俺の見る世界は、何時も鮮やかに色付いたものだった
それは定説で決定事項の事であるはずだった
だが…気が付けば…
俺の目に映りこむ世界は…
色褪せていた
俺にとってテニスは、もはや体の一部と言って良いほどだった。
それ程まで、テニス中心の生活をしてきた。
だから、色々な相手と戦った。
弱くて話しにならねー相手から、割と腕の立つ奴等や…好敵手とよばれる相手…数えてられない数戦った。
負けた数の方が、数えるのが楽なぐらい…俺は常に勝者であった。
それが当然で、当たり前すぎる現実だ。
200人を統べる氷帝学園のテニス部の長たる者には…いや…俺自身に架せられた使命。
負けは許されない、緊張感あふれる日常。
気の合う仲間と、下から迫り来る後輩達。
刺激は腐るほど有って、退屈なんて無縁で充実したはずだった…。
それなのに…何故今こんなに、心に虚無感が漂うのだろうか…。
空虚な気分に気が付いたのは、つい最近だった。
毎年なら全国まで行っていた部活が、今年は関東初戦敗退をきして…そうそうと引退が決まった時だろか?
不意に感じた思いを、ぼんやりと巡らせ見ると…気が付かない事に気が付いた。
青学との試合…。
イヤ…手塚との試合。
その後か…。
確かにあの時の試合は、心が踊った。
心の底から、ワクワクした気分で…勝ち負けなんてどうでも良いと思えるぐらい。
充実感と高揚感。
それはまるで…初めてテニスと共に生活するように成ってから、俺は自分という存在が確立したと心の底から思っていた。
白黒からカラーに変化したような、大きな衝撃。
その時に感じたような、そんな感情。
だが、今はその気持ちも褪せていた。
大きな空洞が出来た気になる。
埋める方法は分かり切っている…。
この心の渇きを癒せるのは、きっとアノ試合いと同等か…それ以上のモノだけだ。
また戦う…それは一番手近な解決策だが、それは出来ない。
第一俺は、テニスを引退した身の上…甘美な試合の緊張感をしりすぎてしまった体だ…。
その辺のストリートテニスや草試合などで、満足なんて出来るはずも無い。
もしくは戦った、相手に試合をするのも近道だろう。
だが、その戦った相手…手塚は…東京の地には今は居ない。
あの試合で肩を負傷して、療養の為に居ないのだ。
それでも、せめて同じ地に居たのなら…少しはこの空虚な気分も癒えたのかもしれないと思う。
大した矛盾。
何せ…俺は、手塚の肩の破滅を望んでいたのだ…。
それなのに今は、完全な状態の手塚と戦いたいと望んでいる。
矛盾している自覚は有る。
それでも、求めて止まないのは手塚との試合。
皮肉な事だ、試合に勝って勝負に負けたが…俺は手塚に勝った。
でも、心はアノ試合の手塚に囚われたまま。
(本当に大きな矛盾だな…だが…心はアノ試合で時が止まっている…皮肉な話だな)
人知れず自嘲気味に笑うと俺は、部屋の天井を見上げていた。
Tur〜Tur〜Tur〜。
無機質すぎる機械音が俺の耳に入る。
あらかじめ携帯に入っている、機械音のままの着信音が俺の部屋に鳴り響く。
俺は顔を顰めながら、音の鳴る方向に目を向ける。
学校用の鞄の中で、ブーンと虫の羽音のような振動を立てて其奴は自己主張していた。
面倒な気分だったが、そのままにしておく方が…何だか後々面倒な気がした俺は、しぶしぶ鞄に手を伸ばした。
Pi。
手に馴染みきった携帯のボタンの通話ボタンを押して、着信相手も見ずに俺は出た。
「もしもし」
発した俺の言葉に、相手は遅れることなく先制攻撃と言わんばかりに悪態を吐いてきた。
『遅いで〜遅すぎやわ〜。跡部〜なんや遅いやん出るの。てっきり、トイレに入ってるんかと思ったわ』
冗談なのか本気なのか、相変わらず分からない言い回しで…電話先の相手…忍足はそう言ってきた。
その言葉を聞いた俺は、すぐに電話を切りたい衝動にかられた。
(相変わらず、品性の欠片も見いだせないな彼奴は)
忍足の言葉に、溜息を零すのを堪えて俺は疲れた気分のまま言葉を紡ぐ。
「用事が無いんなら、切るぞ」
黙って切るのは俺の美学に反するので、俺はそう断って電話を切ってやろうとした。
が…俺の行動は把握済みの忍足は、すかさず次の言葉を言ってくる。
『有る〜有る〜。有りますって、跡部はセッカチさんやな〜。人生はもう少しゆったり生きんとあかんで』
相変わらずの明るい声で、忍足はそう言葉を紡いできた。
「チッ…。わーったよ、サッサと用件言えよ」
『はいはい、話し聞いてくれて有り難うな』
「いいから言え」
俺は急かすように、そう忍足に返す。
忍足はそんな俺の言葉にも、のんびりとした口調のまま言葉を紡いだ。
『そう言えば…跡部、もうすぐ誕生日やんか』
不意に脈絡無く言われた忍足の言葉に、俺は何を言われたのか一瞬分からなかった。
その為、何時もなら直ぐに返せる言葉も…少し間が出来てしまった。
まったくもって…らしくない。
「ああ、そう言えば…そんなもんも有った気がしたな」
気のない返事を忍足返す。
『そんなもんって…自分の誕生日やろ?』
俺の気のない言葉に意外そうな忍足の言葉に、俺は苦笑を浮かべる。
(そんなに嬉しいもんかね…面倒事の一つなのによ)
心の中でそう思いながら、俺は忍足に返すべく口を開いた。
「歳をとるぐらいで、一々気にする問題じゃねーだろうがアーン?」
そう言ってやれば、忍足は次に紡ぐ言葉が出てこないのか…ちょっと間を開けてから、俺へ言葉を返してきた。
『まぁ…ええわ。単刀直入に言うことにするわ』
少し溜息混じりで忍足はそう言葉を切った。
だから俺は、忍足の次の言葉を黙って待つことにした。
すると忍足は…。
『跡部、今欲しいもん有る?っと…メサメサ高いモンは買えへんで先言うとくけどな』
「欲しいモンだぁ?…特にねぇよ」
『何や…大したモンやなくても、普通は社交辞令感覚で言うもんやない?』
「毎年金欠な関西人にたかる程落ちちゃいねーぞ」
俺は意地悪気にそんな言葉を忍足に言った。
『嫌やな。毎年やなくて、たまぁにや。そこは、強調し所やで』
電話先で乾いた笑いを浮かべているだろう忍足に「バ〜カ」と短く言ってやった。
その俺の言葉を、忍足は軽く流したのか…勝手に話を進めていった。
『じゃー俺等に任せてくれるちゅーことで、ええねんな?』
「勝手にしろ」
『言われんでも勝手にする事にしるわ。ほんならな、期待せんで待っときや』
忍足が何やら呆れ口調のまま言葉を終らせた。
俺もそれに習うように、終らせる言葉を短く紡ぎ電話を終らせることにした。
プッ。
短い音を発て、携帯は通話を終了させていた。
賑やかな忍足の声を発していた携帯電話は、今は音を出さず黙っている。
それを、手近なテーブルに置いて俺はソファーに埋もれるように腰掛けた。
(ああそう言えば…誕生日か…本当に忘れていたな…)
俺は忍足との会話を思い出して、そう思った。
忍足を筆頭に、俺の誕生日を祝おうとしている連中の気持ちは嬉しくないとは言わない。
癖が強い連中であるが、気兼ねなく馬鹿出来る…そんな連中。
それでいて曲者揃いで、言い出したことはやり遂げる連中。
だからといって、俺の欲しいものはきっと手に入ることは無い。
無理な願いなのだ。
言うだけ無駄で、障害ばかりが多い願い。
かぐや姫が求婚者達に出した課題のような、そんな願いだ…。
そんな気分が俺の心を占め始めた。
「言えるわけ…ね〜だろう」
俺は誰も居ない部屋で、独り言のように呟いた。
言える訳が無い願い
寧ろ叶うはずのない願いだろう
だが…
もしも…その願いが届くなら…
その時こそ俺の目に映る世界が変わるだろうか?
END
2003.10.22 From:Koumi Sunohara
★後書きと言う名の言訳★ 私的解釈で、色褪せた世界って感じで使いました。 それにしても短いス…SSと表記変えるべきかしら? 跡部様の独白って感じなので、小説と言う分類かは…正直迷うところでしたが一応小説で。 「形のない贈り物」と合わせて読むと、跡部様が酬われるような気がします。 また懲りずに、跡部様ネタで書きましたが…どうにも跡部様を格好良く書けない人種のようです。 ヘタレぽくなったり、ギャグだったり…。 何時か格好良い跡部様を書くことが夢ですが…何時になる事でしょう。 それでは、ココまでおつき合い頂きまして有り難う御座いました。 |
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