天使の歌声



福沢祐巳と言う女の子を一言で言うと…。


「不思議な子だと思った」


その言葉が一番合うと僕は思う。
まぁユキチに対して最初に抱いた感想も、そんな言葉に尽きるけどね。

平凡で何処にでも居そうなのに…彼女は何故だか目が離せない不思議な子。
何だろう…会うたびに違う一面を垣間見ると言うのかな…そんな感じだね。


毎年避暑の為にやって来るこの地で偶然に出会った祐巳ちゃん…ユキチも居たけどね。
その時も、元気なだけじゃない福沢祐巳という存在を知った。

そんな祐巳ちゃんの事を色々考える内に僕は、新年会での出来事とか色々思い出した。


「きっと小笠原家は福沢姉弟の様な存在に潜在的に惹かれるんだろうね」


不意に自分で言った言葉が、頭を掠めた。
まったくもってその通り過ぎる言葉に、何時もなら苦笑なり…なんなりのリアクションを取るんだけど…でも状況が違うんだ。
今はヘラリヘラリ笑っていられる状況じゃない。

だって此処は、僕が気にってる彼女にとって良くない場所だから。
そんな中だから僕は少しでも冷静でいなくてはならないからだ…さっちゃんの分まで。

ハッキリって自分に降りかかる火の粉よりも…今の現状は、僕の心臓にはよくないものだったと思う。
さっちゃんもドキドキしただろうけど、僕もかなり緊張しているんだ。
勿論顔には出さないよ、ポーカーフェイスがもっとうだからさ。


兎も角それよりも祐巳ちゃんの事だ。
ハッキリいってこの場は悪すぎる。
何せアウェーだからね。敵さんがうじゃうじゃ居るしね…さっちゃんも気が気じゃ無いだろうね…瞳子も口には出さないだろうけど気が気じゃないに違いない。


本当に敵だらけでイヤになる。
こんな事に成ることを予測していただろう、紅薔薇姉妹の神経の強さ…ん〜この場合祐巳ちゃんの精神力の強さかな…それには頭が下がる思いを感じずには居られない。


そんな折りに、事もあろう事か…西園寺のお嬢さんが音楽のプレゼントを祐巳ちゃんに提案してきた。
驚きと不安に目を見開く、祐巳ちゃんに勝ち誇った様な表情の西園寺のお嬢さん。
その両者の表情の違いに僕は、有ることに気が付いた。


(そうだね…ユキチも祐巳ちゃも普通の子だもんな…少しは出来るかもしれないけど。多少の出来じゃ…奴らの思うつぼって所かな…)


四面楚歌状態…相手は見るからに、祐巳ちゃんの失敗を待ってる。
否…待ってるだけで良い…そんな状態。
瞳子も僕から離れた所で心配気に祐巳ちゃんを見ている。

そんな祐巳ちゃんのピンチを黙って見ていることが出来なかった僕は、彼女にしてみれば物騒な言葉を口にした。


「この場をぶち壊してやろうか?」


僕の物言いに驚いた祐巳ちゃんだったが…それでも彼女は、僕の提案に頷くことは無かった。

それどころか、前へスッと足を向けてしまった。
勿論その行動に見ていた僕も、祐巳ちゃんを見守っているさっちゃんも驚いて彼女を見た。


(何をするのだろう?)


正直僕もさっちゃんも同じ事を思いながら、彼女を見ていたに違いない。
それなのに胸中など知らない祐巳ちゃんは、一言言葉を紡いで…リリアンの生徒らしく「マリア様のこころ」を歌い出した。

けして上手なわけじゃないけれど、歌う祐巳ちゃんの声に安定した音を奏でるさっちゃんのピアノの音色が重なった。
きっと見てるだけ何て出来なかったんだろう…何たって今のさっちゃんは落ち着いたもので堂々と妹との演奏に集中しているから。

そんなお姉様効果なのか、緊張しきっていた祐巳ちゃんも普段の様な良い表情で歌っている。
まったくもって本当に神経が図太い紅薔薇姉妹だ。


(流石祐巳ちゃんのお姉様って所かなさっちゃん…)


偶然にせよ必然にせよ生まれた何時ものペースに、僕は彼女たちをみながらそう思う。

そして感じる…。
どんな凄い歌手が歌っても、きっと今程心に響いたものは無いに違いない。
上手い下手じゃない…込められる想いを歌うその歌声。


(そんな歌声や響きは…お金をかけて築いた巧さには出せないものだろうね…)


僕はしみじみと思いながら、祐巳ちゃんの歌声と…さっちゃんの伴奏に耳を傾ける。
優しい音色が辺りを包み、やがてまた静寂が訪れた時…この場所で小さな奇跡が起きた。

パチパチパチ。

少し乾いた音が辺りに響く。
それが拍手だと気が付いたのは誰もが遅く…音は釣られるように重なりを増した。
音の発生源は、意外な所で…以外じゃ無いかもしれないけど…僕ら以外にしたら以外と言うことにしておくけど…何と西園寺の曾祖母様だった。

僕の想いと同じ様に感じたのか、西園寺の曾祖母様は誰にもしなかった拍手を彼女に向けて贈った。
そして、祐巳ちゃんに「有り難う天使様」とニコリと優しい微笑みを向けた。

その後は面白いように全てが、茶番劇を見ている様だった。
罠を貼った方が、一泡食わされ…形成が逆転するという結末で幕を下ろした。

御陰で瞳子も僕も…さっちゃんも祐巳ちゃんも平和に過ごせたんだけどね。
でも心臓に悪かった事には変わりない。
ともあれ無事に済んだんだから良かったのかも知れないと思うべきなんだろう…。



深くなる夜の闇に僕は、紅薔薇姉妹に声をかけた。


「夜も遅いから送るよ」


そう言った僕の言葉に、二人は少し驚いたように目を見開いたが…すぐに何時もの口調で言葉を返してきた。残念ながら断りの文句だけどね…。

僕の提案を軽く断った紅薔薇姉妹に「じゃぁ気を付けて」と声をかけて彼女らを見送った。
遠のく二人を眺めながら、今日一日を想いながら僕はふと言葉を紡ぐ。


「さしずめ天使の歌声って所かな。西園寺の曾祖母様の言葉を借りるとしたら」


仲良く二人帰路に着く背中を見つめながら、僕は思わずそう呟いたのだった。



おわし



2004.10.11. From:Koumi Sunohara




★後書き+言い訳★
しかも珍しい偶然に、天使の歌の時の話をこのお題で書けるとは思いもよりませんでした。
いや〜びっくり。
さて…ちなみにマリみて初書きなんです。
その初が柏木さんと言うのもどうかなぁ?って思うのですけど。
結構この柏木さんのキャラ嫌いじゃ無いんですよね…花寺学祭やその他の話で名誉挽回が効いたのかもしれませんが。
地味に、柏木×祐巳とか良いなぁって思ってる人間だから余計でしょうか。
マイナー街道まっしぐらですね…ユキチと祐巳というのも好きなんですが…これまた少ない気も。

柏木さんが偽物臭いのもご愛嬌と言うことで、おつき合い頂き有り難う御座いました。


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