●  蝉時雨のアル日 ●

蝉も忙しなく鳴き…暑さに拍車をかける日々。
数日前にあった、学校一のイベントの熱気とはまた違う暑い日々がここ最近つづいていた。
すなわち普通に暑いということなのだが。

そしてコレは…花寺の学校祭が、大にぎわいで幕を閉じてから数日後の出来事である。



学校祭終了後の事後処理に追われている、花寺生徒会のドアを叩く来訪者が現れた。
“ドンドン”…けしてお上品とは言えない、乱雑なノックが生徒会室に響くと共に声高らかにドアを開けて来訪者が現れた。

「たのもー!推理小説同好会だ。福沢祐麒出て来い!」

一昔前の道場破りよろしく、張り上げる声が辺りに響く。

「何だ人攫い…俺達は忙しいから帰れ」

首だけ出した小林が、推理小説同好会のメンバーを見てそう言う。後ろで覗くアリスも同意見なのかコクコクと頷いている。

さしずめ、修羅場の漫画家に空気読まずにセールスマンが来た際の対応を醸し出す。ようは、通常ならば二の句が継げない状況という言葉が実にしっくりくるだろう。

それでも、この推理小説同好会は意外な事にめげなかった。

「人攫いとは失礼な。訂正しろ!」

若干検討違いの訂正を口にしながら反論を口にする面々。その態度に、普段温厚なアリスが不機嫌そうに顔を歪めた。

「何よ…祐巳ちゃん攫っていったくせに」

ボソリと言うアリスに、推理小説同好会の面々はウッと言葉を詰まらせる。図星をさされた人間の性である。

「ゴホン。それよりも福沢祐麒を出せ」

取り繕った態とらしい咳を一つ吐いて、推理小説同好会の面々は言葉の語調を強めて吐きだした。
その様子を呆れた様子の視線が刺さる。

「あのな〜…会長って言えよ。しかもお前らに恩赦をくれた祐巳ちゃんの弟に対しての態度か?」

完全に呆れ顔の小林が面々に言う。

「ううう…兎に角福沢祐麒を出せと言っている」

「何でそんなに態度がでかいのかさっぱりわからないな。そんな奴にユキチは出さん」

高田まで、不機嫌気味に推理小説同好会に言い放つ。
ハッキリ言って推理小説同好会はアウェーであるのは誰の目で見ても明らかであった。

ビービーギャーギャーと、男子高校生が雁首揃えて言い争いを繰り広げる構図は、あまり好ましいものでもなく、花寺会長である祐麒は(面倒だな〜)と思いつつも、この不毛な争いを収める為に重い腰を上げる事にした。

色んな意味で面倒な事態になりそうな予感を抱えながら、祐麒は彼らの出している冊子『シャーロックと小五郎』と言う明らかに下手なタイトルの冊子を手に彼らの前に姿を出した。

「そんなに騒がなくても俺は逃げも隠れも…ましてや、誰かを拉致監禁なって事もしないぞ」

姉祐己への仕打ちに地味に怒っている祐麒は、軽い嫌味を交えながら開口一番そう彼らに告げた。

「「うっ…それは」」

祐麒の言葉に言葉を詰まらせる、面々に彼は深いため息を一つ吐く。

「で…用件は何だ?」

「我々の素晴らしい『シャーロックと小五郎』に感銘を打って部にする件についてだ」

「そんな約束してないぞ。そもそも、この冊子の内容では推理小説同好会の部への昇格何て認められない。推理小説でもなければ、ただの恋愛小説だろ。第一何故…ヒロインがツインテールで…どことなく皆一緒の様な設定なんだ?」

花寺会長である、祐麒は呆れ顔全開で推理小説同好会の面々の顔を見てそう言った。手には勿論彼らの自費出版の、冊子を広げながら。

「設定が被ったのは偶然だ」

シレッと部長…この場合は同好会なので…会長となるのか…ともかく代表の人物は祐麒に言い切る。
他のメンバーも代表者に賛同するように頷いている。

「祐己ちゃんに助けられたからって、安易すぎだわ」

「アリスに1票」

「同感だな」

生徒会面々は、推理小説同好会の意図にバサリと切り捨てた。

「お前らの作品が祐巳ちゃんに何か与えるとは俺は到底思えんのだが…」

ジロリと推理小説同好会の面々を睨む小林。
それに「うん。それは言えてるわ」と頷くアリス。
日光月光両名もウンウンと同意の頷きをした。

生徒会メンバーに一気に否定された彼らは、何やら憤慨の様子で。
見当違いな突っ込みを入れるしまつ。

「さりげなく紅薔薇の蕾を“ちゃん”付け呼ばわりするな小林!!」

血の涙を流しそうな勢いで同好会会長は声を張り上げる。
無論共に来ているメンバーも「そうだぞ。無礼だぞ」と口々に声を上げた。

そんなよく分からない雰囲気の中、アリスはさも当然ですとばかりに小林の代わりに口を開いた。

「あら?私たちは良いのよ。祐巳ちゃんとお友達ですもの」

ニッコリと勝ち誇った笑みを浮かべながらアリスは言い切る。
そんなアリスに非難がましく同好会メンバーは見やった。

それでもアリスは臆することなく、言葉を続けた。それはもう自信満々に。

「祥子様も志摩子さんも…勿論祐巳ちゃんのお墨付きよ。疑うのならユキチに聞くと良いじゃない。何たってユキチは祐巳ちゃんの弟だし、祥子様とも交流があるんですもの」

胸を張って言うアリス。普段の大人しさからは想像のつかない、堂々とした様子だった。
アリスをそこまで、言わせる原動力は、自分を認め、それでいて友達になってくれた祐己達の力が大きいのだろう。

しかも話の内容が、祐己関連であれば尚のことアリスに勇気を与えたのかも知れないが…。

アリスの言葉に、推理小説同好会の面々は一斉に祐麒に視線を向けた。
向けられた祐麒は疲れた様な表情をした。

「あのなぁ〜。別にリリアンじゃない訳だから、祐己の知り合いが祐己をどう呼ぼうとお前らにとやかく言われる筋合いは無い。ちなみにアリスの言っているのは嘘じゃない祐己とは友達だ。と言うより何気に話がズレテいるが。小説についての批評以外の無駄話なら出ててもらうけど」

まずは、アリスのフォローを入れ、尚且つ何しに来たのか不明な推理小説同好会へ、非常に疲れた顔をしつつも言葉を紡ぎだす。

その祐麒の言葉に、生徒会面々は大いに頷く。
正論以外の何物でもない。

しかしながら、面白くないのか推理小説同好会の面々は言葉を発する事無く、恨みがましさや苦々しさを含ませたようなまなざしであった。祐麒はそんな彼らを気にする様子を見せる事無く…否、元々気にする気がなかったのか、彼らの目的であった、冊子の感想を言葉に乗せて紡ぎだした。

「まず。読み手の意見から言わせてもらうと、万人受けする設定では無いし、リリアンや祐巳を知らない人間にはさっぱり分からない内容で、面白さが無い。そもそも誰かに似せるんじゃ無く…自分流の主人公や話が書いた方が、良いんじゃないのか?第一祐巳を主役にした話ですって言ったって、彼奴はきっと喜ばないぞ。喜ぶとしたら、お前らが真っ当に同好会の活動をすることが何より祐巳への恩返しになるだよ」

祐麒はそう言葉を紡ぎながら、手に持っている冊子を示してそう言う。
その正論とも言える言葉に、納得しつつも…少し納得のいかない同好会員達は何かを言い足そうに口を開けようとした。

そう…正にその時に、予期もしない来訪者にソレは阻まれた。

「流石ユキチだね」

パチパチと手を叩きながら、予期せぬ来訪者は生徒会室にさも当然に現れた。

「「柏木先輩!?」」

ステレオを聴いているかのようにハモル声。其処にいた全ての人間が、来訪者の名前を口にした。
その様子を相変わらず爽やかスマイルを携えた柏木が、ゆっくりと当たりを見渡しながら言葉を紡いだ。

「やぁユキチ。それに皆も元気そうだね」

「柏木さんも相変わらずですね。で、何か御用ですか?」

「いやね先日のお礼に来たんだよ。祐巳ちゃんの計らいがあったとしても、その願いを叶えたのは紛れもなくユキチだからね」

「あれは、祐己が言うから」

「勿論後日祐巳ちゃんに正式にお礼をしに行こうかと思っているよ」

さも当然に言い切る言葉に祐麒は盛大に顔を顰めた。

「あ…でも祥ちゃんにバレルと怒られるかもしれないね。まぁ…その時はその時かな。なぁユキチ」

同意を求められた祐麒は、盛大に顔を顰める。

「何で俺に聞くんですか。祥子さんの従兄弟は柏木先輩でしょ」

「まぁ確かに祥ちゃんは、俺の従兄妹だけど…何たってユキチは祥ちゃんのお気に入りだし…祐巳ちゃんの弟だからね。俺より何とか出来るだろ?」

爽やかに笑いつつとんでもない事を言う柏木に、益々顔を顰める。

「絶対にどうにもできませんよ」

(無理だよ無理…祐己の二の舞になるのが関の山…寧ろ祐己に怒られる)

げんなりとした気持ちのまま、そう呟く祐麒の言葉は、サラリと無視して柏木は推理小説同好会の面々をみやる。

「と言う訳だから。推理小説同好会の諸君…ここは元部長の顔を立てて。祐巳ちゃんのお礼は俺がしておくってどうかな?」

「ですが」

言い淀む推理小説同好会の面々に、柏木は一つ息を吐き真面目な表情で言葉を紡いだ。

「それに…誰かのためにあげる話を書くならもう少し楽しい方が良いだろ?そもそも、君らは文芸部では無く、推理小説を書く人間なのに、恋愛ものをのせるのは如何なものかな?第一素晴らしいと感じたなら、ユキチは祐巳ちゃんにしかと見せるだろう。それをしないと言うことは、君らはまだまだだ。押しつけがましい感謝は嫌われるよ」

優しい口調とは裏腹に紡ぐ言葉には厳しさが含まれていた。

(相変わらず反論の隙を与えない人だよな…)

そんな事を祐麒は思いながら、柏木のやりとりを眺めていた。
尚も、柏木の言葉は続く…。

「それに、ユキチに喧嘩を売りにくる余裕があるなら部員集めや部にする為の努力をする方が建設的だな。不甲斐ない男では紅薔薇蕾の前に行く資格は無いし…祐己ちゃんのお姉様である紅薔薇の祥ちゃんが黙って無いだろうね…」

柏木は自分の従妹である祥子を思い浮かべて、(祐己ちゃん大好きな祥ちゃんなら尚の事、ことがバレタら大変だしね…否、山百合会全体がかな)そう言葉を紡ぐ。

「うっ」

「言葉が詰まると言う事は、疾しい事が多いってことだ。そもそも、君らは山百合会の大事な客人にである祐己ちゃんにしてはいけないことをしたのだから、もう少し反省すべきだね。彼女の口添えが無ければ、事実を白日の元にさらし、然るべき罰があるのだから」

柏木のその言葉に、今度こそ押し黙る推理小説同好会の面々。

「まぁ…コレにこりて、ユキチ達に迷惑をかけないと言うなら、祐己ちゃん宛に連名でのお礼状ぐらいは許してあげるようかな。ユキチが許可すればだけどね」


良くも悪くも花寺の光君の言葉で、推理小説同好会と祐麒達生徒会役員との攻防戦は呆気ない幕引きとなったのである。

後日、リリアンに祐己を訪ねて柏木がやって来て、その事と祐己宛に持ってきたお礼状がひと波乱を起こす事になるのであった。


おわし


2011.6.25. From:Koumi Sunohara

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