雷の鳴る夜
雨と言えば、ハラハラと雫が空から落ちてくるイメージが強い。
色とりどりのカラフルな傘の上に落ちる雨音は風情を感じる人にしてみれば、音楽の様に受け取る事が出来るかもしれない。
生憎と言って、俺自身にはそういった風情や乙女的な思考は無いに等しい。
年子であるリリアンに通う姉の祐巳や乙女心を持った友人であるアリス辺りなら、少しは違う意見が出ただろうが、生憎俺にはそう言った感覚は乏しいと思う。
何の因果か不明だけど、烏帽子親になってしまった柏木先輩ならば、汁粉に砂糖を増量したぐらい甘い表現や古文に出てきそうな表現をサラリと言ってのけるに違いない。何せ、花寺の光の君と呼ばれる人だから。
兎も角、雨の表現は人それぞれきっと捕らえ方が違うのだろうと言う事だ。
ザッ−ザッ−。勢いよく降り注ぐ雨は、幾ら梅雨の時期だと言っても幾分激ししぎのように思う。
アスファルトを親の仇かの様に打ちつける雨は、地味に雨が凶器に感じる程激しい。今傘を挿さずに外に出たなら、滝打ちに来ている修業僧の気分がもれなく味わえること間違い無い。
それ程、雨音は真っ直ぐに勢いよく大地に降り注ぐ。
土では無くアスファルトの為、降り注ぐ雨水は染み込まずに跳ね返り大きな水溜まりを作る。
時々、ピカーッとまばゆい光りが輝き、ゴロゴロと低めで腹に響く音が轟く。
凄い勢いで落ちる雨の音と、雷の音は不思議とお互いを打ち消し合わずに違う音で響き合う。
時折、窓ガラスに映る稲光の光が外の暗闇によく映えるようだった。
(祐己やアリスなら、この雷嫌がりそうだな)
ぼんやりと稲光を眺めながら俺はそんな事をふと思う。
姉の祐己は、今日は同じ薔薇様の志摩子さんの家に泊まりに行って不在のため、福沢家は地味に静かなのである。賑やかな両親は健在ではあるが…まぁカウントには入れないと言うことにしておく。
そんな折、数回の呼び出しのコールで、俺は携帯のディスプレイに表示される名前を見ないまま、電話に出た。自分の電話番号を知りえている人間は、限られているから…。
「はい、もしもし」
そう言いながら、はて?相手は誰だったろうか?と考えながら俺は相手の言葉をまった。
(小林か…はたまたアリスか?大穴で柏木先輩?)
などと、よくかかってくる人間を思い浮かべながら携帯越しの相手の声を待つ。
この時俺は、まったく想像していなかった人からの電話に驚くことになるなど知る由もなかったりする。
「もしもし、今晩和、祐麒さん」
涼やかで凜とした声音がそう告げた。
あまりにも、自然に交わす会話のはずなのに、電話の相手である祐巳の学校の姉という立場の小笠原祥子さんが話をすると、何でか全て様になる。こう言う時、柏木先輩と祥子さんが血縁者である事がひしひしと思い出される。
そう…電話の相手は祥子さんだった。実に予想を大きく超えてくる相手だったのである。
そんな事を考えながら、俺は返事を返すべく言葉を紡ぐ。
「今晩和、祥子さん」
お決まりの挨拶を交わして、俺は携帯に耳を傾ける。
正直、姉の祐巳を差し置いて、祥子さんが俺に電話をかけてくる理由がいまいちピントこない。
(祐巳の電話番号が分からないわけでもないだろうに…何で俺なんだろう?祐巳に繋がらなかったのだろうか?)
そんな事を思いながら、祥子さんの言葉を待つ。
「もしかして、私からの電話で驚いてるのかしら?」
「いえ…」
「ふふふふ。祐己といい祐麒さんといい嘘が苦手ね。ちなみに、祐己に繋がらないから祐麒さんにかけた訳じゃなく、祐麒さんに電話をしたのだけど…これも吃驚してしまうかしら?」
少し悪戯気味の声音で紡ぐ祥子さん。図星を充てられた俺は、本当に何とリアクションを取って良いのか分からない状況だったりする。
「正直少し」
「そうでしょうね祐麒さんにしてみればそうかもしれないけれどね。私としては、この前のお花見と同じぐらいに祐麒さんは私の中ではとっても身近な存在だから、何となしに電話をしてみたのだけど…祐麒さんには迷惑だったかしら?」
「いえ…迷惑って事は無いんですけど。何となく、祥子さんからの電話って不思議な感じがしただけですよ。それに、俺も柏木さんや祐己と同じぐらいに祥子さんを身近な気持ちがありましたから…嬉しかったです」
「そう…良かったわ。一方通行だったら悲しいもの」
サラリと嬉しいと言ってしまう辺りが、柏木先輩と通じるところがあると俺は思う。
気障な台詞やくさい台詞…時々凡人では考えられないような言動や行動を、柏木先輩や祥子さんはすることがある。そんな時は、本当に血縁者なんだと思うのだが…今日もその一旦なのかもしれない。
そう考えると、俺にかかってきた電話についても深く考えなくても良いのでは無いかと俺は思えて少し気持ちが楽になったように感じる。
そこから、当たり障りの無い話をしながら、話題は今降り続いている雨の話題に自然と向かった。
「これだけ雨が強いと外に出るのが厳しいですしね」
「そうね…傘をさしてもきっと盛大に濡れてしまうわね。でも一度、大いに濡れてみたい気もするけれど」
「確かに。祐己辺りなら喜んでやりそうです…でも、きっと風邪ひきますね」
しみじみと言葉を紡げば、電話越しの祥子さんは小さな笑いがこぼれてるようだった。
「ふふふ。瞳子が一生懸命に止めている姿が目に浮かぶようだわ」
「そうですね。きっと止めてくれるでしょうが…柏木先輩が居たらややこしい事になりそうですが」
「そうね優さんが入ると大変そう。そう思うと雨も楽しいかもしれないわね祐麒さん」
「あれ?祥子さん雨苦手なんですか?」
「雨は本当は好きでは無いの。偏頭痛が起きるから」
電話越しでそう告げる、祥子さんはきっと苦笑を浮かべているのだろう事が想像できた。もしかしたら、肩を竦めているのかもしれない。
そんな事を考えながら、俺も言葉を紡ぐ。
「多分ほとんどの人は雨が嫌いな人が多いと思います。アリス曰、雨の水の跳ね返りが服を汚すから嫌だって言ってましたし」
気のきいた言葉を出そうと思いつつ、出てきた言葉がそんな言葉だった。
(雷が嫌だって人もいますよね?とか言えば良いのに俺何言ってるんだろう?)
何気に祥子さんと話をすると緊張して、自分でも何を言っているのか分からない変な癖が時々あったりする。
「アリスならありえるわね」
クスクスとお上品に笑いながら、そう言葉を紡ぐ祥子さんに…どうやら俺の意味不明な返答は祥子さん的には正解であったようだった。
「それに…雷は少し怖い感じがするの。低い音で響く音が何となく…だからかしら、思わず祐麒さんに電話をしたくなったのかもしれないわね」
サラリとさり気なく紡がれた祥子さんの言葉に少しどうしてよいか分からない状況になりつつ、俺は当たり障りのない言葉で返した。
「大抵の人は嫌いですよね雷」
「祐己も嫌いかしら?」
「好きじゃ無いですね…だから、祥子さんが嫌いだって知ったらお揃いだ何て言うかもしれませんよ」
おどけてそう言うと、祥子さんは電話越しでも分かるぐらい控え目に笑っているようだった。
「祐己ならそう言いそうね。で…祐麒さんは?」
「俺ですか?そうですね…嫌いじゃ無いですよ。寧ろ、稲光が綺麗だと思います」
「綺麗?稲光?」
「はい。黒い画面にパッと光の筋が通るのは…何か現実離れしていて…柄にもなく幻想的で綺麗に感じるので好きですよ。しかも滅多に見れないから余計にそう思います」
そう告げた俺の言葉を、少し祥子さんは考えてる様子で少し間を開けたのち言葉がかえってきた。
「綺麗ね…ふふふ、確かに真っ黒のキャンバスに一閃の光は綺麗かもしれないわ。素敵な考えね祐麒さん。今日は本当に祐麒さんに電話してよかったわ。雨の日も悪くない気持ちになったもの」
「喜んでもらえて良かったです」
楽しそうな祥子さんの様子に俺は心の底から、そんな言葉を紡いで電話を閉めた。
他愛も無い雨の日の意外な人との長話も案外良いのかもしれないと…シトシトと降る雨と雷の鳴る音を聞いてそう思った。後で、祐己に根掘り葉掘り聞かれるだろうと思いながら…。
おわし
2010.10.14. From:Koumi Sunohara