藤代のスパイ大作戦(渋沢編)



武蔵森中サッカー部内…ここでは最近、妙な噂が広まっている。
朝練中も放課後もその話は彼らを虜にして離さない…。
サッカー少年たちの好奇心を仰ぐその問題の噂とは…
彼らの愛するキャプテン・渋沢克郎は普段、その真面目で律義な性格ゆえにみなの後片付けを待って一番最後に帰宅する。
そのキャプテンが週の始まり月曜日、練習が終わると一目散に帰ってしまうというものだ。
だが寮に帰っているわけではなく、そのまま外出しているようなのだ。
そしてその行動はその曜日に限られている。
サッカー部内の予想としては以下のものがある。
()は備考である。


1デート(もてるから)

2病院(古傷もちのため)

3料理教室(藤代説=自分にニンジン料理を食わせるため)

4宇宙人と交信(間宮説=自分もたまにやってるから)

5ライバルチームの闇打ち(三上説=奴はあーみえてあなどれない)

6その他

とさまざまである。
そしてその謎を追求するべく、やはりこの少年が立ち上がる。
この日のために通販で買ったサングラスにお気に入りの帽子をかぶり、準備完了。

「完璧だぜ!絶対にバレやしないぜ!」

やけに自信満万のこの少年に悪魔のごとき突っ込みをいれるのはやはりこの男。

「どうでもいいけど、今日は日はでてねーぞ、藤代。」

「ムムッ!さすが三上先輩。よくわかったっスね。それより邪魔しないでください。今、『インディ・ジョーンズ』の気分なんスから 」

(みんなきづいてるって…)

三上は口には出さないが思った。そして彼以外のメンバーも…。

「…同じ謎でもそれは冒険映画だぜ。全然意味が違う、アホ代が。」

「グッ…」

言葉の見つからない藤代…こっぱみじんで、デビル三上・圧勝。

「あっ、『007』のイメージっスかね?」

気を取り直し、藤代は言う。

「…遠からずも近からず…だな。」

曖昧に答える三上。
藤代はそれを聞いてニカッと笑う。

「じゃ、アルセーヌ・ルパンの気分で行って来るっス!」

藤代はピースサインではりきりポーズをとる。

「…全然、関係ねーよ ジェームズ・ボンドだよ。おまえの頭はどーなってんだ?」

「… 」

そのポーズもむなしく、三上の突っ込みにまたも惨敗の藤代。
彼はサッカー一筋ゆえに、それ以外のことを記憶するための脳のスペースがあまりないらしい。
落ち込む藤代。そしてデビル・三上の突っ込みは続く。

「もう余計なこと考えてねーでさっさと行けよ。バックミュージックぐらいかけてやるから。」

三上はあきれて言う。気を取り直して渋沢の追跡にに乗り出す藤代。

「行って来るっス!」

三上は約束通り、バックミュージックで藤代を送り出すため、近くにいた間宮に歌わせようとする。

「間宮、歌え!」

「…」

「…早く歌えよ…」

「…プリン」

「はっ?」

「プリン…くれる?」

「ああ、プリンでもゼリーでもやるよ。」

「…寮で、蛇のフランソワーズちゃん飼っていい?」

「それだけはやめろ!」

即答する三上。

「だったらヤダ!」

青ざめる三上にこちらも即答する間宮。
いいかげんイライラが絶好長に達した三上。
そして今か今かと出番を待ちわびていた少年がしびれを切らして叫ぶ。

「なんでもいいから早く歌ってくださいよ!この場から動けないっすよ 」

藤代の叫びに第三者の部員たちは(待ってないで行けよ)と思わずにはいられない。

「あーもう、わかった!蛇でもカメでも何でも飼えよ!」

切れる三上。

「本当か!」

念を押す間宮。

「あー、ホントだよ!なんなら生首でもいいぞ!だからさっさと歌えよ 」

暴走すり三上。

(生首って、おい…)

部員たちは青ざめる。
喜ぶ間宮。

「そのかわり俺に近づけるな、部屋から出すな、渋沢に言うな!」

三上は念を押すように言うが、彼の耳に届いているかは定かではない。

(デビル降臨、デビル・三上だ…あんた、あいつと部屋違うじゃん、誰だ?間宮と同室の気の毒な奴… )

この時、部員全員が三上という人物は薄情者だということに改めて気づいた。
そして、そのはるか彼方で間宮と同室の少年が倒れていることに、気づく者はいなかった。
間宮は深呼吸をして口を開け、藤代に向かって歌い出す。

「 じん〜せ〜い、らくありゃ〜く〜も、あるさぁあ〜 」

気持ちよさそうに歌う間宮。
彼の美声に藤代、三上を初めとする部員たち全員がズッコケる。

「そりゃ、水戸黄門だ 」

だが彼らがズッコケた理由は、ただ間宮が水戸黄門というズレた歌を歌ったからだけではない。
彼の歌はこぶしがきいて、それっぽくきこえるが、ものすごく音痴だったからだ。
やめてくれー!と叫ぶ声など届いていない間宮はなおも歌い続ける。
部員たちは耳を押さえ、一人、また一人、と再起不能になっていく。

「もういい!俺が悪かった!頼むから歌うな!」

三上はめずらしく真剣に止める。それでも間宮は歌い続け、結局、フルで歌い切る。
そして満足そうな顔をしている。

(やっと終わった…あいつは歌うと殺人マシーン並みの威力だ…つーかあの歌声で曲名をあてるあんたがすごいよ、藤代。)

誰もが思う。
そして徐々に落ち着いてきたところで、一番最初に口を開いたのは三上だった。

「ハァー、耳がいてー…せめて必殺仕事人にしろよ。」

あの美声を聴かされて突っ込む三上。
やはり、デビル・三上には怖いものなどないのだろうか。

「フランソワーズちゃん、飼っていいんだろ?」

「…人を殺しかけといて、てめー…」

間宮の問いに三上は恨みをこめる。

「おまえ飼っていいって言っただろ!飼うからな…飼うぞ!」

徐々に詰めよる間宮。

「ヴッ…」

気迫に負けて後ずさる三上。
あの顔で詰めよられ、恐怖を覚えない者がいるだろうか。
間宮VS三上
デビル・三上、完敗。
彼の怖いものが間宮だと判明した瞬間である。



そして、問題の藤代はというと…。

「必殺仕事人かー。」

何やら考え込んでいる様子。
部員たちも藤代に注目する。
そして藤代はとんでもないことをやり始めた。

「…ひとーつ!この世に悪がある限り!ふたーつ…」

藤代はいきなり叫びだし、居合いの真似をする。
部員たちは間宮の歌を聴いて壊れたのかと心配したが、そうでもないらしい…彼はあくまでも真剣だった…。

「藤代…何なんだ、それ?」

三上は引きつった笑顔とともに言う。

「あれ、知りません?高橋英樹の時代劇っスよ 」

そう言い、三上に説明しようとした時だった。

「藤代!」

やけに聞き覚えのある、年上の男性の声が後ろからする。
ゆっくりと振り向く藤代。そしてそこに立っていた人物とは…。

「ゲッ…か、監督… 」

そう、彼らの厳しい鬼監督・桐原監督である。
藤代の顔は引きつり、怒られるのではと、内心冷や冷やしている。

「おまえの世代でよくヒデさんの『桃太郎侍』を知ってるな…なかなかの時代劇通だな…。」

藤代は目が点になる。

(つーか、監督がさんづけしたぞ)

部員たちは興味深く監督をみる。
監督は言葉を続ける。

「どうだ、藤代。寮へ戻る前に私の家へ寄って行くか?ビデオを貸してやるぞ。通販で購入したんだ…。」

「エッ… 」

藤代は言葉が出てこない…。

(マニアだ…。)

部員たちはそう思いながら、さりげなく二人から距離を置く。

「ん?どうした、藤代…」

藤代はそれとなく周りを観る。その目は何となく助けを求めているようだった。

(目、合わせたら最後だ!そらせ!)

部員たちは気づかないふりをして、グラウンド整備に集中する。
そんな様子も気づかず、桐原監督はまだ話続ける。

「なんなら夕飯ぐらいごちそうするぞ。こうみえても家庭料理は得意だからな。」

藤代は完全に呆然状態。
頭から言葉が探し出せないでいる。

(監督が作れるんスか )

部員たちまでその場に立ち尽くし、呆然としている。

「え、遠慮しときます…」

藤代は真っ白な頭の中からようやくその言葉を見つけ出し、やっとの思いで言う。
そうかと言いながら桐原監督は立ち去る。
部員たちもその姿に拍手を送る。

(監督の誘いを断るとは命知らずな…)

と思いながら…。

「はぁー、あなどれないぜ、監督…一体何処から現れたんだ?」

大きなため息をつき、藤代はやっと生還した。

「それより藤代…尾行はどうした?」

「アッ 」

三上の言葉に、当初の予定を思いだす藤代。

「忘れるとこだった。早速行って来るっス!」

元気良く走り出そうとした藤代だったが、思いだしたように振り返る。

「もう、何もしなくていいっスからね、三上先輩!間宮にも歌わせないでくださいよ。」

ビシッと言う藤代だったが、実はさっきので懲りたらしい。

「俺も聴きたくねーよ…」

力なく言う。
三上も懲りたらしい。

「…フランソワーズちゃん…」

どこからともなく現れた間宮が呟く。そして、首にはどこから連れてきたのかわからない、ピンクのリボンをつけた蛇が巻きついていた。

「だーもう、飼えよ、だから 気味悪ーんだよ、おめーは 近づくなよ!…つーか、それ(蛇)どっから持ってきた… 」

不気味がる三上を初めとした部員をたち。

「この娘、フランワソーズちゃん…いつも鞄の中にいれてる。一緒なんだ…」

蛇のフランソワーズを紹介する間宮。

「許可取る前から飼ってんじゃねーか 」

三上も部員たちも笑顔をひきつらせる。

「…ん、なんだ?…うん…こいつには近づいたらダメでちゅよ…」

「会話すんなよ…」

三上はあまり直視しないように後ろを向いて言う。

(マジでこえーよ、あいつ )

部員たちは青ざめる。

「フランソワーズちゃんが、おまえを気に入ったって…」

間宮は三上を睨みなから言う。
この時、間宮はペットであり、友達であるフランソワーズに裏切られた気持ちだったに違いない。
三上は石になって動けない。
多分、メデューサに睨まれた気分だったのだろう。

(死んだか?死んだな…ご愁傷様…)

部員たちは三上に手を合わせる。

「では、今度こそ藤代誠二、追跡に行って来るっス!」

石になったまま動かない三上に言い残し、藤代は今度こそ本当に追跡を開始したらしい。
『スパイ大作戦』のテーマソングを口ずさみながら…。

(まだ行ってなかったのか… )

部員たちはあきれ返る。

「 タンタータ、タンタータ… 」

やる気満万の藤代。部員たちもひとまず一安心…と、思っていたのだが…。

「 タンタータ×4 ティラリー×3 タんタ…げっ!」

陽気な藤代の歌声は、途中で意味ありげな声にかわる。
部員たちも一斉に藤代の方を観る。

「キャ…キャプテン… 」

藤代の声は微妙に裏返っている。
驚きを隠せない、部員たち。

「どうしたんだ、渋沢…」

その騒動にやっと蛇の呪縛から生還した三上が平静を装って聞く。

「ああ、今日は場所をかえるから、来週行くことにしてたのを忘れてたんだ…みんなに悪いと思って戻ってきたんだが…」

藤代も三上も理解不能だったが、渋沢はそこまでいうと間宮に気づいた。

「間宮…首のものは一体… 」

「これですか?この子は蛇のフランソワーズちゃんです 」

渋沢の問いに、間宮は素直に答える。

「…なぜここにいるんだ?」

渋沢は穏やかに聞くが、その態度が逆に怖かったりする。部員たちはひとまず四人の空間から抜け出してみる。

「藤代が渋沢キャプテンの後を尾…」

そこまで答えたとき、間宮の声はその倍の声で怒鳴る三上によってさえぎられる。

「…コツが素敵だってよ 」

「…はっ?」

聞き返す渋沢。

「だから…藤代がおまえのあの尾骨がかっこいいってよ。しつけーんだよ。なっ、そうだよな、藤代 」

三上は平然として言うが、その言葉にはみえない圧力がある。

「そ、そうっス!いやー、いつみても凜々しいっス!もう抱きつきたいっスよ なー間宮?」

乗りやすい藤代。そして間宮の肩を抱く。

「別に…」

間宮は続けようとしたがが、またもそれを三上がさえぎる。

「あれっ、間宮!いいマフラーだな?藤代もそう思うだろ 間宮もあんまり渋沢をからかうなよ 」

「うわー!ホントっスね、三上先輩!間宮もお茶目だなー、アハハー 」

またも三上の圧力に負ける藤代。だが息はピッタリである。

「あっ、あんなところにボールが!」

「あー本当だ!仲よく取りに行きましょう、先輩!」

「ハッハッハー(二人分)」

乾いた笑いとともに二人は間宮を連れて渋沢の前から去る。
呆然と立ち尽くす渋沢。

「マフラーか…」

と呟いてみる。

(納得するなよ…)

部員たちは心の中で突っ込む。



「間宮、あいつはは虫類が苦手なんだよ、素直に言うなよ。」

三上は言う。なぜ彼が間宮を庇うかというと、何をされるかわからない、ただそれだけである。

「はー、結局、失敗っスね…。」

「てめーがさっさと行かないからだろ。」

三上は当たり前のようにいう。

「なんか、練習より疲れたっス…」

藤代に三上も同意し、こいつのせいだと言わんばかりに間宮を観る。
そんなことはお構いなしにフランソワーズとじゃれる間宮。
二人は異様な光景に顔をひきつらせ、大きなため息をつく。



こうして藤代のスパイ大作戦は失敗に終わった。渋沢の謎は深まるばかり。
藤代は来週こそはとバックに炎を出してやる気満々。
はてさて渋沢の謎の行動が明きらかにされる日はくるのだろうか…。



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