最近ずっと同じ夢を見る。
ボクはその夢の中でいつも走ってる。
一生懸命に走って空を追いかけている。
でもその追いかけっこにはゴールがなくて、終わりがないまま夢から覚める。
空を追いかける少年
「夢には自然と自分の願望が出るときがあると言いますよ。」
「そうなの?」
「はい。何か悩みでもあるんですか、兎丸くん。」
「べ〜つに〜」
部活前のランニングを終えて、近くにいた辰羅川くんと司馬くんに夢の話をしたらそんな答えが返ってきた。
ボクはその場にゴロンと寝転がる。
ボクらしくないため息を一つつくと司馬くんが心配そうに顔を覗き込む。「心配しないで」と笑ったら安心したように笑ってくれた。
そのまま視線は問題の空へと向かい、おもむろに手を伸ばしてみる。
もちろん届くはずもないものを掴むことなどできない。
それなのになぜ、夢の中のボクはあんなに頑張っているんだろう・・・。
たぶんその理由は・・・・・辰羅川くんの言ったとおりなのかもしれないや。
「練習が始まりますよ、行きましょう。」
「うん。」
思い切り跳ね起きてグラウンドに向かう。
そう理由なら自分が一番よく知っている。自分のことなんだから。
ボクの中で空を想像させるものはひとつしかないんだもん。
それは一人の女の子。
雲ひとつなく晴れ渡り、透き通るぐらいにきれいな空の水色は大好きな人の髪のいろとおんなじ。
夢を見始めた日も覚えてる。それは彼女に恋した日。
ボクより小さい体でなんだって一生懸命に頑張る君を知った日。
声は小さいけどたまに見せてくれる笑顔はかわいくて、話せた日は自分でも信じられないぐらいうれしくて幸せな気分になってることに気づいた日。
きっとボクは彼女を追いかけてるんだ。
空と一緒で決して掴めない。でも本当はほんのちょっとの勇気で掴めるってこともボクは知ってる。追いつけないのはきっとボクが弱虫で臆病者だから・・・。
でも・・・でも・・・こんなの絶対にボクじゃない!!
頭を思い切り振って、弱虫を取り払う。
バチンと顔をたたいて前を向く。
「司馬くん!ボク空においつけると思う?」
隣にいた司馬くんに聞いてみる。自分でも何を言いたいのかわからない意味不明な問いかけに最初は首を傾げた司馬くんだったけど、次の瞬間にはニッコリ笑って頷いてくれた。
今のボクには慰めでもそれで充分。
ボクは笑った。
練習が終わったら真っ先に君のところへ走っていくんだ。
「ヒノキちゃん!!」
「お疲れ様・・・・かも・・・」
ボクに気づいて振り返り、ヒノキちゃんが言う。
腕の中にはいつも大事にしている猫神様をしっかりと抱きしめている。
「うん!ヒノキちゃんもお疲れ様!!」
ほら、やっぱりボク笑ってる。練習の疲れなんか吹っ飛んじゃうぐらいに。
「これ、タオルかも・・・早く着替えたほうがいいかも・・・」
差し出されたタオルを受け取ってありがとうって言った。
「私も着替えるから・・・も行く・・・かも・・・」
そう言って背を向けるボクの大好きな空。
思い切って手を伸ばしてヒノキちゃんの髪をつかむ。
ボクはジーッと髪の毛を眺めてる。
ボクの憧れた空が今、手の中におさまっていることがうれしくて、うれしくて・・・うれしかった。
「ヘヘ・・・やっと掴まえた・・・」
ボソリとつぶやく前方から「痛いかも」という声がする。
「ボクね、空の色って大好き。だってヒノキちゃんの髪とおんなじなんだもん!」
髪の毛を離してヒノキちゃんに向かってボクは笑った。
「ねっ、ヒノキちゃん。今度、遊園地に行こう!!」
「・・・?」
「ジェットコースターに乗ろうよ!観覧車もコーヒーカップもメリーゴーランドも・・・それからお化け屋敷に迷路も!!全部いっしょに制覇するの!!」
「・・・・ジェットコースターは怖い・・・かも・・・」
困ったように俯くヒノキちゃん。
少しぐらい強引でも許してね。お子ちゃまだからかっこのつけかたなんてわからないし・・・ごめんね。
「大丈夫。二人で乗ったらきっと楽しいよ。だから一緒に行こう!」
一気に言っていまさらながら恥ずかしくなって、照れ隠ししながらへへって笑う。
そして何か言おうと口を開くヒノキちゃん。聞き逃さないように耳をたてる。
小さくだけど・・・それでも確かに聞こえた声。
「うん、行きたい・・・かも・・・」
猫神様を強く抱きしめて俯き加減の顔は照れたようにちょっぴり微笑んでる。
ボクはうれしくて「やったー」って叫んで飛び跳ねた。
ぴょんぴょん、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
ボクの目の前で今、空が笑ってる。
その日見た夢もやっぱり空を追いかけてる夢。
でも前とは違ってボクは空を追い越してる。
その先に待っているのもやっぱり空。
正確には空色の髪をした大好きな女の子。
そして初めてボクはこの追いかけっこに勝利した!