新緑  

桜が咲いたら、新しい生活が始まるような気がする。出会いにしても別れにしても。

新たな門出。そんな意味あいも、きっとあるのだろう。

そんな春を代表とする花を楽しむのも、春の醍醐味ではあるけれど、それと同じぐらいにに木々や草花がキラキラて輝き始める。

柔らかな若草色が、木々だったり草花や山菜がヒョッコリと顔を出す。

冬の寒さから目覚めた、木々達の目覚めの様子は、薄紅に煙る桜の満開の様子に負けず劣らずに美しい。

風にユラリと揺れる名も詳しくしらない雑草ですら、何となしに綺麗だと思う。

照り付ける太陽ではなく、ホッコリとした気持ちにさせる、柔らかなお日様の陽気が、新たに芽吹いた緑に当たる様子もなんとも優しい綺麗な色合いを醸し出す。

そんな春の織り成す情景に誘われて、ふらりと散歩に出かけたくなるのは、不思議な事では無いだろう。

『春の陽気に誘われて…』

何処ぞの旅番組の冒頭に紡がれる様に…。


その陽気に誘われた男が一人。名は南健太郎、山吹に通うテニス部の部長さんである。彼は愛犬を連れて散歩に出掛けた。

実に、散歩日和なこの日に連れ歩く犬も心なしか嬉しそうに、ユラユラと尻尾を振りながら飼い主たる南の歩調に合わせているようにも思える。

(今日は本当に良い天気だよな…桜も咲いているし、何だかまったりする感じだな〜)

春いっぱいの空気を吸い込んで、南はゆったりとした気持ちになった。苛々とした感情も、この柔らかな陽射しの春の木漏れ日と風景の中では、なりを潜める様だった。

普段、色々と責任ある部長という役職柄と言うか、彼の周りにある大なり小なりの問題児の所為か心労が地味に絶えない南にとってこの春の散歩は心休まるひと時なのかもしれない。

ゆっくり歩く道沿いにはヒラヒラ舞う桜の花びら。
ソメイヨシノに八重桜…単に桜と言っても種類の違う桜の木1本1本には違う顔がのぞかせる。

百花繚乱という言葉がぴったりと合うように、薄紅や白そして濃い紅色の花びらが春の喜びを精一杯表現しているかのように彩りを見せる。

(桜も綺麗だし、木々の緑も鮮やかだな…穏やかな陽気って言うのはこの事か?)

ときどきサクラの木を見ながら南は、そんな事をぼんやりと思う。

(桜を見ると和むし…春って実感するけど…地味にコートに桜の花びらが溜まって掃除が大変だったりするんだよな)

愛犬がヒラヒラと舞う桜の花びらを目で追う様子を見て、少し風情には欠ける思いを浮かべる南。

休日だとか、花をみて和むとか言いながらも、彼もやはりテニス馬鹿だったりする訳で、こんな時でも浮かぶのはテニスの事だったりする。もはや、一種の職業病に通ずるものがあるのかもしれない。

それでも、ゆったりと過ごすこんな日が本当に南にとってリラックスできているのだから、いろんな意味で欲の無い男だったりする。

更には…。

「たまに、あいつら誘って花見をして和むのも悪くないかもしれないな」

等と言えるのだから、人が良すぎだったりする。

ともあれそんな呟きを一つもらしながら、(和むより、きっと大盛り上がりでうるさいんだろうな)などと思う南であった。

木々は風に揺れてサワサワと音を鳴らしながら、南と愛犬を見送ったのである。

おわし


2010.7.20.(WEB拍手掲載:2010.6.8.) From:Koumi Sunohara

-Powered by HTML DWARF-