欠くことの成らない存在を失った時
全てが崩れるのは必然
チームを一つのパズルだと考えたなら
一つでもピースを失えば
意味のなさない存在になる事だろう
だが何らか…それが補えたなら…
それは、どんな意味を持つのだろうか?
俺から見て、手塚は…青学にとって無くては成らない存在だと思っていた。
寧ろ手塚の居ない青学は…例えるなら『糸の切れたマリオネット』か『外堀を埋められた大阪城』。
要は、とるに足らない存在だと思うのはごく自然の流れだと。
確かに、全国に駒を進めたゴールデンペアー大石、菊丸ペアーも居る。
天才と言われる不二周助も…今年入ったばかりの天才ルーキー。
昨年の青学より格段に選手層良く成ったが…驚異か?と尋ねられれば、答えは否だ。
幾ら、
選手層の厚さなら、青学に破れた氷帝の方が厄介だ。
だが、手塚国光と言う存在が中心に有る場合ならば…青学自体を注意せねばならない。
手塚が居るだけで、志気が違う。
手塚と言う存在だけで、他校へのプレッシャーが違う。
言うなれば絶対のカリスマの持ち主なのだろう。
その点を考えると確かに跡部もカリスマの持ち主だが、派手な振る舞いで人を引きつける跡部とは違い手塚は空気のように存在し、派手なことをするわけでなく…人の目を引きつける。
そう考えると、手塚こそ本物のカリスマのような気がする。
こんなに敵となる他校の人物を褒めるのも自分としても珍しいが、俺は実際偽り無くそう思っている。
その手塚が、青学を離れると聞いたのはつい最近だった。
それを聞いた時には、珍しく俺は動揺を隠せ無かった。
100%の力で戦える唯一の存在。
直接的であろうが、間接的であろうが…それは変わることが無い。
自分にとっての好敵手。
そんな存在が自分の前から居なくなる。
理由は分からない訳では、無い。
肩の治療だと言うことも…。
だが、わざわざチームを離れる事が有るんだろうか?政治も全ての機関も…国の中枢首都東京に有る…医療機関もしかりだ…。
なのに手塚は、離れる事を決めた。
その理由を俺は凄く知りたくなった…。
(他校の自分に話すとは思わないが、万に一の確率で…言ってくれるのでは無いか?)そう思った俺の足は、手塚が旅立つ空港に向かっていた。
広々とした空港は、サラリーマンや旅行を楽しむ人間で溢れかえり、騒然としていた。
その中を俺は、人の波をすり抜けるように歩いた。
データーを武器にする蓮二の情報によると、まだ手塚の乗る飛行機はフライト時間には早く、会う可能性が有った。
その確率にかけ、手塚が目指すであろう搭乗ゲートに向けて歩いた。
しばらく俺は、その場で手塚の姿を探す。
だが待てど暮らせど…現れるのはサラリーマン風の人間だけ。
(俺が此処に来る前に、ゲートを潜ってしまったのだろうか?)
不意にそんな思いが脳裏を掠める。
(時間はまだ余裕が残されてるし…大石辺りと別れの挨拶をしているに違い無い)と思うことにして、俺はそのゲートの前で手塚を待つ。
そうして…飛び立つ前の手塚を俺は捕まえることに成功した。
俺が此処に現れるとは思わなかったんだろう。
手塚は少し驚いた表情を浮かべて俺を見た。
「真田…どうして此処に…」
「一応お前の見送りにと思ってな…後、聞きたいことが有ったから此処に来た」
「わざわざ神奈川からすまなかったな。だが出会い頭に聞きたいこととは…藪から棒だな…。まぁいい。で、質問とは何だ真田」
手塚は少し呆れたように俺を見たが、そう口にして俺の言葉を促した。
俺は、そんな手塚の好意に甘え質問を口にした。
「わざわざ九州に行く理由ぐらい聞かせてくれても、バチは当たることは無いだろう」
「そうだな…お前には聞く権利は有るな」
そう言葉を句切った手塚から出た言葉は、実に簡素なものだった。
「肩の治療の為だ」そんな分かり切った答えと「専門医が九州に居るから、そちらに行く」と言う
まるで、近所のスーパーにモノが無かったから少し遠い所に行くと軽く言う主婦のように、何でもない事のようにヤツは言った。
俺は手塚の言葉に、眉を寄せた。
「全国がかかっていると言うことを知っていてか?」
普段より声のトーンが下がっていただろう声音で、俺は手塚真意を探るようにそう尋ねた。
手塚は俺の変化にも気にする様子は無く、普段通りの。
「無論だ。だからこそ、俺は俺に出来る最良の選択を選んだつもりだ。それにな彼奴等は…いやあのチームは俺無しでも、確実に全国の切符を掴むだろう。俺は信じている…それにな…赤ん坊も…年を経れば独り立ちする。チームもしかりだろ…世代交代が良い例だろ真田」
迷いのない真っ直ぐな目線と、ハッキリとした口調で手塚は俺にそう言った。
毎年のように変わる部長交代…要は引き継ぎのことは、分からんでは無い。
何時かはうちの部も引き継ぎをするのだから…。
(だが、今はそんな時期じゃない…)
俺は手塚の言葉に強くそう思った。
だからこそ「そうか?」と短く切り返した。本当に言いたいことを堪えて。
“手塚国光という存在が…どれだけ他校へのプレッシャーを与えているのかお前は知っているのか?”俺はそう言いそうになるのをぐっと堪えて、短く言葉を紡いで…黙って手塚を見据えた。
「確かに、引退には早い。引退する気はまだ無い…だが、不変なモノは存在しない…良い機会なのかもしれないと俺は思っている。俺が不在の間だ、彼奴はきっと一回りも二回りも大きくなる」
そこで手塚は一旦言葉を句切り、「必ず全国の舞台で、真田と相見えよう」そう言って手塚は、俺に手を差し出した。
まるでそれは、指切りをする子供のようで…少し笑いが込み上げるが何とかやり過ごす。
そして、少し嫌味混じりに言葉を紡ぐ。
「ふん。良く言う…お前抜きで勝ち上がれるかが問題では無いか」
「俺が試合した数は数える程だろ、それだけ皆が頑張っている事の実証だ…。必ず、全国の舞台で相見える事が出来ると俺は信じている。それとな…真田。越前リョーマ…それが俺が残した答えになるだろう」
「越前…リョーマ…。ああ、氷帝戦の若獅子の一人か…」
俺は手塚の言葉に納得しながら、そう口にした。
そして、手塚が戦線離脱する関東大会一回戦の補欠同士の戦いを思い出す。
「確かに、荒削りでは有るが良い選手では有るが…お前ほどの力量は感じられないと思うが…」
俺は手塚には悪いが、言葉を濁しながらそう言った。
だが手塚は、顔色を変えずに言葉を紡いでいった。
「試合をすれば、きっとお前なら分かってくれると俺は思っている」
確信に似た強い意志を混じえた言葉だった。
きっとこれ以上、同じ話題が繰り返されようとも…手塚は同じ答えしか言わないだろう。
そう思い時計をチラリと見る。
すると時計は搭乗時間が迫ってきているのを教えていた。
俺は小さく溜息を吐き、シメの言葉を口にする。
「直すからには、しっかり直してこい!手負いの貴様に勝っなどくだらないモノは無いからな。約束通り、全国で相見えよう」
「では…次は全国でな」
そう言うと手塚は、空港のゲートへと消えて言った。
俺はその様子を見守っていた。
手塚を見送ってしばらく経っても、俺の心に燻るのは妙な空虚な気分。
それでも俺は歩みを止める訳にはいかない。
常勝立海三連覇をする事は違える訳にはいかないからだ。
幸村とも約束が有る。
このメンツで全国を制覇すると…。
だから俺は、空虚な気分になろうとも歩みを止めるは出来ない。
そう考えて、苦笑が浮かぶ。
(立海にもピースは足りないでは無いか…)と…そう思うが、状況が違うなとも思う。
幸村はフィールドに居ないが、手の届くところに居る。
その幸村に近況報告を兼ねて見舞いに行こうと仲間に誘われ、病院に訪れていた俺達に不意に訪れる訃報。
それは、後輩が大会前の選手とイザコザを起こしたという…有り難くない連絡だった。
面倒事を起こした赤也を回収に行くべく向かった先には、手塚が全てを託したという少年が立っている。
問題を起こした赤也は呆然と立ちつくすばかり。
それを横目で見やる。
(成程…赤也とやり合った相手は手塚の置土産か…)
氷帝の若獅子…日吉と言ったか…彼と一年の試合を見た時は(それにしても…小さいな…)と感じた。
小さな体ながら…プレーも確かに良かったが、荒削りで…今後期待できるものだと記憶している。
それが今俺の目の前に立っている。
赤也のナックルサーブを受けただろう小さな体には、所々痣が出来て痛々しさを感じるが…だが、守るべき庇護欲は浮かばないのは…体か放たれる敵意に似たオーラーを感じる所為だろう。
空気だけで人を寄せ尽かせない、そんな雰囲気を…小さな少年が出している。
(手塚もそんなオーラーを出す人間だったな…だが…こんなにギラギラした荒々しいものでは無いが…)
俺は少年の先輩にあたる手塚を思い描きながらそんなことを思った。
瞳の奥に有った炎は、表に誰の目から見ても分かるぐらい現れていた。
触れれば燃えるのでは無いだろうか?そう錯覚しても可笑しくない程に。
そんな置土産も流石に、体が悲鳴を上げていたのか…俺の前に来た頃にはパタリと倒れ込んだ。
それを柳生に任せ、俺は赤也やジャッカルに制裁を執行すべく足を向ける。
表示された得点板には、赤也の負けの文字。
不謹慎にも笑みが漏れる。
(橘ですらナックルサーブの前に散ったというのに…成程…手塚が言うだけのことは有るという事か…だが…)
俺は呆けたままの赤也を眺め溜息を一つ吐く。
(手塚の事はいえんな…ココもたるんどる)
止められなかったジャッカルと負けた赤也に渇を入れた。
「痛いス」とボヤキながら、一応の反省の色を見せる赤也に一言二言かけ柳生に手塚の置土産を任せた俺は、自宅に戻った。
その帰路の間も、今も浮かぶのは今日の光景。
手塚の置土産の敵意に似たオーラー…赤也を負かす程の腕前。
そして浮かぶは、手塚の言葉。
『それにな…赤ん坊も…年を経れば独り立ちする。
チームもしかりだろ…世代交代が良い例だろ真田』
(そうかも知れないな…)
俺は、今日の出来事を思い出して少しだけ手塚の言った言葉に同意出来そうな気がした。だが、手塚という『要と言えるパズルのピース』の代理にはあの置土産はアンバランスだと感じる。
感情を隠すことを知らぬ、抜き身…ギラギラとした切れ味の良い剣…。
手塚は切れ味が良い真剣…しかも鞘に収まった。
『本当の名答は鞘に収められている』言葉通りだと思う。
(さて…置土産はどう変貌を遂げるのか…)
鞘に手をかけ、中に収まる新刀を抜き出す。
鈍い輝きを放ちながら、その真剣は俺の目の前に姿を表す。
ビュン。
真剣が空を切りながら、標的を捕らえるように一筋の放物線を描く。
無論振りかざす真剣は、違えることなく標的を切り捨てた。
「お前がそうまで言う存在だ…置土産の実力しかとこの目で確かめさせてもらうぞ…手塚よ」
俺はそう言うと、真剣を鞘に収め誰に言うわけでも無く呟いた。
END
2003.12.30. From:Koumi Sunohara
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