『梅雨と不破と来客と…』




梅雨はジメジメして、気分が滅入るものである。
この梅雨の為に体の不調がきたしたりする事も有るものだ。
例えば、骨折や古傷が病むとか…頭痛持ちのひとの頭痛が酷くなるとか…。
ジャンルは違うが、メンタル面での影響が出たりとか…(要するに怠惰感やら鬱病等…)。
色々有る訳だ。
後者の方は、この病院に直接的に関係無いので別に良いのだが…。

何せ此処は、不破大地が先生を勤める病院。
精神科がメインで無い事は日が当たるより明確だった。
ちなみに、どのくらい向いていないかは…友人である風祭に精神科じゃなくて良かったと、心の底から思われた実績があったりする。
それ程までに彼、不破大地が精神科医に向いてないのがよくお分かりいただけるだろう。
そんな事はさておき…。
これは、そんな梅雨でジメジメしたやる気もそがれた日の不破医院内で起きた出来事である。




シトシトと、ゆるやかに落ちる雨音。
その雨は傘をさすべきか…ささぬべきか?そんな気分にさせる程度の雨の強さだった。

(嫌やな〜こう、ハッキリせん天気は…気分が滅入りそうやわ)

窓にもうし訳無く張り付く雨を見ながら自称不破先生の秘書兼助手のシゲは、そんな事をぼんやり考えていた。
シゲの思い通り、空のご機嫌は一向に良くはならなそだ。

(天気が良ければ、少しは気分も変わるんやけど…梅雨時期やし…無理な話ちゅーもんなんやろーな)

苦笑を浮かべながらシゲは、不破の居る部屋の扉を眺めた。

(流石に不破先生でも、天候ばかりはどうにも出来へんやろーし。変な事言うて、妖し気な実験に巻き込まれるんわゴメンやしな〜)

暇さ加減と、梅雨の気怠さで自分でも突拍子の無い考えばかり浮かぶ事に、シゲは「ふーっ」と…おもわず溜息を一つ吐いた。

「それにしたって、こない気の滅入る日に…本の虫やなんて、どうかしてるわ不破先生わ。ただでさえ、古書なんてカビ臭いちゅーのに…この時期やったら絶対カビ生えそうや。頭の良い奴の考えは分からへんわ」

考えられ無いと肩を竦めてシゲは人知れず呟いた。

「詰まらなへんし、昼寝でもしよう」

そう言うや否や、シゲは待合室に置いてあるソファーに横になり…優雅なシエスタとしゃれ込んだのである。



コチラは一方変わって、本の虫不破先生。
相変わらずのコーヒーの臭いと、本特有の何とも言い難い臭いに囲まれた部屋に彼は居た。
梅雨のジメジメにも屈する事なく、机に山積みになった本を読みふけっていた。
パラリパラリ。
外の湿気とは対照的な古書特有の乾いた音が部屋にやけに響いて聞こえた。
しばらく一連の動作を続けていた不破では有ったが、少し目が疲れたのだろうか…一旦手を止めて、大分冷めてしまったコーヒーを口に含んだ。

(大分ぬるくなったな…)

ぼんやりと物思いにふけりながらも不破は自室の扉に一瞬だけ目を向けて、“ふむ”と頷いてみた。

(何時も五月蠅い佐藤もとい藤村…も今日は静かで良い事だ。こんなジメジメでは此処に来る者も少ないだろうし…)

不破は窓辺に立ち、外の様子を眺めながら今日起こりうる事など予想してみた。
予想通りと言うべきか、何時もなら五月蠅いのシゲもまったく不破にコンタクトを取ろうとする事もなかった。
今日ばかりは実によく、不破の読みは大きく当たったのである。まぁ不破にとっては、どちらでも良いのだが…。
ともかく…不破は机に乗った本やら資料やらを見つめながら(本や資料も大分溜まっている事だ、やはり当初の予定通り…大人しく本の虫になっている方が得策だろな)と納得したので有った。
斯くして此方も本日の予定が決まった訳だが…部屋の外のシゲとは大違いであろう。
三者三様(まぁ此処では、二者であるが…)…十人十色…要は性格が違う2人故の違いが見事に分かれた日になった。



昼寝のシゲに本の虫の不破。御陰で院内は少しの雨音と静寂が支配する場所と化していた。
そんな静かな不破医院の昼下がりのこと…。

ジリリリリリーッ。ジリリリリリーッ。

余りにも古くさい電話の音が、静寂だけが支配していた部屋に響き渡った。

「あ?何や?五月蠅いな〜」

不幸にも電話口に一番近い所に陣取ってしまったシゲは、耳を押えながらも…眠気全開の体を起こした。
聞き覚えの有る電話音に、気怠そうに立ち上がるシゲ。
昭和中頃ぐらいによく見られたであろう、良く言えばレトロな…悪く言えばボロイ黒電話の受話器を取ると、耳にあてる。

「ホイホイ、此方は不破医院」

ナゲヤリ的口調でシゲはそうお決まりの文句を紡いだ。

「…」

そんなナゲヤリ調に気分を害したのか…病院とも似つかわないイントネーションの所為かは…定かでは無いが、電話口の声はシゲに届くことは無かった。

(何や?間違い電話か?それともイタ電?)

不破のようとまではいかないが…思考を巡らせるシゲ。

(まぁ〜どっちでもええけどな)

再び思い直して、シゲは持っていた古くさい受話器を電話に戻そうと手を向けた。

(さっさと置いて、昼寝の続きでもしようか…)
 欠伸を1つして、シゲはぼんやりと思った。
その時で有った…。

「医院と言うことは…病院なんだな」

ボソボソとようやく聞き取れるボリュームで電話口の人物は言葉を紡ぎ出してきた。

(何や…間違い電話や無かったんか…)

シゲは電話口に急に声が聞こえてきて、少しウンザリしながら受話器を再度耳にあてた。
電話口で言われた言葉をふと思い出しながら、シゲは電話の主に対して言葉を紡ぐ。

「そうやな〜病院ちゅう事は間違いないとおもうで」

「…そうか」

また大きな間の後に、またボソリと声が返ってくる。

(ん?この声どっかで聞いた覚えが有るんやけど…何処やったろう?まぁともかく、会えば分かるんやし…今は、どんな奴がどんな具合か聞かねばや)

「んで、どないしたん?」

シゲは自分の思考を一旦切って、患者であろう人物に症状を尋ねた。
が…返ってきた答えは、意味不明な一言とであった。

「患者1名が来ると伝えてくれ」

そう言いきると、電話口の人間はサッサと電話を切ってしまった。

「オイ…ちょっと…」

シゲが声をかけたのも虚しく、静まりきる院内に響き渡るばかりだった。

「何の電話やったんやろう?それにしても…やっぱりコードレスにするべきやったかな〜」 

シゲは自分の手に有る黒電話(ダイヤル式)を何とも言い難い目で見つめながら、そう口にした。



気怠い体を引きずって、シゲは不破のいるドアの前に立ちつくした。

(さて、どうしたものかね…)

 の虫になっている不破に先程の出来事を話しておくべきか…シゲは心底悩んでいた。

(こんな天気やし…病院を探してるんなら…やっぱり行きつけの病院に行くのがセオリーやろうな…何やきな臭いわ)

電話での会話とも言えない会話を思い出して、少し唸る。

(考えても仕方がない事もあるし…成るようにしかならへんか…)

そう考える事にして、シゲは漸く不破の居るドアに手を伸ばすことにしたのである。
コンコンコン。
軽快にドアをノックするシゲ。

「ん?開いてるぞ」

ノックの音に程なく素っ気なく不破は答える。

「んじゃおじゃまします」

不破の了解の声と共に、シゲはそそくさと部屋に足を踏み入れる。
ふわり。
入って直ぐ感じるのは、相変わらずのコーヒーの香りと…それ+αに古書のどくとくな紙の臭い。
要するにややカビくさいというヤツだ。
まぁソレは置いておいて、シゲである。

「相変わらずの部屋やな。これだけ、資料やら本やら多い部屋なのに…桴海の森にならんのは相変わらず見上げたもんやわ」

“芳香剤要らずやし…コーヒー臭で”と嫌味混じりにシゲは不破に開口一番にそう口にした。
そんなシゲに、不破は…。

「それは、褒められてるの…貶されてるのか良く分からない言葉だな」

コーヒーをシゲに出しながら、不破は苦笑混じりにそう言った。

「おおきに」

コーヒーを受け取りながら、シゲは短く礼をのべて、頂戴したコーヒーを口に含む。

「そう言えばコーヒーばっかり飲んで気するわ〜。しかもホットな…もうそろそろアイスコーヒーの時期やし…別のもの出してくれても良いんとちゃう?」

茶褐色の液体…まぁ〜ブラックコーヒーなのだが。
それを見つめながらシゲは独り言のように呟きを漏らした。

「相変わらずの減らず口だな。飲みたければ自分で、持ってくるのだな」

呆れ半分に不破がそんな言葉を口にした。
そんな不破見て、シゲはコーヒーカップ片手にニヤリと笑みを作って見せた。

「そやな…ごもっともやな。近々、藤村スペシャル冷やしあめと甘酒をご馳走したるわ」 

笑顔を浮かべて、シゲは本気とも嘘とも分かり難い口調で不破にそう返す。

「そいつは楽しみな限りだな。本場の味は良い参考になるからな」

ニヤリと不敵に不破が笑いながらシゲにそう告げる。
あまりシゲの態度は気にならなかったらしい。

そして不意に思い出す。 

「そう言えば…何か用が有ったんじゃないのか?」

思い出したように、不破はシゲに向かってそう言った。
そんな不破に、シゲもまた“そう言えば”と言って口を開き始めた。

「そうそう、そやったわ。先電話きてな…」

シゲは不破に先程の電話について話をし始めた。

「成る程、で患者はどういった奴で…いつ頃来るんだ?」

話を聞いていた不破が至極もっともなことをシゲに尋ねた。

「知らわ。詳しいこと聞く暇を与えん間に電話切られてしもうた」

肩を竦めながらシゲは、事の経緯を不破に話した最後にその言葉を付けて言った。

「何…電話を切られた…?」

不破はとてつもなく驚いた顔をしてシゲの顔を見た。
そんな不破の様子に肩を竦めてシゲは「そない驚く事でも無いと思うんやけどな」と返した。
その返答に、不破が今度は肩を竦めてシゲを見た。

「打てば響く…一言えば…十返すお前が…。電話で何も聞けずに切られれば驚くものだろう?今までの経験では初めての出来事のように俺は思うが…」

「何や?まるで俺は、どっかの姫さんみたいな言われようやな〜。心外や。俺かて人間やし…聞けなかった事も一つや二つ…無いかもしれへんな」

ヘラリと苦笑を浮かべて、シゲは不破にそう返した。
不破は矢張なと言った表情を浮かべてシゲを見た。

「椎名とは人種が違うと思うがな。ともかく、こんなジメジメした日に…謎な客が一名ほど来ると言うのは…理解できたからよしとしよう」

「そやな。突然来られるよりマシやろうな〜」

そう言うと、取りあえず二人の会話は終ったのである。

(ああ、そう言えば)

シゲは不破との会話を一旦終わらせたが、ふいに自分が不破に話そうとしていた事を思い出し、口を開き出した。

「それよりな不破先生」

 急にシリアスな口調でシゲはそう話を切りだした。



普段あまり見られないシゲのシリヤスぶりに気を止めることなく、不破は何時通りに切り返した。

「何だ佐藤もとい藤村」

シーン。
不破の言葉に、2人しかない空間が水を打ったように静まりかえった。要するに石化状態である。
そんな石化状態から立ち直ったのは、やはり言われたシゲの方で…。

「“もとい”付けるぐらいなら、佐藤で結構や。取りあえずそんな事はどうでも良いんや」関西人のサガなのか…シゲは思わず不破の“佐藤もとい藤村”発言にツッコミを入れてしまった。そんな自分にシゲは(あかん…つい…ツッコミを入れてしもーたわ…。何時もコレで、話が逸れてしまうやな〜)等と心の中で溜息をつく。
「では、藤村でよしとしようか…。で、用件はなんだ?」

悪まで事務的口調で、不破はそうシゲに切り返す。

「そうや。危うく忘れる所やったわ」

“最近もの忘れが激しくなってきて、適わんな〜”と頬をポリポリ掻きながらシゲは次の言葉を繋げるべく、言葉を紡ぎ出した。

「話ちゅーのわな。電話のこと何や。流石にコードレスぐらいは、導入せんと不便と思ってな…今時FAXも付いてへん電話何て殆ど有へんし…、どうやろう不破先生…電話変えへん?」

ニッコリ笑顔…マックのスマイル並に顔に貼り付けてシゲは不破の方を見る。

(どうやろ…不破先生はいまいち表情が分からへんからな…)

「ふーっ」

大きく深い溜息を吐きながら不破は、シゲの方に目を向ける。

「藤村、お前が“日本の電話と言えば黒電話や!”と言って置くことになったと思うのだが」

不破は問題の黒電話を示してそう返した。

「まぁ〜そうなんやけどな…。やっぱり不便やな〜と思ってな…。FAX機能が付いているのがもはや常識になっとるって言うのに…やっぱり黒電話ちゅーのはなー」

頭をポリポリと掻いてシゲは乾いた笑いを浮かべてそう切り返す。

「FAXなら、診療室に置いてあるしな…今はパソコンでもFAX受信できる世の中だ…無論Eメールの方が効率的だ。俺は黒電話でも問題ないぞ」

相変わらず無表情で不破はそうシゲに言い切ったのである。
それでも『はいそうですか』と食い下がるシゲでは無く。エンドレスにこの話題は2人の中で続く。

「せやけど、時代は平成なんやで!」

「意味が分からないが」

「コホン…。ともかくや!わいが…黒電話を押しとうす前に買っとた電話でもええねん」

「ああ…アレか…」

思いめぐらせるように、タップリ間を空けて不破はシゲにそう返す。
シゲは心の中で(おっ…不破先生やっぱり話が分かるな〜)とか思いながら、不破の続く言葉を黙って待った。
すると不破の口からは意外な言葉が紡ぎ出された。

「リサイクルショップに引き取って貰ったが」

「何やて〜っ!!嘘や…お前にそんな甲斐性が有るとは思えへん!!」

不破の言葉にすかさず反撃に出たシゲは、そう不破にまくし立てた。
それを不破は満足そうに見ると、肩を竦めながら言葉を返した。

「その通り…嘘に決まっているだろう藤村。そう言った節約術は明らかにお前向きだ。俺には向いていないからな」

と不破は人の悪い笑みを浮かべてそう返した。

「人が悪いにも限度ちゅうもんが有るんとちゃう?」

ジロリと不破を見ながらシゲはそう口にした。
不破は相も変わらず人の悪そうな顔をしてシゲを見かえしていた。


あれだけシゲが騒いだ黒電話の件は結局不破がシゲの要望を叶える形で話し合いが幕が閉じた。
おかげでジメジメで嫌な気分だったシゲの心も少しばかり晴れたのか・・・憂鬱の色は見当たらない。
何はともあれ、不破とシゲの間には穏やかな時間が流れ、茶の時間を楽しむことになっていたのであった。

「そう言えば、患者は一体全体何時来るんやろ?」

シゲは窓に張り付く雨を眺めながらそう口にする。
不破もまたシゲと同じ様に窓を眺め溜息混じりに口を開いた。

「焦ったて仕方が無いだろ。来る時は来るもんだろ」

不破は落ち着き払った声でそう言った。

「まぁ〜そうなんやけど」

シゲは短い言葉を吐きながら、未だに止むことを忘れたとしか思えない、雨を眺めながら…又、短く言葉を紡いだ。

「でもな…こないな雨の日や…。しかも、この雨ときたら…止むの忘れてるとしか思えへんやん。俺やったら、こんな日に外に出よう何て思わんな」

「成る程…そう言えば、そんな気もするな」

「まったく早よ止めばええのに」 

そうシゲが呟いた時だった…。
軋みと…雨の湿り気が混ざった様な音がシゲ達の居る場所まで微かに響いた。
音に気がついたのは、矢張と言うべきか…流石と言うべきか…。シゲその人であった。
その為シゲは少し眉を寄せて、不破の方に目を向けた。

「ん?何やら音せんへん?」

不破も聞こえたようで顔を顰めていた。

「何やら妖しげな音なら俺の耳にも入ったが…」

「奇遇やな。俺も聞こえたんや」

顔を見合わせて音の方を見る2人。

「とすると…先程の電話の主か…はたまた物取り…妖怪か」

「ドア開ければ正体も分る訳やし…な」

シゲは言うや否や診療室のドアを開け放った。

「不破先生、大当たりみたいやで…カッパが来寄ったわ」

シゲは大袈裟に溜息をついて診療室の前に居る人物を指して言い切った。
言われた人物は少しムッとしながら、シゲを見た。
「カッパでは無い。レインコートだ」と現在着ているモノに対してそう言ったのだった。シゲは苦笑を浮かべながら、人物をしっかり見た。
(ん?どっかで見たこと有る気が…ちゅ〜てもな〜、妖怪に知り合いはおらへんし)等とぼんやり思った。

「そう言う問題や無くてな…妖怪か…人間ちゅ〜…。おや?アンタさん、武蔵森の間宮か?」

一人ボケツッコミ状態のシゲは、来訪者の正体に思わず目を見張った。
来訪者…カッパもとい、間宮は不機嫌そうな表情でシゲを見た。

「確かに俺は、武蔵森の間宮だが。俺の着ているコレは、カッパでは無くレインコートだ」

しかし言ったことは、意味不明な事だった。

「俺的にどちらでも良いが…」

不破は突然来た来訪者とシゲのやり取りにそう短くツッコミを入れた。

「それもそうだな…もっともな意見だな。それよりも、今は一刻の猶予が無かったんだ」

不破の言葉に間宮は慌ててたようにそう言った。

(一刻の猶予って…かなり長時間ボケとったのに…よく言うわ〜)

シゲは呆れた顔で間宮を見ながら、心底そう思った。
そんなことをシゲが思っている何て思っていない間宮は、シゲの存在完全無視で不破に詰め寄った。

「実は突然俺の愛しのアントワネットが動かなくなったんだ」

悲痛そうにアントワネットを抱きかかえ、眉を寄せて間宮は呟くようにそう不破に言った。

(アントワネットっやて?…しかも愛しのときたもんや…)

シゲは笑いそうになるのを堪えて、間宮の話に耳を傾けた。
一方不破はと言うと、別段間宮のアントワネット発言にも驚いた風は見えない。

(おや?不破先生は動じないんやな…流石変り者はちゃうんやな〜)

シゲは感心したように不破を見る。
不破は黙々とアントワネットもとい亀を眺める。そうかと思えば、手にとって状況を観察し始めた。
そして結論が出たのか、口を開き出す。

「コレは単に寒くて、アントワネットが出てこないだけだ」

「病気じゃ…」

間宮の心配そうな声にも、不破は黙って首を横に振る。

「安心しろ病気でも死んでもいない。元々温暖な気候に住んでいる生物は、寒くなると…動きが鈍くなったり…冬場なら冬眠すると言う。故にアントワネットも大方、この梅雨の雨で少し温度が下がったので動きが鈍くなったと推測される」

アントワネットが動きが鈍い理由を淡々と不破は紡いでゆく。

(何か病院開いてから、初めて不破先生が先生らしく患者に応対しとる…やっぱ先生やったんやな〜)

不破の様子を見てシゲは思わず感心していた。
そんなシゲは兎も角、間宮は思うところが有ったのだろう…真顔で言葉を紡ぎ出す。

「そう言えば…去年より幾分肌寒い感じがする。それに対する対策は万全とは言い難かった気がする…」

アントワネットの生活状況を思い出しながら、間宮は不破にそう告げた。
不破は“成る程”と頷きながら、確信を持った表情で言葉を紡ぐ。

「其処が原因だろうな。動物は元来人間よりもデリケートに出来ている。些細な事でも気を配らねばならないものだ」

実に医者らしい物言いで、そう告げる不破。そんな不破に間宮自身も感心した様子で頭を下げた。

「そうか…重ね重ね礼を言う。アントワネットにもしもの事があってはオスカル達に何と言って良いか」

「イヤ礼には及ばん。オスカルにも宜しく伝えてくれ」

アントワネットに引き続き、オスカル発言にも不破は気にしない様子でそれを聞いている。 シゲは、あまりの可笑しさに声を殺しながら診療室の片隅で腹を押えて転げ回っていた。
転がるシゲに気が付かない間宮は相変わらず普段見ることのない低いし態度で不破に接していた。

「ああ無論言付けておく。それにしても良い医者に当たった…。アントワネット共々感謝の言葉を言っても言い足りないぐらいだ」

大袈裟な間宮の言葉に、不破は何とも言えない表情で目をしばたかせた。

「其処まで言われるほどの、治療をした覚えはないが」

苦笑を浮かべて不破はそう返す。

「イヤ…。ここまで、迅速に判断したのは不破だけだった。お前は実に素晴らしい医者だ。アントワネットもきっと、そう思っているはずだ」

アントワネットをヒッシと抱きしめながら間宮は熱弁を奮った。

「そう言うものだろうか?確かに、爬虫類の診断は専門の人間では無いと難しいと聞くが…。爬虫類のことを知っている人間だったら、分る事だと思うが」

不破はサラリとそう返した。
「その言葉を言われると痛い所だ…」

「大事な生き物だったのだろ?それは気が動転して判断力が鈍ってしまうのは、致し方がない事だろう」

不破の最後を締めくくる言葉を聞いた間宮は短く「世話になった」と告げると、先程着ていたカッパを羽織り診療室を後にした。


何とか笑い転げる状況から脱出したシゲが、間宮の見送りに出てきた所だった。
不意に間宮が思いがけないことを口にした。

「忘れるところだった。コレはウチのキャプテンが、作ったチョコレート菓子の数々だ。良かったら茶請けにでもしてくれと持たされてきた」

ズイと袋をシゲに差し出しながら間宮はそう言った。

「こりゃまたチョコ味ばかりやな。バレンタインでも無いのに見事なチョコ菓子の数々やな〜」

渡された袋に入っている数々のお菓子を見ながら、シゲは目を見張った。
シゲの言葉に、背を向け出ようとした間宮は視線を向けて口を開いた。

「チョコエックの始末だとキャプテンは言っていた。雨の日にワザワザ出かけるのだったら、ついでにお使いを頼まれたにすぎん…。それにしても、使い先が病院で運が良かった」 

間宮は言い切るとシゲに背を向けた。

「さようか」

シゲもそんな間宮に短く答えるに留めた。
何せ、話す内容が見つからないからだ。
ともかく間宮はアントワネットもとい…亀を大事に抱えながら、今だ雨の降りしきる外へと消えていった。シゲは微妙な表情で、間宮の後ろ姿を見送ったのであった。



間宮が置いていった、渋沢印のチョコ菓子を茶請けににして不破とシゲは茶を飲みながら雑談に耽っていた。

「いや〜不破先生、やっぱり凄いな〜」

シゲは、不破に感心したようにそう言った。
不破は訝しそうに眉を顰めて、シゲを見かえした。

「何がだ?」

短く返す言葉に、シゲはまだ感心したような表情で不破を見ていた。

「何がって、先の一件のことや」

「一件とは…間宮のアントワネットの事か…」

不破は、シゲの言葉に不思議そうに首を傾げてそう返した。

(アントワネットって…サラッと言うんやな〜)

シゲは心の中でそう思いながらも、平然とした顔で不破に返す言葉を紡ぎ出した。

「そうやな〜。その事やな。まぁ〜アントワネットって名前は兎も角としてもやな…。不破先生の知識の広さには、流石の俺も驚いたわ〜」

ウンウンと頷きながら、シゲは不破にそう言う。
不破は、疑問符を浮かべてシゲの方を見かえすばかり。

「藤村…お前は何を言いたいのだ?」

思わず聞き返す不破。それに対して、シゲは不思議そうに不破を見かえしながら口を開いた。

「何って。要はや、不破先生が人間以外の治療が出来る何て思ってもみんかった…ちゅー事や。いや〜感心するわ」

「今何と言った…」

「そうやから…不破先生は、人間以外の動物でも治療OKで凄いな〜ちゅう話やけど」

「俺は、人間以外は専門外だが」

「はぁ?」

「だから、俺は、人間以外は専門外だと言っている」

「まった、まった〜ぁ」

シゲは、そう不破に笑って言い返した。

「ちなみに俺の専門は、外科だが…内科はオプションと言った所だな」

「待て待て!ソレこそ正に、“今なんて言った”ちゅー話や」

「言葉の通りだが」

シレっと不破は言い切った。そこに空かさずシゲが噛み付いた。

「三上もしかり…藤代もしかり…明らかに、外科の治療とはかけ離れとったやろ!其れぞ正に、今更“外科”ちゅーても納得出来ひんやん」

ゼーゼーと肩で息をしながらシゲは不破の方を異議ありと言いたげな目で見た。

「と言ってもな…。満足な外科の患者が来ないのでは、仕方が無かろう。第一、専門外の事でも大抵は“み●も●た…の相談に出てくるより軽い相談事”だったから引き受けただが」

至極真面目な顔をした不破が、少しばかりおかしな発言を繰り広げた。

(“み●も●た”ってな〜。不破先生、昼の番組実は見とるんやろうか?)

シゲも又、見当違いなことを思いながらも不破に相づちを打つように頷く。

「確かになぁ〜…ちゃーんとした診療って確かにやったこと有らへんな〜。第一俺が、此処で助手やってるぐらいやもんな」

ウンウンと頷きながら、シゲはそう返す。

「だが…今後動物を持ち込まれては、流石にマズイだろうな」

「そやな…。口コミで広まっても困るしな…しかも爬虫類関係ばっかりやったら…気分が滅入ってしまうわな」

心底イヤそうな表情をしてシゲはそう言う。
不破も同意見だったのか、コクリと頷く。
そして何やら、考え深そうに眉を寄せた。

「取りあえず“人間以外お断り”とでも張り紙貼とこうか?」

「そうだな、取りあえず雨が上がり次第張り紙を貼ることにするか」

そんな話をしている間にも、土砂降りの雨は不思議と止んでいた。


間宮の一件を境に、不破の所に珍獣を持ち込まれるように成ったかは…シゲと不破のみ知るところである。


おわし


        2003.9.10 From:koumi sunohara




*******後書きと言う名の言訳********
久しぶりの駄文です。最近夢駄文ばかりだったので、凄く新鮮でした。
しかも不破ネタときたら筆が進む進む。
それに間宮を入れたもんだから、ヒートアップしてしまいました(笑)
実は携帯で先に連載してたんですけど…(チマチマと)途中でUPを
忘れ…出来ていた癖に(汗)PCのUP日と同時終了と相成りました。
本当に駄文自体が久しぶりだったので、正直嬉しいのですが。
読んでくれてる方居るかしら?とドキドキです。
キワモノぽいから余計。
でも自己満足人間なので別に気にしませんけど…(笑)ちょっと時期
がズレてしまいましたが、楽しんでいただけなら幸いです。


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