雨上がりに出会う
福沢祐己という女の子は会うたびに驚かされる。
別に奇抜であるとか…悪戯好きの子と言う意味では無く…成長と言うのだろうかそういう意味で驚かされる。まぁ、彼女の弟でもあるユキチこと福沢祐麒にも言えることではあるのだけどね。
色んな意味で、福沢姉弟は成長と驚きに満ちるそんな存在だと俺は思う。
何というのだろう、ユキチについては彼が花寺に入ってから烏帽子子として見ているので急激な成長と言うより緩やかな成長に見えるのだけど、祐己ちゃんについては時々しか会わない所為か驚きと成長の著しさを感じるのかもしれない。
後は、そうだな…出会った時の印象と言うかイメージが大きいのかもしれない。
出会った当初の彼女は、何処にでもいそうな雰囲気の子で気の弱さや頼りなさを感じる、ユキチに良く似た女の子だったのだから。
その最初のボーダーライン故にそう感じるのかもしれない。
山百合会のシンデレラの練習の時から学園祭前日までに…その頼りない祐己ちゃんの成長は凄いものがあった。気難しい祥ちゃんの気持ちを汲んで、祥ちゃんにとって最良の選択を自然と取る姿は従妹である自分でも驚いたものだ。
(そう言えばユキチにも似たような事があった気がするな)
彼女を見ながら思い出すのは後輩と言うのが俺の中での当たり前だった。
だってそうだろう、祐己ちゃんとの時間よりもユキチとの時間が長い。性格だって行動だって、ユキチは知りえるけれど祐己ちゃんは知らない。祥ちゃんがユキチの事を分からないのと同じぐらいに俺は、祐己ちゃんを完全に知りえる事が出来ない。その違いなのだから。
だからこそ、ユキチ>祐己ちゃんと言うのが当たり前で、それが実に自然の理に思えていた。
それなのに何故だろう?
ユキチと同じようなのに、別の意味で祐己ちゃんが気になる。
従妹の瞳子に感じるものや…祥ちゃんに感じるモノ…ユキチに感じるモノとは違う親愛の情より複雑な気持ちを感じる。
好きか嫌いかの二択なら間違いなく最初なのは、ハッキリと言えるけれど。
そんな風に、近すぎず遠すぎずに彼女をユキチ感覚で接しながら、季節は春を迎え従妹の瞳子がリリアンの高等部に入学し、祥ちゃんと祐己ちゃんと瞳子と言う取り合わせに困惑する祐己ちゃんを傍観者よろしく眺めたりもした。
くるくる変わる表情に、裏表の無い性格の彼女は見ていて気持ちが良かったし、瞳子も祐己ちゃんに触れて良い方に変わればよいと思う日々の中、祥ちゃんのお祖母様の体調を崩した。俺は祥ちゃんサイドの人間で(祥ちゃんがどう思っているか不明だが)、瞳子の従兄弟だから、祥ちゃんのお祖母様の件は身内の事であった故に祐巳ちゃんに教える事をしなかった。
まぁ…俺自身にも色々思う事があって、祐巳ちゃんにまで気が回らなかったと言うのもあるのだが。
だから、この期間の祐巳ちゃんが相当のダメージを抱えていても、さほど気に留めて居なかった。
彼女の周りは、基本的に恵まれているから祐巳ちゃんなら大丈夫だと思っていたのかもしれない。
否、この時の俺は祐巳ちゃんに対して、あまり気にしていなかったのだろう。
フェミニストだとか言われている割に、本質はやはり身内びいきなのだ俺は…。
ともあれ、俺はユキチが祐己ちゃんが元気が無い様な事を言っていても、祐己ちゃんなら大丈夫だとそんな風に思っていた。
そんな矢先、祥ちゃんのお祖母様が亡くなって…祥ちゃんがどうしようも無いぐらいに落ち込んだ姿を見る事になる。
(何となく分かっていたけど…ここまで祥ちゃんに影を落としてしまったか…)
弱り切った従妹を何とも言えない気分で見る。祥ちゃんに嫌われている身として、彼女を浮上させてあげる言葉が見当たらない。実に不甲斐ないものだった。意外な事に叔母様は気丈な程前を向いていたけれど。
そんな祥ちゃんを見ていられなかったのか、叔母様は彼女の姉妹関係にあった水野蓉子嬢に連絡を取り、どうにかしてもらおうと考えていたようだったが…。
「蓉子ちゃんにも来てもらったのに、祥子さんはやっぱり元気が無いわ。やっぱり祐巳ちゃんじゃなきゃ駄目なんでしょうね」
少し苦しげにそういう彼女に、俺は「連れてきましょうか?」何て言葉は今回ばかりは言えなかった。祥ちゃんが祐巳ちゃんを犠牲にしてお祖母様についていた経緯と…その間の祐巳ちゃんの落ち込みを過れば、身内贔屓の俺とてそんな事は言えなかった。
叔母様も、祥ちゃんが祐巳ちゃんとの時間をお祖母様に使っていた事を知っているゆえに言えないようだった。
それを打破したのは、祥ちゃんの姉であり祐巳ちゃんの大姉でもある水野蓉子嬢その人だった。
「この状態を打破できるのが祐巳ちゃんだけでしょうね。祥子と祐巳ちゃんの間に何があったのか分からないけれど祐己ちゃんと祥子を両天秤にかけたら、残念なけど私は祥子をとる。私が選んだ妹だもの。祥子が私では無く、祐己ちゃんを求める様にね。それに、祥子の妹である祐己ちゃんならきっと祥子を助ける道を必ず選ぶわ。どんなことが二人にあったとしてもね」
さも当然という口ぶりで言い切るその姿に、流石先代の山百合会紅薔薇と言う感じがした。
しかしながら、俺は彼女のその揺ぎ無い自信に眉間に皺を寄せた。
「凄い自信だね」
「ええ。姉妹を信頼しない姉はいないわ…妹も然り。柏木さんには、分からないでしょうが…リリアンの姉妹の絆の自信よ。それに、祐己ちゃんは貴方が思っているよりも祥子への想いは大きいもの…弱さを強さに変えれる子なのよ」
我が事の様に言い切る水野嬢の言葉には一分の迷いも見られなかった。
「君がそこまで言うのならそうなのだろうね。分かった、祐巳ちゃんを迎えに行こう」
少しの不安を胸に俺は、水野嬢と共に祐巳ちゃんを迎えに行くことにしたのだった。
リリアンに着き、水野嬢は俺にココで待つように告げると颯爽と学園の中に入って行った。
(本当に祐巳ちゃんは着てくれるのだろうか?)
心の中で俺はそんな事を思いつつ、彼女たちの来るのを待った。
ほどなくして、水野嬢と祐巳ちゃんはあらわれた。
その姿は雨の日の後でも、散る事の無い凛とした薔薇の花が不意に祐己ちゃんと重なった。
(この子があの祐己ちゃん?)
校門の前で待っていた俺は思わず目を瞬かせた。
水野嬢と連れ立った祐己ちゃんの目には、頼りなさでは無く強さを感じた。正に山百合会の紅薔薇の蕾に相応しい意志の強さを思わせる。
(水野嬢は祐己ちゃんにどんな魔法をかけたのだろう)
自分ではきっとできなかった事を、簡単にした水野嬢に俺は理不尽に嫉妬を覚えた。
どう考えても、祐己ちゃんと自分との関係は弟の先輩で、姉である祥ちゃんの従兄弟と言う位置づけでしかないのに関わらず俺は、おこがましくもそんな風に思った。流石紅薔薇姉妹の長女と言うところだろうか…。
格の違いを見せつけられた、俺は内心穏やかな気分ではなかったが、ポーカーフェイスに努めて祐己ちゃんを車へエスコートした。その姿がまるで、シンデレラの一幕の様に思えた。
(シンデレラでは王子だったけど…さしずめ俺はネズミの従者って所だろうか…水野嬢はシンデレラに魔法をかける魔法使いかな)
そんな事を胸に秘めつつ、俺は彼女に言葉をかけた。
「祐巳ちゃん来てくれて有難う」
「柏木さんにお礼を言われるために来てませんよ」
そっけなく返されるその言葉は、数度会った際に行われる其れで…(何時もの君だ)何て柄にもなくそんな風に思った。
「そうだね…でも、祥ちゃんの従兄として言いたかったんだよ」
「そうですか。でわ吝かではありますが受け取っておきます」
ポンポンと返されるやり取りに何だかホッとする自分と祥ちゃんに対する彼女の好意の度合いを示すようで切なさを感じる。
(嗚呼、祐巳ちゃんの原動力は良くも悪くも祥ちゃんなのだ)
分かりきっていた事だけど、何故か心に小さな痛みを感じた。
揺るぎ無い信頼関係。ユキチと俺との関係とはまた違う別の何か。
それを、振り切るように車内では取り留めない話…まぁ主導権は強い強い水野嬢が仕切っているがをしつつ、今回祐巳ちゃんと祥ちゃんの両者にふりかかった出来事の顛末を話しながら、俺は車を祥ちゃんの居る場所まで祐巳ちゃんを無事に送り届けることに成功した。
その後水野嬢は祥ちゃんと祐巳ちゃんの為に席をはずし、俺もまた席を外した。結果論から言うと、水野嬢の予想通りに祥ちゃんは祐巳ちゃんのおかげで立ち直ることが出来た。驚くほど、あっさりと。
(凄い魔法の薬だね祐巳ちゃんって)
改めて、予想外な展開に俺は少し、二人の関係を誤った認識をしていたのかもしれないと思いなおした。
盲目的に祥ちゃん慕っているイメージが祐巳ちゃんにあったけれど、実際は…祥ちゃんの祐巳ちゃんへの依存度が高いと言う事が、今回の事で分かった。
そうじゃなければ、水野嬢が来た時点で祥ちゃんは立ち直る事が出来たはずだから。
雨上がりの空の様に、澄み切った空の様に君は晴れやかな顔になっていた。
そんな、君だから…祥ちゃんが何より大切にするのだろう。
だからかな?身内贔屓の俺が、何だか君に惹かれる。
不思議な魅力を持つ祐巳ちゃん。きっと僕ら従兄妹と関われば、否応無く様々な悪意と言う冷たい雨が降りしきるだろう。
それでも、きっと祥ちゃんも俺も…祐巳ちゃんやユキチの手を離す事が出来ないだろう。
家では無く、一個人として接する君達は凄く稀有な存在だから。
自分勝手で我が儘でも、悲しい雨から立ち直った君を見ていると、側に居ても良いような錯覚に陥る。
今度は俺が君の助けになりたいと願う。俺の助けなど、要らないと君は言うかもしれないけれど。雨上がりの綺麗な空の様な、雨に濡れても散らない薔薇の凛と
した強さを持つ君の人柄に惹かれた一福沢祐巳ファンとして…。俺はそんな風に思う。
おわし
2011.5.20. From:Koumi Sunohara