俺に何をやらせたいんだ?わざわざ部活のジャージや俺が使っているラケットまで用意して…)

難しい顔のまま、跡部はレギュラー陣が跡部にさせようとしている事を思いめぐらせていた。
そんな考え込む跡部の目の前にスーッと一つの影が差し込んだ。

(ん?俺以外居ないと思ったが…どうやら違った様だな…)

コートに自分以外の影を認めて、跡部はそう感じた。
気が付いた跡部だが、声をかけるより先に影の主が声を発した。

「久しぶりだな跡部」

その発せられた声に、跡部は人物を頭の中で推測しようとした。

(手塚か…が、彼奴は怪我の治療で此処に居るはずは…だが、こんな特徴のある声は…奴以外考えられないが…)

頭で考える結果を片隅に置きながら、跡部は思い当たる人物の名前を半信半疑に呟いてみた。

「…手塚…か…」

跡部は影になって見えない人物に、短く呟いた。言われた声の主、手塚も「ああ俺だ」と短く応答を返した。
その言葉を紡いだ直後、手塚は影の中から光の当たる場所へと体を動かした。
晒された手塚の姿は、私服や制服では無く…青学最強の男と言わしめた…レギュラージャージという出立で立っていた。

(青学レギュラージャージ…部活帰りか?イヤ…こんな堅物の男が着替え忘れる事などあり得ない…では、そのジャージの意図は何だ?)

手塚の出立の意味や、そこに居る意味が掴めない跡部は…疑問が言葉を吐いて出ていた。

「何時…戻って来やがった?何より、何故此処に居る?」

探るような口調で、跡部は手塚にそう言った。

「今日此処に居るのは、跡部…お前と試合をする為だ」

ハッキリとした口調で手塚はそう言い切った。
眉を顰めて手塚を見やる跡部。

(此奴…何を言ってやがる?…治療から帰って来たばかりだろ…それを…俺と試合だと?)

手塚の表情は、言葉を紡いだままの表情のままで変わった様子は無かった。跡部は自分の耳を疑わずにはいられなかった。

「アーン?今何て、言いやがった」

顰めっ面のまま跡部は、手塚にそう言葉を投げつけた。もしかしたら…自分の聞き間違いだと感じたから。

「言葉の通りだ」

だが手塚は跡部の考えを見事に覆す。

「正気か?」

思わず目を見張り、跡部はすぐに手塚に聞き返していた。

「ああ、完治はしている」

ただ…「完治はしている」と。
それは試合をして良いとか…悪いとか言う訳でも無く…ただ、それだけを跡部に言った。
手塚は言葉を明確な言葉ではなく抽象的な言葉で…。

「俺が聞きたいのは…」

跡部は明確な言葉を紡がせるべく、手塚に言葉をかけたが…それを手塚が遮るようにして、言葉を声に乗せ始めた。

「怪我については、それ以上お前に話す気は無い。それとも、俺が試合の相手では不服か?」

手塚は有無も言わさぬ口調で、そう締めく繰った。
跡部はまだ解せない表情で手塚を見やる。

「試合の相手としては、一切の不服はねぇ。が…」

そこで言葉を切った跡部の視線が自然と手塚の肩から肘へと向かった。
怪我の具合を探るように、真剣な目つきで見つめた。
手塚は、軽く溜息を吐くと跡部に真っ直ぐな眼差しを向けた。

「全国区のお前相手に、手負いの辛さは前回で痛感している。此方とて万全の状態で望む」

微塵にも弱気な言葉を紡がない手塚に、跡部は微笑を浮かべた。解せなかった表情は、今の跡部の表情からは伺い知ることは出来ない。

「そうか…其れを聞いて安心したぜ」

ニヤリと笑い、跡部は短く言った。
手塚は黙って、そんな跡部を見かえす。

「ならば、問題ないと解釈して良いか?」

承諾を取り付けるように、手塚はそう跡部に尋ねた。

「上等だ、お前との勝負受けてやろうじゃねぇか」

「ああ、そう言ってくれて有り難い。此処まで来て、試合をやらないのは…滑稽すぎるからな」

苦笑を浮かべながら、手塚はそう言った。

「しかし、公平に試合をするには審判が必要じゃねぇのか?此処には、俺とお前の2人しか居ねぇ…セルフジャッチとなると…」

 そう跡部が手塚に言った時である。音もなく1つの影が現れた。スルリと忍者が闇から現れる様に…。

「その心配なら有りませんよ」

跡部にとって聞き覚えが有りすぎる、落ち着き払った声音に…跡部はその影をジロリと睨みつけた。

「日吉…何でお前が此処に居やがる」

跡部の言葉に日吉は軽く肩を竦めた。そうかと思ったら、何時も通りの表情の読めない日吉に戻り跡部に言葉を返した。

「今日和…イエ…今晩和でしょうか跡部部長。MDを聴いて、貴方が此処に居るという事は…。俺が此処に居ても不思議は無いでしょう」

日吉の言葉に、跡部は不機嫌さを隠さずに表情に出した。

「確かにな。忍足の巫山戯たMDに、監督の声と鳳の声が入っていたからな…同じ2年のお前が知っていても不思議はねぇよ」

「何か含みが有る言い方ですね」

「朝から妙な出来事が続けば、誰だって不信が強くなるのもだろが」

「お気持ちは察しますが…。俺にもやらねば成らない役割が有りましてね」

「貴様も滝と同じって訳か」

「滝先輩の事はどうだか分かりませんけどね。ともかく俺の役割は、此処で審判をして見届けることに有るんです
よ。何と言われようと遂行させてもらいますよ」

「チッ。ハナから引く気何座無い癖に、よくぬけぬけと講釈を垂れるもんだな」

跡部の嫌味も聞き流したように、日吉は平然と次の言葉を紡ぎ出した。

「ともかく…審判は俺が受け持ちますので、安心して試合をして下さい」

「俺は兎も角、手塚の了承はどうする気だ、ア〜ン?」

跡部の声に日吉は顎に手を置いて考える姿勢を取りながら、言葉を紡ぎ出す。

「そうですね、跡部部長の意見も一理あります。が…あくまで、俺は貴方を倒して下克上を完成させる。そう言った面では、俺は手塚さんに勝ってもらった方が都合良いんです。そう考えると、分が悪いのは寧ろ…跡部部長の方でしょうね」

日吉の言葉に援護射撃するかの如く、手塚が不意に言葉を紡ぎ出した。

「確かに彼は、氷帝の人間だが、跡部への そう言うことを考慮すれば、公平な試合をする点に置いては日吉君の審判で俺も問題は無い。寧ろ審判が必要な今、彼以外の適任者は居ないだろうな」

手塚の言葉に、跡部は不機嫌な表情のまま日吉に向かって言葉を紡ぐ。
「解せない部分が残るが…適任と言えば適任だな。手塚もそう言う事だ…納得してやるよ」

跡部の了承とも取れる言葉に、日吉は表情を緩めた。

「では、準備ができ次第始める形で宜しいでしょうか?」

再度確認をとるべく、日吉は両者にそう尋ねた。

「ああ」「了解した」

跡部、手塚両者はほぼ同時に日吉にそう返した。

「では、15分後試合を開始します。両者体を良く温めておいて下さい」

日吉は事務的にそう言うと、試合の準備を始めるべくコートの中に消えていった。



−15分後−

サーブ権とコート選びをした両者の試合が始まろうとしていた…。

『ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ 跡部サービスプレイ』

関東大会の試合の時と同じように、跡部のサービスプレーから試合が始まった。
あの関東大会一回戦を思い出させるような、白熱した試合が繰り広げられていた。
お互い一歩も引かない攻防戦。繰り出される華麗な技の数々。
惜しみなく全力を尽くす様は、実に圧巻。見る者を魅了してやまない場の雰囲気。どれを取っても、あの時の再来…か、それ以上の戦いだった。
審判をしている日吉でさえ、一瞬の錯覚を覚える程よく似ていた。

しかしこの試合は、栄光も名誉も与えられる訳でも無い。
只の草試合。あの時とは明らかに状況が違うのである。
それでも、二人の試合は凄い熱を帯びていた。
かけ声と審判の日吉の声、ボールがラケットに当たる音…コートを走り回る音。
それ以外の音は存在しない。

『ゲームセット ウォンバイ手塚 ゲームカウント7-6』

淡々とした声音で日吉が試合を終結させるコールを上げた。
結果は、跡部の負けという形で試合が締めくくられた。
状況は関東大会とは逆の展開だった。

(負けたか…)

 跡部の視線は宙を漂っていた。だが表情は、悲観的な物では無く…満足そうな表情を浮かべていた。

「部長」

黙ったまま宙を見つめる跡部に、日吉は静かに声をかけた。

「完全に負けたな…。だが悔いわねぇよ」

跡部の言葉を聞いて、日吉はじーっと跡部を見て口を開いた。

「不満は無さそうですね」

 遠回しな日吉の言葉に、跡部は一瞬苦笑を浮かべた。

(素直に、満足かと聞けば良いのにな…。まったくもって難儀な奴だぜ。と言っても俺は答えないだろうが…)

「そうお前が感じるなら、そうだろう」

棘のない口調の跡部の声音に、日吉は"ふっ"と微笑を浮かべ(大いに満足って事ですか…)と心の中で思った。

 そして日吉は、顔を何時も表情に引き締めて手塚の方に目線を向けた。そして日吉は言葉を紡ぐ。

「手塚さん。今日は、俺たちの我侭におつき合い頂き有り難う御座いました。此処にいない連中に代わりお礼を言います。本当に感謝の言葉を尽くして尽くし切れません…有り難う御座いました」

ペコリと折り目正しく、日吉は手塚に礼をした。手塚は黙って日吉の言葉を受け止めた。
それから、少し間を置いてから…手塚は言葉を紡ぎ出した。

「最終的に承諾をしたのは俺なのだから、君が気にする必要は無い」

そう言って頂ければ、幸いです」

真っ直ぐ日吉を見つめて紡がれた手塚の言葉に、日吉は姿勢を正したまま短く言葉を返し
“それと後日お礼に参ると思いますので…その時はお邪魔しに参ります”と付け足した。

「それでは」

日吉はそう言うや否や、足早に跡部と手塚の居る事を後にした。
日吉が去りゆく様子を、手塚と跡部は黙って見送ったのだった。





日吉が居なくなってのを見届けた、跡部は手塚の方を見た。

「今日は悪かったな手塚。本当はまだ試合は不味かっただろ?」

跡部の問いに、手塚は少し間を置いてから口を開いた。

「本当の事を言えば、もう少し様子をみたかった所だが…。これしきのことで、壊れるほど弱い体では無かったようだ」

「そうか」

跡部は安心したように短く答えた。

「先程の後輩…日吉と言ったか。彼を初め、お前は良い仲間を持ったようだな。俺から承諾を得るまで、氷帝レギューラー陣は毎日代わる代わる足を運んでいたからな」


手塚はしみじみと、その時の事を思い出しながらそう言った。
跡部は手塚の言葉を聞いて…(そう言えば…)とここ2〜3日のレギュラー陣の行動を思い出した。

(彼奴等…ここんとこ何かの理由を付けて居なくなっていたな、成る程…それで居なかった訳か…)

その間だも手塚は淡々と話を続けていた。

「毎日通っては、雑用とかまでしっかりやる彼らに好感を感じてはいたようだったが…。ウチの連中は正直、お前との再戦を今日することを良くは思わなかった」

「だろうな…。お前の怪我を悪化させた、大本の原因に当たる人間だからな…俺は…」

苦笑を浮かべて跡部は、手塚にそう返した。

「気に病むな。あの時も…そして今も俺が望んだ試合だった。誰が悪いと言うなら、俺自身が悪いのだからな」

手塚は晴れやかな表情で跡部に言った。
跡部はそれに対して何と答えて良いのかは分からず、曖昧に相づちをうった。

「俺自身、お前との試合はもう1度したいとは思っていた。それにな再出発は、土の付いた所からと決めていたからな」

フッと不敵に笑って、手塚は跡部の方を見た。
今度は跡部も答えるべき言葉を口にしたのだった。

「光栄だな。お前にそう言わせる人間は取りあえず俺が初めてだろうな」

「まぁそうなるな。それにしても今日は良い試合が出来た。借りも返せたしな」

「公式戦でぶっ潰してやるよ」

不敵に笑い跡部は、手塚にそう返した。

「そうだ、お前の仲間から受け取った物が有ったんだったな」

思い出したように手塚は鞄の中から、ケースに入ったMDデスクを跡部に1枚差しながらそう言った。

「MD?」

訝しそうに跡部は、手塚の持つMDを見てそう言った。

「俺がMDを持っていることが、そんなに変か?」

「イヤ…お前とMDが繋がらない訳じゃねぇよ。ただ今日はMDが続く…と思っただけだ」

跡部はそう手塚に、答えた。
その答えに手塚は、短く「成る程」と跡部に返した。
それから一旦言葉を切った手塚が、跡部に対して再び言葉を紡ぎ出した。

「乾の様に、相手のプライベートな個人データーは調べて無くてな。今日が誕生日だったのだろう?」

「ああ」

「俺からやれる物は生憎手持ちに無くてな…。僭越ながら祝いの言葉だけでも言わせてくれないか?」

「義理堅いヤツだな、別に構わねぇよ。お前との本気の試合が出来ただけで俺は十分プレゼントを…」

跡部がそう言いかけた時に、手塚は何か思い合ったのか不意に言葉を遮った。

「成る程…どうやら彼らの目的は強ち間違ってはいなかったようだな…。おっとコレは余計無いな言葉だな…俺が言わずとも…気が付いてるんだろ」

「チッ…。何奴も此奴も、味なマネをしやがる」

手塚の言葉にばつ悪そうに顔を顰めて、跡部は言う。
でも口調は柔らかなものだった。

「その割に、嬉しそうだな。たまには素直になっても良いと思うぞ」

意地悪そうな笑みを浮かべて手塚が珍しく、軽口をたたいた。

「普段無口の癖に、今日は饒舌じゃねぇか手塚よ」

嫌味タップリに跡部は手塚に言った。

「気分が高ぶった所為かもしれないな」

シレッと手塚は跡部に言い返す。
そんな手塚の返しに、跡部は肩を竦めて手塚に背を向けた。
もう手塚と話すべき事は無いと言わんばかりに…。

「今度相見える時は、コートでな」

「ああ」

手塚もまた、跡部の言葉に返しながらコートから遠ざかって行った。
手塚の後ろ姿を見送った跡部は、軽く目を閉じた。

(手塚が出てきた時点でそんな気がしたけどな…まさか、手塚を引っ張り出すとわな…)

手塚の言いかけた言葉に、跡部は完全にレギュラー陣の跡部へのプレゼントの意味を理解しているのと同時に感心した。
スーゥと頬に風の冷たさを感じて、跡部はゆっくりと目を開く。


「さて、俺も帰るとするか」


ポツリと呟き、跡部はゆっくりとした動作で動き出す。
手塚から受け取ったMDデスクを布袋に、無造作に入れ家路に着くべく跡部はテニスコートをを後にしたのだった。




家路に着いた跡部を待っていたのは、家で働いている者からの誕生祝の言葉の数々。
誕生日に合わせて送られて着たであろう、両親や親類関係のプレゼントと祝辞。
そして、贅沢なバースデーディナーだった。数々のはからいにも、跡部は動じる事無く、卒無くこなしていった。
何せ関せこなした跡部はやっと一番落ち着く自室に戻る事が出来た。
取りあえず跡部は、帰ってきたままの格好だったのを思いだし、着替をすすめた。
着替終り、不意に足下に有った鞄に目についたのだった。足下の鞄を取りあえず拾い上げる。
そして、無造作に机に鞄を置いた。
カタリ。
固い物同士がぶつかった音が、小さく響く。
テキストやノート同士がズレて音を立てる音は、異なっていた。
ドチラかと言うと、硬質的な音だった。
その音を聞いた跡部は、無意識に鞄に手を伸ばした。
しばらく鞄の中を手探りして、音の発生元を探り当てる。
発生元は、小さな布袋とケースに入れられていない、MDが何か言いた気に跡部の鞄に収まっていた。
実際は、無機質な存在な機械なので、跡部が何と無しに感じただけなのだが。

(そう言えば誰のポータブルプレーヤー何だ?)

クルリとポータブルプレーヤーを一回転させながら、跡部はボンヤリと思う。
その時に、誤って再生ボタンに手がかかったのか…MDプレーヤーはノイズ混じりの音が、ヘットフォンから漏れだしてきた。
MDプレーヤーと手元に有る、MDを見比べる。跡部はその様子に眉を顰める。

(ん?未だMDプレーヤーの中には巫山戯たデスクが入ってんのか?…と言うことは…このMDは…手塚と勝負した時物のか…)

推測を立てた跡部は、手塚とのやり取りを思い浮かべながら、跡部はMDをチラリと見た。

(あの時は何だか聴く気になれなかったが…こうして見つけちまうと、割と気になるもんだな)

苦笑を浮かべて、1枚のMDを見ながら跡部は思う。

(どうせ、あのMDと同じような内容が入ってるんだろうが…折角だ、聴いてみるのも悪くないか…)

そう思うや否や、最初に入り放しになっていたMDのデスクを抜き取ると、跡部はもう一つのMDデスクを手に取った。
そこで、ふと頭で何かが掠めた。
(折角自室に居るんだしな…)そう考えた跡部は、手塚から受け取ったMDをMDコンポにセットした。
其れは実に無駄のない動きで、リモコンを操作していった。
すると…。

ザザザザザッー。
小さなノイズが流れる事から始まるMD。流れ出る音は、今日の一件の原因となったMDと同じようだと思わせた。
耳に付く小さなノイズが気になりはしたが、跡部はそのままコンポから流れ出る音に耳を傾けた。
相変わらずノイズが混じり、少しだけ人の声らしきものが小さく聞こえた。

(何でわざわざ俺は、こんなモン聴いてるんだ?)

一行に進まないMDの内容に跡部は苛つきを覚えた。
が…苛つきとは反対に、跡部の耳は音を捕らえようと神経を集中させていた。そんな自分に跡部は人知れず苦笑が浮かんだ。
(原因が判らないのは、気持ちが悪いから…な)そう跡部は自分に言い聞かせて、MDに入ってる音の続きに再度耳を傾けた。
辛抱強く耳を傾けていると、普段イヤと言う程聴き親しんでいる音声が流れ始めたのだった。




ザザザザザザザッ。ガヤガヤ。

「うっしゃ〜っ!!練習も完璧だぜ。後は録音を残すのみだ」

向日は飛び上がらんばかりのテンションで、大きな声を上げていた。

「岳人、静かにしろよ。もうすぐ、録音するんだろ」

そんな向日の様子に呆れたように、宍戸が突っ込みを入れてた。

「クソクソ宍戸め。俺だって分かってるつ〜の、でも緊張すんだろう。声の録音何て滅多にしね〜んだから。第一
、最初のMDは侑士と長太郎と監督だろ?初めては、何だって緊張すんだろうクソクソめ」

「まぁまぁ向日先輩、宍戸先輩…もう録音してるみたいですよ」

宥めるような…それでいて困ったような声音で鳳は、宍戸、向日両者を宥めている。

「「何ーっ。マジかそれ!!」」

「ウス」

樺地が間髪入れずにそう一言頷いた。

「ゲッ。今の無し無し、取り直ししようぜ」

「そうそう、こんなの跡部に聴かれた…かなり馬鹿にされるぜ…マジで激ダサだぜ」

「残念やったな〜このまま進めるで」

「「マジでぇ〜っ」」

悲痛な向日と宍戸の声を無視するように、忍足はドンドン話を進めていった。

「マジや大マジや!これも一つの味ちゅーもんや。監督もそう思いまへんか?」

「時間が勿体ない。忍足、サッサと進めろ」

「はいはい。もう少し面白い事言ってくれてもエエのになぁ〜。まぁ、監督もそう言とることやし、このまま続け
んで」

キッパリ言い切って、忍足は雑音まみれの状況を仕切始めたのであった。





取りあえず区切りの良さそうな所まで跡部は聴いた。
ノイズ混じりの音と共に耳に入る馴染みの声。

(ふん。相変わらず馬鹿な奴らだな、彼奴等は)

跡部は何時も情景が目に浮かんで、思わず微笑が浮かぶ。
何だか部活での出来事を彷彿させながら、跡部は再び音へ集中していった。




ノイズは相変わらずだったが…忍足の仕切パワーの御陰なのか、五月蠅い感じが否めなかった雰囲気から少し収まったようだった。

「ほんなら、しきり直しや!いっせーのーで」 

「「誕生日おめでとう跡部!!」」

パチパチパチパチ。盛大に拍手をした様な音が響く。

「跡部〜っ、どうだった?楽しかったしょ!!何せ手塚との試合だC。日吉だけ見れるなんて正直ズルイけど、きっ

と100点満点でハッピーだよね」

何時の間に起きたのかハイテンションなジローが戦陣を切ってそう言った。

「Cは無いやろジロー…それ以前に、日吉は現時点で試合見とらへんのに…そんな事言うのは可哀想や無いの。そ

れに成功するとは限らへんやろ、まぁそこそこ楽しんでもろ〜とるけどな」

辛口トークで忍足が、ジローに突っ込みを入れる。

それでも凹む様子が無いのか、はたまたハイテンションモード全開なのかジローの

「でもでも、それなら〜俺が〜審判やりたかったC〜」

ブーブーと抗議満点のジローの声が響く。

「バーカ。ジロー、日吉が滅茶苦茶イヤそうな顔してるぞ。」

「仕方がないですよ宍戸さん。俺だって、試合見たいと思うスから」

苦笑混じりに言った。

「あのな〜。お前等の誕生日じゃね〜だろ」

完全に呆れかえった宍戸が溜息混じりに呟いた。

「お〜い。本題からズレとるぞ!!」

「ウス」

またもや樺地が絶妙な間合いで、相槌を入れる。

「そうそう跡部、驚いたやろ?」

「驚いてるんじゃなく、呆れてる間違いじゃね〜の?屈折してるからな。嬉しくても嬉しいって言わね〜よ」

「ははははは宍戸さんは素直じゃ有りませんもんね〜。だから、跡部先輩の気持ちも分かるんですね」

ゴスッ。堅い物を叩いたような鈍い音が辺りに響く。

「長太郎〜っ、フォローになってね〜だろ!!あんまり巫山戯た事言うと殴るぞコラ」

「痛ぅ…。暴力反対です宍戸さん。第一、言う前に叩いてるじゃ無いですか…」

涙声で鳳は宍戸にそう返した。

「まだ言うか此奴は…。日吉、俺が許す。長太郎を切り捨てて良いぞ」

宍戸が言い切ったと同時に、カチャと真剣が鞘から出る音のような物が響く。

「ゲッ…若。マジで勘弁してくれよ」

「コレは木刀だ、真剣なぞ持ち歩くわけ無い」

「紛らわしいマネすんなよピヨシ」

「ピヨシ言うな。チョ太郎」

「言ったな〜」

「ああ言ったさ」

低レベルな言い争いを繰り広げようとした時、不意に黙っていた樺地が口を開いた。

「話がズレてます…。今日は跡部さんの誕生日祝いを…」

樺地が同じ2年の二人に向かって、弱気にそう言ったのであった。

「樺地の言うとうりやで、鳳、日吉反省しいや」

樺地の言葉を援護するように、忍足は鳳と日吉にそう言った。

「「うっ…。スイマセン」」

声をハモらせて日吉と鳳は謝った。

「はははは鳳と日吉は仲がE〜っ。うらやまC〜」

「「仲良く無い(ス)」」

またもや見事に、声をハモらせて鳳と日吉が声を出す。

「仲良Eじゃん!嫌よ嫌も好きの内ってね。跡部と宍戸みたい」

「ブッ。ジローな…っ」

「照れてるの〜宍戸〜。顔真っ赤になって可愛E〜っ」

「ジロー!!!」

「暴力は良く無いyo宍戸〜」

キャラキャラと楽しげに笑いながらジローは、ノラリクラリと攻撃をかわす。
すると…。

「ええ加減せんと、突っ込み入れんで!うぬら」

(え?向日(先輩)?)

思いがけない豹変ぶりと思いがけない突っ込みを受けた、一同は驚きのあまり声を失った。

「岳人ええ突っ込みや。跡部にも見せてやりたかったわ」

「おう!当然だぜ俺は侑士の相棒何んだからな。突っ込みだって覚えるぜ」

「そうかそうか岳人も突っ込みの面白さを知ってくれて嬉しいわ。さて、取り合えず場が収まった事やし。監督、例の曲でお願いしますわ。鳳も準備しっかりし〜や」

バンバン。景気の良い音を発てて、忍足は鳳の背中を叩いた。

「なっ…忍足先輩酷いスよ。ヴァイオリンは音外したりしないスよ」

自信満々に鳳は言い切った。
その直後…。
シーン。
水をうったように様に、辺りが静かになる。

((ヴァイオリンはって…お前…。普通はテニスの時に使うだろう?テニス部なんだし…。お前は何部だよ…))

一同、サラリと言い切った鳳の見てそんな風に思ったのか誰一人声を発する人間は居なかった。
何となく嫌な空気を脱したのはやはり、忍足だったらしい。
その忍足が動きを見せた。

「まぁ…まぁ〜皆頑張るちゅ〜事で、張りきっていってみようや!」

パンパン。仕切直しに手を叩き、忍足はそう言った。
それに答えるように、ずっと傍観していたであろう人物…榊太郎が満を持して口を開いた。

「では、気を抜かずに練習の成果を見せてみろ!鳳も油断せずにしっかりと演奏しろ!」

その言葉を合図に、ピアノのソロ演奏が始まる。柔らかな旋律に、鳳のヴァイオリンが静かに響く。
前奏が緩やかに過ぎた頃、お馴染みの歌が響き始めた。

 Happy birthday to you

 Happy birthday to you
 
 Happy birthday dear Keigo

 Happy birthday to you 


鳳もトチル事無く、無事に綺麗なハーモニーを作り上げた。


「「跡部、誕生日おめでとう!!今日は、ゆっくり休めよ!また学校でな」」


先程のハーモニーとは想像が難しい、騒がしい声音でMDの音は締めくくられていた。
ヴーッヴーッ。機械特有の無機質な音を立て、プレーヤーの音が静かに止まった。






MDから流れていた、賑やかすぎるBGMが無くなった室内は…何だかヤケに静かな感じがした。


「好き勝手言いやがって」


誰も居ない部屋の中で、跡部は誰に言うわけでも無しにそう短く呟いた。でも、その表情はとても柔らかな雰囲気だった。
黙ってリモコンで跡部はMDを操作し、もう1度MDの音を流し始めた。
賑やかな部活の仲間達の声を聴きながら跡部は(本当に悪かねぇな…。誰が考え出したか知らねぇけど…少しだけ彼奴等に感謝しても良いかもな)とボンヤリ思った。


「まぁ〜…こんな誕生日も悪かねぇか」


久々に感じた、色々な感情や出来事を思い跡部はそう思った。ベットに身を預け、MDの音に耳を傾けてゆく内に、跡部は目蓋が少し重たくなった事を感じ取った。
それに従うように、跡部は部屋の灯りを幾分落とし微睡みに身を委ねようと目を閉じた。
閉じられた瞳。目蓋の裏には、今日の出来事がスライドショーの様に流れてゆく。
何時もと違う始まりをした朝…渡されたMDとの宝探しのような出来事…予想も出来き無かった手塚との試合…それぞれの情景が浮かび上がる。

そうする内に、心地良い疲れが体中に駆け巡る。
充実した疲労と…それに伴う、眠気が跡部の元に訪れ始めた。
意識は微睡む海に沈み込んでゆく。
心地良い夢路に向かう跡部の部屋には、MDの流す音だけが静かに響き渡る。
それは、長くも…短かった一日が過ぎていった。



END


2003.9.16 Frmo:koumi sunohara



****後書き*****
長々とこんな駄文におつき合い頂き有り難う御座いました。
そして
跡部様、お誕生日オメデトウ御座います
きっと跡部様は万全な状態の手塚氏と試合したかっただろうな〜と思って書きました。
でも何だか、跡部様より他の方の方が目立った感じは否めないな…。
こんな駄作ですが、跡部様への贈り物にでもなれると良いな〜と厚かましくも思っています。
それでは、長々とおつき合い頂幸いに至ります。



BACK